スイカ猫は主人を見守る
リクエストいただいた番外編です。
セシーリアとランナルのお話。
核心までは書けませんでしたが、雰囲気だけでも。
ランナル・ノルドヴァルの飼っているスイカ猫に名前はない。
ルンダール領で収穫されたスイカ猫は丸く良く太っていて、賢かった。王城に引き取られた後で、まだ11歳のランナルはスイカ猫を抱いて部屋に閉じこもって泣いてばかりいた。
「パパ……ママ……どうして僕を置いて行ってしまったの……」
ノルドヴァル領の領主の孫として何不自由ない生活を送って来たランナルにとって、従者としての仕事は厳しかった。
国王陛下の姉殿下であるセシーリアの傍について、言われずとも椅子を引き、飲み物を用意し、食べ物を給仕し、座ることは許されず立ったままでセシーリアから許可が下りるまで部屋の端で控えている。
学校には行かせてもらっているが帰って来るとセシーリアの世話をしなければいけない生活。
「将来はわたくしの執事にして差し上げても良いのですよ?」
名誉なことなのだろうが、ランナルはセシーリアのことをどうしても好きになれなかった。泣いて部屋に閉じこもるランナルの涙を、スイカ猫は舐めて慰めた。植物であるスイカ猫に塩分は毒で、涙はしょっぱかったけれど、ランナルのためならスイカ猫はそれくらいは平気だった。
関係が少し変わり始めたのは、次の年になってからだった。
スイカ猫は廊下を見回っているときに、妙なものを見つけた。禍々しい気配を放つ小さな白い欠片。それがひとの骨だと気付いて、スイカ猫はそのことをランナルに知らせようとして、足を止めた。
ランナルがこれに触ってしまったら、ゴーストに憑りつかれるかもしれない。それくらいなら自分がとスイカ猫はその骨を飲み込んだ。
「スイカ猫? どうしたんだ? スイカ猫!?」
部屋でぐったりとしているスイカ猫を見て、ランナルは慌てた。王城に頼れる相手は一人しかいない。スイカ猫を抱き締めてランナルはセシーリアに縋っていた。
「スイカ猫がおかしいんです、助けてください」
たかがスイカ猫。
植物にしか心を許せないランナルにとっては大事な相手だったが、セシーリアにとってはそうではないことを分かっていた。それでもセシーリア以外頼れないランナルが、土下座する勢いでお願いすると、セシーリアはルンダール領からイデオンとオリヴェルを呼んでくれた。
「ルンダール領のスイカ猫ですから、イデオン様とオリヴェル様には不調の原因が分かるかもしれません」
まさか助けてくれるとは思っていなかったランナルにとって、セシーリアが迅速に対応してくれたことは驚きだった。
「スイカ猫を見せていただけますか?」
イデオンのせいで両親が投獄されたのを覚えているランナルにとっては、イデオンは敵でしかなかったが、今はスイカ猫のためにイデオンに頼るしかない。嫌々スイカ猫を渡すと、イデオンがスイカ猫を取り落としそうになった。
「危ない! 落とすな!」
「ランナル! 言葉を正しく使いなさい!」
スイカ猫は落としたら割れてしまって食べる以外に方法がなくなるのをルンダール領のイデオンが知らないはずはない。両親だけでなく自分からスイカ猫まで奪ってしまうのかとイデオンを睨み付けるランナルに、セシーリアから叱責の言葉が飛んだ。
自分のことは良いから、新しいスイカ猫を迎えて欲しい。
スイカ猫の願いはランナルには届かない。
「僕……私がお願いできた義理ではないのですが、その子は私の大事な家族です……お願いします、助けてください」
嫌いなイデオンにまで頭を下げるランナルの姿に、ゴーストを抑え込んでいるので身動きの取れないスイカ猫はもう良いのだとテーブルから身を投げたい衝動と戦っていた。
その間にも話は進んでいる。
「セシーリア殿下にも接触するスイカ猫に呪いか何かをかけて、暗殺を謀ったのかもしれません」
「狙いはわたくし? それともランナル?」
「どちらでも構わなかったんじゃないですかね。セシーリア殿下が害されれば国王陛下はショックを受ける、ランナルくんが害されればセシーリア殿下はショックを受ける。どちらでも良かったのかと」
「お願いします。こいつを助けてやってください」
憎しみの募るイデオンに頭を下げてまでスイカ猫の命を救おうとするランナルに、スイカ猫は胸を打たれていた。
結果としてスイカ猫はイデオンにゴーストを祓ってもらえて無事に栄養剤を飲むことができて回復したのだが、イデオンとオリヴェルが帰った後でセシーリアがランナルに話しかけていた。
「わたくしが14歳、陛下が12歳でわたくしたちは親から捨てられました。王位を譲るという名目で」
「セシーリア殿下?」
「わたくしにとって陛下が、陛下にとってわたくしだけが、唯一の縋れる相手だったように、あなたにとってもスイカ猫はそんな存在なのでしょう」
そんな存在になると信じてセシーリアはランナルにスイカ猫を与えるようにイデオンにお願いしたのだと話している。ランナルの腕の中でごろごろと喉を鳴らしながら、スイカ猫はランナルに抱き締められていた。
「セシーリア殿下、ありがとうございました」
「お礼はイデオン様にするべきではないでしょうか」
素っ気ないようにも聞こえるセシーリアの言葉が、ランナルには照れ隠しのようにも聞こえたのを、スイカ猫は勘付いた。
それからのランナルは少し変わった。
セシーリアに呼ばれて従者としての仕事をするのを嫌がらなくなったのだ。
部屋で涙ぐむことはあっても、スイカ猫を抱き締めていると落ち着くようで、スイカ猫も抱き締められてランナルの頬を舐めていた。
少しずつ、少しずつ、ランナルとセシーリアの心が近付いて行くのをスイカ猫は見守っていた。
寒い日に薄着で庭を散歩するセシーリアに言われずとも上着を届けるランナル。それに感謝して上着を羽織るセシーリア。
「セシーリア殿下は、イデオン様がお好きなのですか?」
従者から主人に話しかけてはいけないのにランナルの口から零れた言葉。それをセシーリアが聞かないふりをしたのをスイカ猫は見ていた。
「びにゃん」
「セシーリア殿下は何を考えておいでなのだろうな……。僕と同じ、寂しさを抱えていらっしゃる気がするんだ」
二人の心が近付くまでの時間を、スイカ猫は辛抱強く見守っていた。
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