11.直談判に来た男
夏休み中にお屋敷に、お兄ちゃんのために洋服の仕立て職人が屋敷に呼ばれていた。お兄ちゃんの身長は順調に伸びて、大人の男性の中でも大きいと思われるほどになっている。新しい服を新学期までに仕立ててもらって、ルンダール家の次期当主として相応しい格好をさせようと、カミラ先生が手配してくれたのだ。
お兄ちゃんが綺麗な服を着る。それが嬉しくて見学をしていた私とファンヌも、職人さんに捕まってしまった。ヨアキムくんはまだ小さいので、ちょこんと立ってその様子を見ている。
「せっかくですから、ルンダール家のお子様にお揃いのお召し物をいかがですか?」
「商売上手ですね。イデオンくんとファンヌちゃんも公の場に出ることが多くなるでしょう。一着新調していてもいいですね」
採寸に立ち会っていたカミラ先生が決めて、私たちも採寸されることになった。
「よーは?」
「ヨアキムくんは、まだ職人さんが触れると危ないので、申し訳ないですが、イデオンくんのお譲りで我慢してくださいね」
「いでおにぃにの、およふく」
小さなヨアキムくんはファンヌと仲良しだが、私のことも慕ってくれているようで、私のお譲りがもらえるということが嬉しそうだった。正式な場のために誂えた服など、誕生日や新年のお祝いでしか着ていないので、綺麗なまま残っている。
何より、ヨアキムくんは呪いの魔術が完全に抜けてはいない。
カミラ先生に聞いた話だが、マンドラゴラの『死の絶叫』を遮るための防御の魔術がかかっている、私とファンヌとお兄ちゃんの手首に結び付けた紐を編んだ魔術具は、ヨアキムくんの呪いも弾いてしまうものに取り換えられた。そのため、私たちは気にせずにヨアキムくんと触れ合うことができたけれど、職人さんたちはそうではない。
日に日に呪いは薄まっているとはいえ、最初は三日に一度、最近でも一週間に一度は、魔術具を取り換えないと効果が薄れて呪いが漏れ出してしまうヨアキムくん。できる限り、他のひとが害されて、ヨアキムくんも傷付くことがないように、カミラ先生は配慮してくれていた。
乳母を失ったり、触れた花が枯れたり、可愛がった犬が死んだり、ヨアキムくんはこれまでに十分すぎるほどその呪いに苦しめられ、悲しい思いをしてきたのだ。
「腕を上げてください」
「あい!」
「ファンヌ、わたしのばん。ファンヌはつぎ」
「あ、そっか」
採寸されながら、私に対する腕を上げる指示に、元気よく手を上げてしまったファンヌは、照れながら手を降ろした。
採寸が終わって、生地を決める段階になると、カミラ先生が活き活きしてきた。
「同じチェック柄で、オリヴェルはミッドナイトブルーかダークパープルがいいんじゃないでしょうか。ファンヌちゃんは黄色が好きでしたよね。イデオンくんは何色が好きですか?」
「わたしは、あおがすきです」
青はお兄ちゃんの目の色で、カミラ先生の目の色でもあった。穏やかな優しいお兄ちゃんの目の色が、私は一番好きだ。そう告げると、ちょっと難しい顔をされてしまう。
「オリヴェルに似合う色ではなくて、イデオンくんに似合う色を選びたいのですが」
「わたしににあういろ……」
ふわふわの薄茶色のファンヌの髪と薄茶色の目を見て、私は考える。私とファンヌはよく似ているので、ファンヌに似合う色は私にも似合うだろう。
「ちゃいろ、ですかね?」
「綺麗なキャメルはどうでしょう、叔母上」
お兄ちゃんが言葉を添えてくれて、私の盛装はキャメルに決まった。ファンヌが黄色い生地に赤と緑のチェック、お兄ちゃんがダークパープルの生地に濃いグレーと薄いグレーのチェック、私がキャメルの生地に赤と黄色のチェックで注文して、職人さんたちは帰って行った。
お兄ちゃんが選んでくれた色なので、出来上がりがすごく楽しみだ。
ワクワクしている私の目の前で、ファンヌが人参のポシェットを開けて、ヨアキムくんに顔を出した人参マンドラゴラを見せていた。
「にんじんたん、わたくちの、だいじだいじ」
「ふぁーたんの、だいじ」
「だこちていいのよ?」
「いーの? かれない?」
頭髪のような葉っぱを掴まれてポシェットから引きずり出された人参マンドラゴラに、触りたいけれど、ヨアキムくんは躊躇っているようだ。それもそうだろう、今までに触れた花は枯れて、可愛がった犬は死んで、乳母も死んでいる。ファンヌの大事な人参マンドラゴラを、自分が枯らせないか心配なのだ。
「カミラてんてー、だいじょぶ?」
「その人参マンドラゴラは栄養剤をよく飲んで強いですし、ヨアキムくんの魔術具も取り換えたばかりです。平気ですよ」
カミラ先生のお墨付きをもらって、恐る恐るヨアキムくんが人参マンドラゴラに手を伸ばす。ぎゅっと抱き締めたヨアキムくんは、人参マンドラゴラが元気に「びょびょ」と鳴いているのを見て、ぽろぽろと涙を零した。
「かれない……よー、だこでちた」
「わたくちも、ヨアキムくん、だこちる!」
人参マンドラゴラごと泣いているヨアキムくんを抱き締めるファンヌに、私は天井を仰ぎ見た。うちの妹とその友達が可愛すぎる。気が付けばカミラ先生もなぜか顔を覆っていた。
可愛い光景を見た後に、騒動は始まった。
セバスティアンさんが、子ども部屋に入って来る。
「ビョルン・サンドバリというものが、イデオン様に会わせろとお屋敷の前に来ています」
「サンドバリ……ルンダール家の領地に住む貴族の名前ですね。用件は?」
「分かりません、ただ会わせろの一点張りで」
アンネリ様が亡くなってから、お兄ちゃんが14歳になるまでの9年間、私の父親は当主としてこの地を治めていた。重税を課し、貴族からも税を搾り取って、自分は昼まで寝ていて、夜は社交界のパーティーを渡り歩くという贅沢三昧で、領地を荒らした張本人である。
マンドラゴラの栄養剤のレシピが公開されて、これから領地は立ち直って行くかもしれないが、私の父親が犯した罪は、それだけでなく、母親と共謀してアンネリ様を毒殺したという事実もあった。あの二人の子どもとして、ルンダール家に引き取られて養子になることをよく思わず、糾弾する輩が現れても仕方がない。
それは、私が生きていく上で、ずっと背負わねばならない運命だった。
「あいます」
「イデオンくん、会うことはないのですよ」
「ちちおやのつみを、わたしにといたいのならば、わたしはうけてたたなければなりません」
ずっと逃げていることはできない。
はっきりと告げると、お兄ちゃんが私と手を繋ぐ。
「僕も行きます。イデオンは僕の弟で、僕を助けてくれたと、はっきりと伝えます」
農作業をする普段着ではなく、人前に出られる小奇麗なスラックスと半袖シャツに着替えて、お兄ちゃんと手を繋いで廊下を歩いた。断罪されるとしても、お兄ちゃんが手を繋いでいてくれると思うと、怖くない。
呼び出された広間にいたのは、白衣にぼさぼさの麦藁色の髪に分厚いレンズの眼鏡の若い男性だった。私を見て、足早に私の方に近付いてくる。
「あなたが、イデオン様、ですか?」
「そうです。わたしになんのようでしょう?」
責め立てられて、父親の罪を代わりに謝ることを求められると、身体が強張る。そうであっても、私は怯まずに、父親の罪を認め、その上で今後ルンダール家のために働くことを告げなければいけない。
がちがちに緊張していた私の前で、その男性、ビョルン・サンドバリさんは膝を付いた。
「マンドラゴラを、薬草市に出してくださったと聞きました。私は貴族社会に嫌気がさして、街で医者をしています。贔屓にしている薬草市の店主がマンドラゴラを優先的に私に回してくれて、おかげで、たくさんのひとの命が助かりました。ありがとうございます」
あれ?
何か違う。
私が父親の子だから糾弾されるとばかり思っていたのに、ビョルンさんは、床に頭を擦り付けんばかりに感謝している。
「マンドラゴラの栄養剤のレシピも公開されて、これから領地は豊かになって行きます。どうしても、イデオン様に感謝の言葉を伝えたいというものがたくさんいて、代表として参りました」
「わたしは、ベルマンけのこどもですよ?」
「実の両親を断罪して、ルンダールの領地に平和を取り戻したのもイデオン様と妹君と聞いております。領民の間では、イデオン様と妹君がルンダール家の養子になったことを喜ぶものばかりですよ」
マンドラゴラが納得したので売り払った私の行いが、領民に評価されていた。糾弾されるどころか、感謝されてしまって、私は狼狽える。
「マンドラゴラは治療に足りていますか? まだお屋敷の畑には残っています。イデオンくんの許可があれば、売って差し上げても良いのですが?」
「本当ですか? イデオン様、どうかお願いします。栄養失調で体が弱っているものが、酷い病にかかっていて、まだ治りきっておりません」
裏庭のマンドラゴラ畑に行って、マンドラゴラにその状況を伝えると、畝から大人しくぞろぞろと出て来てくれた。マンドラゴラを引き連れてビョルンさんの元に戻ると、土下座をするようにして感謝される。
恐れていたのは私だけで、意外と領民は真実を分かってくれているのだと知った日だった。
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