カミラの衝撃
リクエストをいただきました番外編です。
カミラとビョルンのお話。
ご満足いただけたら幸いです。
可愛い甥が、可愛がっている弟と婚約すると言って来ました。
「私、お兄ちゃんと婚約しました。魔術学校を卒業したら、お兄ちゃんと結婚します! ね、お兄ちゃん」
「う、うん。そういうことですので、叔母上、ビョルンさんこれからもよろしくお願いします」
私、カミラ・オースルンドはオースルンド領の領主であり、ルンダール領の領主のオリヴェルの叔母です。ルンダール家にはイデオンくんとファンヌちゃんという二人の養子がいて、オリヴェルにとっては弟と妹になります。
前々から兄弟仲が良いとは思っていたのです。
オリヴェルには複雑な事情があって、幼少期を子どもらしく過ごせませんでした。そのせいで子どもの遊びを知らず、大人に頼ることも知らない大人びた子どもでした。14歳のオリヴェルと出会って、ルンダール家を乗っ取ろうとしていたイデオンくんたちの両親を追い出してから、私はオリヴェルに年相応に、いいえ、今まで遊べなかった分も遊びなさいと言いました。
オリヴェルはそれに従って、イデオンくんとファンヌちゃん、後から加わったヨアキムくん、それに私が産んだ娘のエディトとコンラードともよく遊んでくれました。
特にイデオンくんとは仲が良くて、一緒にお風呂に入ったりしている様子を、私は暖かく見守っていたのです。
それが、実はオリヴェルがイデオンくんを好きだったなんて。
「オリヴェル、イデオンくんは15歳なのですよ?」
「叔母上、分かっております。結婚するのは魔術学校を卒業してからですし、それまでは節度あるお付き合いをしようと思っています」
思わずオリヴェルを壁際まで追い詰めて、壁にドンッと手を突く私。
「あんな華奢な子がオリヴェルと……」
オリヴェルはレイフ兄上に似てとても体格が良いのです。
そんなオリヴェルが華奢で可愛らしいイデオンくんに何かする羽目になったらと考えただけで私は眩暈を起こして倒れていました。
肉体強化の魔術を使った娘のエディトが抱き留めてくれています。
「ははうえー?」
「生きてる?」
「母は生きています! いつからなのですか! イデオンくんはちゃんと意味が分かって結婚すると言っているのですか?」
「エディトが生まれる前の年くらいから、イデオンのことは特別に思い始めました。僕は大人です。イデオンが大人になるまでちゃんと待てます」
気が付いた私はバネのように起き上がってオリヴェルに詰め寄りました。オリヴェルはどこまでも真剣に私に話します。
大人しくて穏やかな子だとは思っていたけれど、ずっとイデオンくんのことが好きだったなんて、予測もしていませんでした。オリヴェルにとってイデオンくんが特別なことは分かっていましたが、それに恋愛感情が伴うなど。
また倒れそうになる私にイデオンくんが頬を真っ赤にして言ってきます。
「カミラ先生、私がお兄ちゃんのことを好きになったんです。お兄ちゃんを責めないでください」
「イデオンくん……二人が幸せなら……それなら、私もいいのですが……」
「カミラ様、しかるべきときには、私がイデオンくんに教えましょう」
「そうですね。ビョルンさんに任せるのが一番でしょう」
男性同士の行為は色々と負担があると言います。体格のいいオリヴェルが華奢なイデオンくんを傷付けてしまったら、悲しむのは心優しいオリヴェルだと私には分かっています。そんなことがないようにビョルンさんが医者的な立場で話してくれると聞いて少しだけ安心しました。
「そうなれば、ルンダール領の当主の婚約が決まったと知らせを出さないといけませんね」
「イデオンくんもオリヴェル様も煩わしい婚約騒動に巻き込まれたくはないでしょう?」
こうしてオリヴェルとイデオンくんの婚約が発表されたのですが、問題はその後でした。
オリヴェルとイデオンくんは歌劇団で出会った窃盗団の女の子を引き取ることにしたのです。
「まだイデオンくんは15歳なのに父親になって大丈夫でしょうか……」
「カミラ様、イデオンくんとオリヴェル様を信じましょう」
「ビョルンさん、イデオンくんだって子どもとして大事にされていい時期なのに」
「カミラ様、思っているよりもイデオンくんは大人ですよ」
こういうときにビョルンさんはいつも私を穏やかに諭してくれます。私たちは夫婦になって長いのですが、ビョルンさんが怒っているところを私は一度も見たことがありません。
私とコンラードが揉めていた時期も、ビョルンさんは穏やかにコンラードを宥めてくれていました。
「ビョルンさんが私の伴侶で良かったと心から思っています」
「私もカミラ様と結婚出来て、子どもたちにも恵まれて、幸せです」
抱き締めて額にキスをしてくれるビョルンさんに私は年甲斐もなくときめいてしまいます。
事件はそれだけでは終わりませんでした。
オリヴェルがイデオンくんの頬に「行ってらっしゃい」と「お帰りなさい」のキスをするようになったことでファンヌちゃんがヨアキムくんにキスをしたいと言い出したのです。
ファンヌちゃんは13歳、ヨアキムくんも12歳、どう対処すればいいのか私も迷う年代です。
「なんで、わたくしはヨアキムくんのほっぺたにキスをしたらいけないの?」
単刀直入なファンヌちゃんに、呼ばれてきた私は真剣に向き合いました。
「オリヴェルがイデオンくんの頬にキスをしたのが発端なのですね」
「僕はいけないことをしたとは思っていません。これからも続けるつもりです」
「ファンヌちゃん、オリヴェルとイデオンくんは婚約しているのです」
「わたくしもヨアキムくんと婚約しています!」
「それは言葉だけのことで、正式に発表されていません」
「なんですって!?」
私の言葉がファンヌちゃんを激怒させることになるとは。
「わたくし! ずっと! ヨアキムくんと! 婚約してたつもりだったのに! カミラ先生はそれを公表してくださらなかったの!? わたくし! ヨアキムくんが! こんなに好きなのに!」
「そ、それは、二人がまだ幼かったからで」
「わたくし、もう13歳です! ヨアキムくんも12歳でお誕生日が来れば13歳になります! 婚約します!」
大人として、ヨアキムくんの母として、ファンヌちゃんを諭さねばならないという思いはあったのですが、物凄い剣幕にさすがの私も気圧されました。可愛いファンヌちゃんがこんなに怒っているのを見るのは初めてです。
「まだ気持ちが変わるかもしれませんからね」
「わたくし、ヨアキムくんと出会ってもう十年です! 十年間変わらなかった気持ちが、今更変わると思いますか?」
可愛い薄茶色のお目目がつり上がって、ファンヌちゃんはじりじりと私に詰め寄ります。オースルンドにカミラあれば軍隊はいらぬ。そう言われた私ですが、小さい頃から可愛がっているファンヌちゃんには弱いのです。
「父上、母上、いい機会です。僕も幼年学校を卒業して魔術学校に入学しました。ファンヌちゃんとの婚約を公表してくださいませんか?」
最終的にはヨアキムくんの冷静な言葉に私は負けました。
「婚約したので、ファンヌちゃんと頬にキスをしてもいいですよね?」
「頬だけですよ?」
「カミラ先生、わたくし、知っててよ。キスで赤ちゃんはできないんでしょう?」
ファンヌちゃんの可愛い認識でキスをするような年になってしまっていいのでしょうか。私は母親であることの難しさに直面していました。
「カミラ様、婚約はおめでたいことですよ」
一人オースルンド領のお屋敷でバルコニーに出ていた私に、ビョルンさんが飲み物を持って寄り添ってくれます。冷たいフルーツティーには氷が入っていて、カランと涼し気な音が鳴ります。フルーツティーを飲みながら、私はため息を吐いていました。
「おめでたいことは分かっているのですが、15歳や13歳……12歳で婚約をする時代ではなくなったと思っていたのです」
「カミラ様、忘れていませんか?」
ビョルンさんに問いかけられて、私は首を傾げます。
「カミラ様は常々言っているではないですか。『好きなひと以外と結婚はしない、させない』と。オリヴェル様にはイデオンくんという好きなひとができた、ヨアキムくんはファンヌちゃんと想い合っている、それは素晴らしいことじゃないですか」
年齢ばかりに気を取られて、オリヴェルとイデオンくん、ファンヌちゃんとヨアキムくんのことを素直に祝福できなかった私が申し訳なくなってきます。
「ビョルンさんはいつも私と違う目線で世界を見ているのですね」
「私とカミラ様が合わさったら、最強ですよ?」
「ビョルンさんったら……」
一生傍にいてください。
小さく呟くと肩を抱かれる。
「ずっと傍にいる覚悟はできています」
私の方が年上だから、ビョルンさんより私の方が先に死ぬのかもしれません。そうであったら、人生の最後までビョルンさんといられることになるなんて、嬉しく思う私がいるのです。
ビョルンさんに、私、カミラ・オースルンドは常に救われているのです。
これで、番外編は終わりです。
引き続き十三章をお楽しみください。
十三章からは一日二回更新です。
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