21.本当のお祖父様とお祖母様に
アデラちゃんの乳母になったのは、ラウラさんという褐色の肌で大柄な体付きの女性だった。両親が大陸から移住してきて、ラウラさん自身はこの国で生まれたのだが、肌の色や顔立ちの違いで差別されていたという。
大陸出身のひとはこの国にあまりいないので見たことがなかったが、アデラちゃんとしばらく遊んでもらって、アデラちゃんは楽しそうだった。ラウラさんはアデラちゃんのさらさらの黒髪を二つのお下げに編んでくれた。髪まで気が回らなかった私たちは、アデラちゃんが鏡を見て喜んでいるのを見てラウラさんに決めた。
オースルンド領に行く準備を進めなければいけなかったが、ラウラさんはアデラちゃんの荷造りを一緒にしてくれていた。
「ふく、こえがいーの」
「この服は少し暑いかもしれません。同じ色でこちらのワンピースがありますが」
「こえがいーなー」
「こっちのスカートにはおリボンが付いていますよ?」
「おリボン! こっち、すゆ!」
アデラちゃんの意見を聞きつつも、もふもふの冬用の服を引っ張り出してくるのはきちんと止めてくれる。ファンヌのお譲りが多かったが、アデラちゃんにとっては見たこともないような綺麗で可愛い服ばかりで、荷造りで服を選ぶのは楽しみですらあるようだった。
順調にルンダール家に慣れているように思えるアデラちゃんだが、ラウラさんが乳母になった次の日から夜中に泣き出して起きるのだと報告をもらった。
「寝たらいけないと、寝てしまったと、パニックになって大泣きするのです」
窃盗団の男性たちは子どもたちに寝たら罰を与えていたようだった。それを思い出して眠ってしまったら怒られるとアデラちゃんはパニックになるのだろう。
あんなに小さいのに夜中に子ども部屋で火が付いたように泣き出すなんて可哀想だ。
「お兄ちゃん、アデラちゃんに添い寝してあげちゃダメかな?」
「イデオンが? 魔術学校が始まったらどうするの?」
「お兄ちゃんも私が小さい頃に添い寝してくれてたよ。その頃のお兄ちゃんよりは大きいもの、平気だよ」
お兄ちゃんとよく話し合って私はアデラちゃんが寝るときに添い寝するようにした。
夜中にアデラちゃんが火が付いたように泣き出す。
「ねじゃっだー! いやー! だだがないでー!」
「寝て良いんだよ。アデラちゃん、怖いひとはどこにもいないよ」
「ぱぁぱ?」
「うん、私がいるよ」
ぐすぐすとアデラちゃんが蕪マンドラゴラを抱いたまま私の胸に顔を埋める。パジャマの胸がじんわり濡れる感触がした。アデラちゃんのさらさらの黒髪を撫でながら私は歌い始めた。
アンネリ様がお兄ちゃんに歌っていた子守唄で、リーサさんが私に教えてくれた歌。
歌っているとアデラちゃんの呼吸が規則的になって眠り始めるのが分かる。そのまま私もアデラちゃんを抱っこしてぐっすりと眠った。
早朝に起きるのにもアデラちゃんはすぐに慣れた。
起きて薬草畑の世話をするアデラちゃんは額に汗をかきながら頑張って如雨露を運ぶ。薬草にお水をかけるとファンヌとヨアキムくんがアデラちゃんに教えていた。
「虫がいたら触らずに教えてね」
「あい、おちえる!」
「如雨露に水を入れ過ぎたら持てなくなるから気を付けてね」
「いれつぎない!」
真剣に話を聞くアデラちゃんにファンヌとヨアキムくんが笑顔になる。
「アデラちゃん、とても覚えが良いわ」
「素晴らしいですね!」
「あー、すばらち!」
どこかで見た光景がここでも広がっている。お兄ちゃんが私を褒めて育てた精神がしっかりとファンヌとヨアキムくんにも受け継がれていることが私は嬉しかった。
薬草畑の世話は文句なく頑張るのだが、アデラちゃんは汗をかいたらシャワーを浴びて着替えるということが習慣になっていなかった。服を脱ぐのを躊躇ってしまうのだ。
「あー、このふく、すち……ぬがないと、め?」
「こっちの可愛い服に着替えない?」
「きがえる!」
それまでお風呂にも碌に入ったことがなかったのであろう。汗をかくたびにシャワーを浴びて着替えるのがアデラちゃんの身につくまではもう少しかかりそうだったが、3歳の単純さで騙されてくれるので困りはしなかった。
朝ご飯を食べてオースルンド領に行くために、お兄ちゃんがアデラちゃんを抱っこして、私がヨアキムくんとファンヌの手を握った。
「これから魔術を使うからね。しっかり僕にしがみ付いていてね」
「あい、ちがみつく」
「暴れたらバラバラになってしまうかもしれないからね」
「ぱぁぱと、バイバイ?」
「そうなったら嫌でしょう?」
「じぇったい、はなれない!」
ぎゅっとお兄ちゃんに腕と足を絡めてしがみ付くアデラちゃんの必死の形相に微笑ましくなってしまう。こんなにもアデラちゃんは私たちから離れたくないと思っている。
オースルンド領に着くとお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様が待っていてくれた。コンラードくんがアデラちゃんを連れて行こうとしても、アデラちゃんはお兄ちゃんから離れようとしない。
「アデラちゃん、もういいよ?」
「いーの?」
「オースルンド領に着いたよ」
「おーつるんどりょう?」
よく分かっていない様子だが床に下ろされてコンラードくんとエディトちゃんの顔を見るとアデラちゃんはぱっと笑顔になった。
「おにいたんとおねえたん!」
「おばあさま、おじいさま、わたしのいもうとのアデラちゃん!」
「こーちゃん、妹じゃなくて……妹じゃなくて、なぁに?」
コンラードくんはアデラちゃんを妹と思っているし、エディトちゃんは妹ではないと分かっているが自分との関係がどうなるのか分かっていない。
「アデラちゃんは、僕の娘だから、エディトとコンラードにとっては従兄の子どもになるね」
「わたしのいもうとじゃなかったの!?」
まさかコンラードくんがアデラちゃんを自分の妹と思い込んでいるとは考えてもみなかった。よく考えればコンラードくんはヨアキムくんという養子の兄がいる。子どもはお母さんが産むだけでなくて、養子としても増えるのだという知識があった分、お兄ちゃんの養子になったアデラちゃんが自分の妹のように思えても仕方がない部分はあった。
「報告があるのでしょう? それに、紹介してくれる子もいると聞いていますよ」
アデラちゃんとコンラードくんとエディトちゃんが話している間もじっと待っていてくれたお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様に、私とお兄ちゃんはアデラちゃんを真ん中に歩み出た。
「国内全土に知らせたのでご存じと思いますが、実のお祖父様とお祖母様なのに実際に会って報告をしていなかった不義理を許してください。僕は、イデオンと婚約しました」
「お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様のことを、本当のお祖父様とお祖母様と思って良いですか?」
お兄ちゃんと私の報告にお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様は目を細める。
「忙しかったのでしょう。ちゃんと報告が届いていたので気にしなくていいのですよ」
「オリヴェルがイデオンくんを王都で同席させていいかと聞いたときから、そんな気がしていました」
「オリヴェルにはイデオンくんが必要なのだと分かっていましたよ。イデオンくんは前々から本当の祖父母のように思ってくれていいと言っていたのですがね」
お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様……もとい、私のお祖父様とお祖母様には全てお見通しだった。本当の祖父母のように思って良いと言われて涙が出てきそうになる。
「縁があって養子にもらうことになったアデラです」
「アデラでつ! ぱぁぱ、おじいたまと、おばあたま?」
「そうだよ、アデラちゃんのお祖父様とお祖母様だよ」
「あーに、おじいたまとおばあたま、いたのね!」
飛び付いていくアデラちゃんをお祖父様とお祖母様が抱き留める。
「あー、ママ、ちんだの。ぱぁぱ、いなかったの。れも、ぱぁぱ、ふたりいたの。おじいたまとおばあたまも、いたの!」
アデラちゃんの中では存在しなかった父親が実は二人いて、祖父母もいたことになっているようだ。母親のことを忘れさせたいとも思わないけれど、アデラちゃんの中で私たちが本当の父親で、オースルンドのお祖父様とお祖母様が実の祖父母のように思えているのならばそれを否定することはないと私は口を閉じた。お兄ちゃんを見ると穏やかに微笑んで頷いている。
「オリヴェルもイデオンくんもファンヌちゃんやヨアキムくんやエディトやコンラードで慣れているかもしれませんが、困ったらいつでも私たちに相談してくださいね」
「曾祖父というのは内緒で」
お祖父様に言われて私は気付いた。お兄ちゃんや私にとって祖父母なのだから、お祖父様とお祖母様はアデラちゃんにとっては曾祖父と曾祖母になる。お祖父様とお祖母様という呼び方が気に入っているようで二人はひいお祖父様とひいお祖母様と呼ばれたくないようなので、そこは訂正しないでおいた。
「アデラちゃん、ディックくんよ」
「ディックだよ。よろしくね」
「ディックくん」
「こっちはおとうとのコニー」
コンラードくんがアデラちゃんにディックくんを紹介する。4歳になっているディックくんはまだ1歳になっていない弟のコニーくんのところに連れて行った。
「こーちゃん、弟妹を欲しがってたから」
嬉しそうにしているコンラードくんをエディトちゃんが微笑ましく見守っている。
オースルンド領でコンラードくんの誕生日まで過ごす夏休みは楽しいものになりそうだった。
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