1.新学期に向けて
新学期に向けてお兄ちゃんと私は春休み中に話し合わないといけないことがあった。
子ども部屋でアデラちゃんとラウラさんに同席してもらって四人で話し合う。
「アデラちゃんの保育所入所の件なんだけど、お兄ちゃんはどう思う?」
「アデラちゃんはやっとルンダール家にも慣れて来たところだし、無理に入れなくてもいいと思うんだけどな」
お兄ちゃんの意見に私も賛成だった。
アデラちゃんにも聞いてみる。
「アデラちゃんは保育所に行ってみたい?」
「ほいくと、なぁに?」
「子どもたちが集まってお遊戯をしたり、歌を歌ったりして過ごす、学校みたいな場所だよ」
「あー、ぱぁぱといっとがいーな」
説明が理解できているのか分からないが、アデラちゃんも保育所には乗り気ではないようだ。
「ファンヌとヨアキムくんのときはお屋敷を脱走して幼年学校に来るから保育所に入ってもらわないといけなかったけれど、貴族の中ではあまり保育所に通う子どもはいないでしょう?」
「わたくしたち乳母がお子様の面倒は見ますからね」
「ラウラさん、アデラちゃんにはお母さんがいません。ラウラさんに頼ることになりますが、お願いできますか?」
「わたくしはそのために雇われているのですよ」
褐色の肌に白い歯がきらりと光る。ラウラさんの笑顔は心強いものだった。
「大陸から来たものは差別されて、学校に通えなかったり、仕事がもらえなかったりします。わたくしはそういう意味ではとても幸運でした」
「逆に大陸にこの国の人間が行ったら同じようなことになるんでしょうか?」
「わたくしはこの国で生まれて育ったので分かりません。ただ、幼年学校の入学の手続きも大変だったと両親は言っていました」
この国の国民は幼年学校には無料で入学できるし、給食費も無料と法律で定められている。大陸から来たラウラさんの一家はその法律を適応してもらうためにたくさんの手続きが必要だったという。
大陸から来たとはいえラウラさんはこの国で生まれているのだ。この国の国民として暮らしているのだから当然の権利として幼年学校の入学も許されるべきだった。
ラウラさんが幼年学校に入学した頃は私の両親の治世でそんなことは考慮されなかったのだろう。大陸から来たひとたちにもこの国の国民と同じ権利を与えるべきだと私は思わずにはいられない。
「大陸から来たひとたちも税金を払っているんだよね。同じ権利が与えられていいはずだ」
「その頃は高等学校がありませんでしたから、高等学校に進むことはできませんでしたが、大陸から来たものは奨学金が認められていません」
ラウラさんの言葉に私はこの国の法律を見直さねばならないと思っていた。
お話合いが終わるとお兄ちゃんと一緒にアデラちゃんに報告する。
「アデラちゃんは、もう一度聞くけど、保育所には行きたい?」
「ぱぁぱといっとがいーの」
「それじゃあ、子ども部屋でラウラさんと遊んで、寂しくなったら執務室に僕を訪ねてくる、今までの形式でいいかな?」
「たみちくなったら、おりぱぁぱのところにいくの」
保育所に入所するのは来年度からでも遅くはない。今はアデラちゃんが落ち着いた生活をできるようにするのが先だった。
大陸から来たひとたちの現状も見たいし、アデラちゃんの出生も知りたい。やることはたくさんだったが、私は春休み中も執務室のお兄ちゃんの隣りの椅子に座って仕事に励んだ。デシレア叔母上からもらった万年筆を使って書類にサインをしていく。
お膝の上にはアデラちゃんが座って、ファンヌとヨアキムくんからもらった木のビーズを紐に通していた。まだ3歳なので指先がぷるぷると震えてビーズを落としてしまうこともあったが、膝から降りて拾って、また挑戦する。最初は形にならなかったが、作り始めて数日後には小さな輪を作れるようになっていた。
「いでおぱぁぱ、むつんで」
「良いよ。どこに付けるの?」
「ふぁーねぇねに、おたんどーびぷででんと!」
濃淡のある黄色のビーズで作られた輪はブレスレットにするには小さく、指輪にするには大きい。結んでからチャームにできるように金具を取り付けた。
出来上がったそれをお兄ちゃんに誇らしげに見せるアデラちゃんに、お兄ちゃんが驚いた様子でチャームに手を翳す。
「イデオン、守護の魔術がかかってる」
「え!?」
「強いものじゃないけど、このチャーム、守護の魔術がかかってるよ。アデラちゃん、ファンヌのことを考えて作ったのかな?」
「ふぁーねぇね、ころんだりちないように」
こんなに小さいのにアデラちゃんは自分の作ったものに魔術を無意識にかけられるようだった。それには私も驚いてしまう。
「アデラちゃんは、貴族の子どもかもしれない」
真剣な表情のお兄ちゃんに私はアデラちゃんをまじまじと見つめる。
いつかのパーティーでアデラちゃんを「どこかで見たことがある」と言った声が聞こえた気がした。アデラちゃんの本当の父親が貴族ならば、貴族には魔術師の血が濃く流れているので、アデラちゃんの魔力が高いのも理解できる。
「アデラちゃんをどこにもやる気はないよ?」
「僕もだよ。アデラちゃんは僕とイデオンの可愛い娘なんだからね」
それでも、アデラちゃんの出自が分かった暁には貴族との争いも考えなければいけない。絶対に譲る気はなかったし、私たちはこの国の四公爵の一つ、ルンダール家の当主とその婚約者だ。アデラちゃんを養子にする件に関しては既に国王陛下から許可はもらっているので、その点では有利だった。
「いでおぱぁぱ、ふぁーねぇねにぷででんとちたいの」
「一緒に行こうか」
「いでおぱぁぱと、おりぱぁぱのぶんも、がんばってつくゆからね!」
木のビーズを紐に通す遊びがアデラちゃんのお気に入りになったようで良かった。活発に踊るコンラードくんやエディトちゃんと比べて、アデラちゃんは木のビーズを紐に通したりする静かな遊びが好みなのかもしれない。
他にも一人で静かに遊べる玩具がないかラウラさんに相談してみよう。
膝から降りたアデラちゃんとファンヌの部屋に行くと、ファンヌは壁に作られた窓でヨアキムくんと話していた。アデラちゃんが来たことに気付いてすぐに扉の所まで来てくれる。
「ふぁーねぇね、ぷででんと、ありがとごじゃいまちた。こえ、ふぁーねぇねにぷででんと!」
「わたくしに? わたくしの好きな黄色だわ。ありがとう、アデラちゃん」
「アデラちゃんが守護の魔術をかけてくれてるみたいなんだ」
「わたくしを守ってくれるのね。嬉しいわ」
お礼を言われて抱き締められてアデラちゃんは照れてもじもじとしていた。
執務室に戻るとお兄ちゃんが手紙を読んでいた。
戻って来た私に気付いて手紙を渡してくれる。大きな紙に大きな字で書かれたそれは、コンラードくんからの招待状だった。
「ようねんがっこうの、にゅうがくしきに、きてください……幼年学校の入学式に御呼ばれしたよ」
「あー、きれーなふく、ちれる?」
「可愛い服を着ていこうね」
まだ幼年学校に入学していないコンラードくんらしい大きな字で書かれた手紙を、私はファンヌとヨアキムくんにも見せに行った。
「コンラードくん、字が書けるようになったのね」
「招待状をもらいましたね。嬉しいです」
招待状をもらわなくてもコンラードくんの入学式には行くつもりだったが、招待状をもらうと張り切ってしまう。
ファンヌの誕生日も間近に控えた春休み、ルンダール家は平和だった。
これから何があろうとこの平和を守って行かなければいけない。
そのためにも私とお兄ちゃんはルンダール領を豊かに治めて行かなければいけなかった。
25歳のお兄ちゃんと16歳の私。
二人だけでは荷が重いかもしれないが、カミラ先生もビョルンさんも必要なときは助けてくれる。
新しい年度を前に私とお兄ちゃんの結束はますます硬くなっていた。
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