28.アデラちゃん乱入
蕪マンドラゴラを抱き締めて、重く濡れたオムツにがに股で仁王立ちするアデラちゃんは何も悪くない。
アデラちゃんが眠ったので隣りの部屋で休んでいたラウラさんも悪くない。
私は小さい頃にお兄ちゃんに添い寝をしてもらっていたが、この国では子どもは小さい頃から一人で子ども部屋のベッドで眠るのが普通なのだ。眠ることに恐怖を植え付けられたせいで眠ると怖くて泣きながら起きていたアデラちゃんを心配して私はアデラちゃんがルンダール家に来てから添い寝をしていたが、そちらの方が稀である。
眠ったアデラちゃんが泣いて起きたらラウラさんは隣りの部屋から来るはずだったし、なんの落ち度もない。アデラちゃんが子ども部屋から抜け出してお兄ちゃんの部屋まで階段を上がってやってくることなど、誰も予測していなかったのだから。
「アデラちゃん、温かい濡れタオルで拭いて、オムツを替えようね」
「おちたら、いでおぱぁぱ、いなかったの。たみちかったの」
2歳のときにお昼寝から起きたらリーサさんがいなくて、私は子ども部屋を抜け出した。
「あのときのイデオンみたいだ。娘だから似てるのかな」
「私も同じことをしたね」
ロマンチックはどこかへ行ってしまったけれど、私とお兄ちゃんはほのぼのしていた。子ども部屋でアデラちゃんを着替えさせると、お兄ちゃんが私を誘ってくれる。
「僕のベッド、かなり広いんだけど、アデラちゃんと三人で寝ない?」
「とくべちゅ?」
「そう、僕のお誕生日だから、僕のお願いを聞いてくれる?」
「お兄ちゃんと同じベッドで寝るの!?」
ドキドキするけれど、嫌ではない。
アデラちゃんを真ん中に寝かせて、私とお兄ちゃんは同じベッドで眠った。誕生日だけの特別。
いつも通りに起きて来て薬草畑の世話を終えると、ラウラさんに謝られてしまった。
「昨夜はアデラ様が抜け出すのに気付かずにすみませんでした」
「いいえ、私も小さい頃に抜け出したんですよ。それを思い出しました」
寝そうになってしまったし、お兄ちゃんの名前は言えなかったし、歌の後で抱き合っているとアデラちゃんが乱入してくるし、とても成功したとは言えない誕生日お祝いだったけれど、お兄ちゃんはとても嬉しそうに花瓶の水を替えて花束を大事にしていた。
アロマキャンドルも気に入って火を点して使ってくれるようだ。
お兄ちゃんの誕生日のパーティーにはダニエルくんを乳母に預けたカミラ先生とビョルンさんも参加した。エディトちゃんとコンラードくんも一緒に来ている。
「オリヴェルにいさま、おめでとうございます!」
「ダニーちゃんはまだ来られないけど、来られるようになったら、みんなで歌を歌うのよ」
「ダニエルくんにおうたははやくなぁい?」
「こーちゃんも小さい頃からお歌が上手だったのよ」
お兄ちゃんのお誕生日お祝いには歌とエディトちゃんもコンラードくんも決めているようだった。
「イデオンと婚約して、仲良く過ごしています。この幸せを守るためにもルンダール領をますます豊かにしていきたいと思います」
宣言するお兄ちゃんに肩を抱かれて私はアデラちゃんを抱き上げた。
「養子で、私とオリヴェル兄上の娘になるアデラです。親子三人、幸せになりたいと思います」
「あーでつ」
私に抱っこされて蕪マンドラゴラを抱き締めているアデラちゃんの笑顔を守りたいと思わずにはいられなかった。
それはそれとして、アデラちゃんの顔を見てお祝いに来ていた貴族の一人が呟いたのが聞こえた。
「どこかで見たことのある顔だわ」
アデラちゃんにマンドラゴラを盗まれた貴族かもしれないと、そのときには私は気にしていなかった。
アデラちゃんがルンダール家に来てから四か月、少しだけアデラちゃんに変化が起きていた。口の中に詰め込むようにして、ときどき喉に詰まらせながらも必死に食べていたご飯を、躊躇うことがあるようになったのだ。
「あー、おなかいっぱい。いらにゃい」
そう主張するけれど、アデラちゃんのお腹はきゅるきゅると鳴いて空腹を訴えている。空腹でも耐えられる体力が付いたことは良かったと思うし、自己主張ができるようになったのも成長だと受け止めていたが、どうしてお腹が空いているのにご飯を食べないのかが分からない。
私が頭を捻っているとお兄ちゃんがアデラちゃんをそっと廊下に連れ出した。私も付いてくとお兄ちゃんは小さな声で聞いている。
「アデラちゃん、もしかして、嫌いな食べ物がある?」
「な、ない! おりぱぁぱ、あーのこと、ちらいになっちゃや!」
「食べるのがちょっと嫌だなっていうものがあるんじゃない?」
「やー! おりぱぁぱにちらわれるー!」
黒い目に大粒の涙が浮かんできて、お兄ちゃんはアデラちゃんを抱き締めた。
「どんなことがあっても、僕はアデラちゃんを嫌いにならないよ。イデオンも同じ。僕たちはアデラちゃんの親なんだからね。いけないことや危ないことをしたら叱ることはあっても、嫌いになることはない」
「ちらい、ならない?」
「うん、絶対に」
力強く言われて、アデラちゃんはお兄ちゃんを信用したようだった。
「おたかま、たべちゃくないの」
「お魚が嫌なのかな?」
「おたかまの、うえのとこ、や、なの」
晩ご飯のおかずの魚のアクアパッツァが嫌だったようだ。
テーブルまで連れて行って椅子に座らせて、お兄ちゃんはお皿の上の魚を上下で半分に切った。上の方には皮が付いている。
「どっちが嫌?」
「こっち」
「それじゃあ、こっち半分は頑張って食べようか」
「もうはんぶんじゃらめ?」
「いいよ。でも、お腹が空いちゃうから、スープとパンは残さずに食べてね」
四分の一になったお魚をアデラちゃんは目を瞑って頑張って食べていた。
食後にお茶を飲んで甘いものを摘まんで寛ぐ時間に私はお兄ちゃんの隣りに座る。
「よくアデラちゃんが苦手なものがあるって分かったね」
「アデラちゃんはずっと食べられない環境だったから、好きも嫌いもなかったんだと思うよ。それが嫌いなものができたんだから、ちゃんと味わって食べる余裕ができたんだと思わなきゃいけないよね」
お兄ちゃんは私が考えていたよりもずっとアデラちゃんのことをよく見ていた。
「しばらくはお魚料理はアデラちゃんの分は減らして、他に食べられるものがあるようにしようね」
「そのうちに食べられるようになるかもしれないしね」
お兄ちゃんの意見に私は賛成した。
厨房のスヴェンさんにお願いするとアデラちゃんのためのメニューを考えてくれると心強い返事が来た。お魚も出すけれど、フライにしてみたり、皮をパリパリに焼いてみたり、工夫してくれるという。
次の日のお魚のタルタルソースサンドはアデラちゃんはもりもりと食べていた。
ルンダール家に来てから四か月、痩せ細っていたアデラちゃんは頬も丸く幼児らしくなって、肌も髪も艶々になっていた。お目目の大きな可愛い顔立ちに白い肌、さらさらの真っすぐな黒髪のアデラちゃんはとても可愛い。髪も伸びて来たのでファンヌが花の飾りのついた髪ゴムで結んであげていた。
「アデラちゃんは黒髪がオリヴェル兄様似ね」
「黒いお目目は僕に似てるかもしれません」
「あー、おりぱぁぱと、よーにぃにににてう?」
「そうよ、わたくしたち、家族ですもの!」
「いでおぱぁぱには、にてない?」
「泣き虫さんなところが似ているかしら」
指摘されてアデラちゃんはちょっと恥ずかしそうだったが、嬉しそうでもあった。血が繋がっていないから似ているはずはないのだが、ファンヌの認識においては家族だから似ていてもおかしくはないという。
同じものを食べて同じように生活しているのだから似て来てもおかしくはないかもしれない。
「今年もベルマン家と合同で僕のお誕生日をしますよ」
「アイノちゃんが来るわよ。ダンくんと、ミカルくんも」
冬の寒さは厳しくなっていたが、暖かな魔術の火が点されたストーブのオレンジ色の灯りがファンヌとヨアキムくんに可愛がられるアデラちゃんを照らしていた。
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