2.イェオリくんの彼氏
新学期が始まって魔術学校で私はフレヤちゃんに呼び出されていた。カリータさんにフレヤちゃんのジュニアプロムのドレスのことをお願いしたのがバレたのかとそわそわしてしまう。
そのことについてフレヤちゃんが怒っていても、私はダンくんのためにも、フレヤちゃんのためにもドレスのことは一貫して通さなければいけない。勇気を出して顔を上げると、フレヤちゃんは真剣な表情だった。
文句を言われても私は意見を曲げない決意をする。
「ダンスを、教えてほしいの」
「ドレスの件は……へ?」
ドレスの件はどうしても譲れない。
そう言おうとした私は、フレヤちゃんの頼みに拍子抜けした。フレヤちゃんは私がドレスのことについて口に出したことに気付いていないようだ。顔を赤くして一生懸命話している。
「ジュニアプロムではダンスを踊るでしょう? 私、踊ったことがないの。イデオンくんは歌劇部で踊っているから踊れるでしょう?」
ダンくんと踊るためにフレヤちゃんはダンスの練習を考えていたのだ。
貴族は嗜みとしてダンスの練習をさせられる。お兄ちゃんは成人の前にカミラ先生の特訓を受けたようだが、パーティーでダンスを踊らされることもあるし、私も歌劇部に入っていなければ年頃なのだからダンスを習わされていただろう。
「女性の踊り方も分かるよ」
「イデオンくんの歌劇部の役は女性のダンスもあったものね。それで、教えてもらえる?」
フレヤちゃんのお願いに私の答えは決まっていた。
「もちろんだよ!」
ダンくんにバレないように練習する場所が必要になるが、それは歌劇部の部室兼エリアス先生の音楽室を使えばいいだけのこと。エリアス先生にも協力を求めた。
「フレヤちゃんは踊りたいひとがいるんですね。しっかり練習しましょうね」
「そんなに難しくない、ステップは繰り返しだから大丈夫ですよ」
エリアス先生だけでなくシーラ先生も手伝ってくれて、私はフレヤちゃんと手を取って踊り始めた。運動が得意ではない私とは違って、フレヤちゃんは運動も肉体強化の魔術も得意だ。
数回の練習でステップを覚えて、上半身の動きも覚えてしまった。
「フレヤちゃんは体幹がしっかりしていますね。とても良いことです」
「曲を弾きますので、それに合わせて踊ってみましょう」
少し上級のダンスになると私の方が付いていけなくなってフレヤちゃんにリードされるようになってしまう。
「これからもときどき練習に来て良いですか? ずっと踊らなかったら忘れてしまいそう」
「いつでも来てください」
エリアス先生に言われてフレヤちゃんは安堵した様子だった。
もう私たちも五年生。同級生の中では早い子は魔術学校を卒業したら結婚が決まっている子もいる。
「早いよねーもう結婚が決まってるなんて」
「イデオン、お前もだからな」
「ふぇ!? あ、そ、そうだった!」
お兄ちゃんと一緒に暮らしているし、アデラちゃんもいるし、すっかりお兄ちゃんとは家族のつもりでいるから忘れていたが、私も魔術学校を卒業したら結婚が決まっている一人だった。ダンくんに指摘されて思い出して赤くなっていると、イェオリくんが嬉しそうに近寄って来た。
「僕も好きなひとができたんだ。年上で平民だけど、僕のことを好きって言ってくれてて」
「本当に? おめでとう!」
「どんなひとなの、イェオリくん?」
興味津々なフレヤちゃんにイェオリくんは話し出す。
「デートは全部僕が支払うんだけど、優しくて」
「ん?」
「家が苦しいからお金を貸して欲しいって言われてるけど、苦労はかけたくないからとか言われちゃって……別れるくらいなら、僕、お金くらい……」
「お金くらい?」
何かがおかしいような気がする。
平民でもフレヤちゃんはアルバイトをして稼いだお金でダンくんと帰り道の買い食いも割り勘にしていた。まだ16歳のイェオリくんに年上なのに全て払わせているとはどういうことなのだろう。
別れをちらつかせてお金をせびろうという魂胆も見え見えだが、恋に溺れているイェオリくんには分からないのだろうか。
フレヤちゃんとダンくんと私は密やかに顔を見合わせて頷き合った。
「イェオリくんの彼氏、見てみたいなー」
「きっとかっこいいんでしょう! 羨ましいわ! 一目だけでも」
「遠くからでいいからさ」
演技が上手にできたか分からないがイェオリくんは気付いていない。
私たち三人にそこまで言われるとイェオリくんも悪い気はしないようだった。
「今日デートするから、友達って紹介するね」
にこにこと嬉しそうなイェオリくんには申し訳ないが、私もフレヤちゃんもダンくんもイェオリくんの彼氏に全く信頼を置いていなかった。帰り道にイェオリくんが連れて来たのは街のお洒落なカフェで、そこの前でイェオリくんの彼氏が待っている。
薄汚れた服を着た長身の目つきの悪い男性。
その顔立ちに私は見覚えがあった。
「バックリーン家の元子息!?」
いや、バックリーン家の元子息は女性に乱暴をした罪で捕らわれたはずだった。そうなるとその人物はとてもよく似ているが誰なのだろう。
「げっ! ルンダール家の当主の稚児じゃないか」
稚児?
稚児ってなんだろう?
言われたことの意味が分からずフレヤちゃんを見ると、明らかに怒りに燃えた目をしていた。
「イデオンくんはお兄ちゃんと愛し合って婚約したのよ! そういう不敬なことを言わないで!」
「フレヤちゃん、僕の好きなひとに怒らないで?」
「どこかで見たことがあると思ったら、バックリーン家の女性問題で捕らえられた子息の弟じゃないか」
言い当てたダンくんに取り潰しになったバックリーン家の子息の弟は舌打ちをする。
「ルンダール家のせいでバックリーン家は取り潰しになって、領地も取り上げられて、由緒あるバックリーンの名も名乗れなくなって、同性愛者の変態に媚を売るしかなくなったんだよ!」
「同性愛者の変態……!? 僕のこと、そんな風に思ってたの!?」
「キスしてとか、手を繋いでとか、気持ち悪いんだよ! 男が男に!」
化けの皮がはがれたその元子息に、私は無言でボディバッグからまな板を取り出していた。こういう男性こそまな板に制裁をされるにふさわしい。
「イェオリくんを気持ち悪いとか言わないでよね! 私の友達なのよ! 気持ち悪いのは金のためにイェオリくんを利用しようとするあなたよ!」
肉体強化をしたフレヤちゃんの蹴りが、バックリーン家の元子息の股間に炸裂していた。
「二度とイェオリくんに近付くんじゃないわよ!」
まな板はいらなかった。
仁王立ちして宣言するフレヤちゃんに、私はそっとまな板をボディバッグに仕舞ってイェオリくんに近付いた。イェオリくんはショックで涙を流していた。
「イデオンくんが婚約して、僕も好きなひとが欲しかった……僕も幸せになりたかった……」
「今回は相手が悪かったんだよ。イェオリくんを心から愛してくれる相手がいつか現れるよ」
「イデオンくん……」
はらはらと灰色の目から涙を流すイェオリくんが私には気の毒でならなかった。ハーポヤ家を継ぐ存在というだけでバックリーン家の再建をかけたあの男に狙われたのだろう。
男性同士の恋愛に理解もないくせにひどいことを言ってイェオリくんを傷付けたあの男は許せないが、股間を押さえて石畳の上に倒れて泡を吹いているので、これ以上は攻撃しないことにする。
「イェオリ、こんなクズは忘れろ。新しい恋を見つけるんだ」
「ダンくん……」
「イェオリは良い奴なんだから、絶対に良い相手が見つかる!」
ダンくんに励まされて、イェオリくんは涙を拭いていた。
その数日後に私はイェオリくんが私の見知った男の子から告白されているのを目にする。それは歌劇部で主役が選ばれたときに、文句を言って妹と一緒に歌劇部を一度去ったけれど、戻って来たあの男の子だった。
年下だけれど、顔を真っ赤にして一生懸命イェオリくんに告白しているあの男の子が、歌劇に対しても妹に対しても真剣で優しいことを私は知っていた。
イェオリくんにも幸せが来るかもしれない。
返事までは聞かずに私はその場を後にした。
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