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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十二章 魔術学校で勉強します! (四年生編)
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18.音楽堂のデートの後に

 歌劇部の練習がお休みの日にカミラ先生とビョルンさんとエディトちゃんとコンラードくんとファンヌとヨアキムくんは歌劇団の公演を見に行った。私とお兄ちゃんは別の日に二人きりで見に行くことが決まっていたので、みんなを送り出して二人だけでお屋敷で過ごした。


「デートに行ってないのに二人きりになっちゃったね」

「毎日頑張ってる僕へのご褒美かな」

「お兄ちゃんへのご褒美が、私と二人きりになること?」


 笑ってしまったけれどお兄ちゃんは真剣だった。

 期日が近い書類だけは終わらせてその後は音楽室で二人で踊りの練習をする。魔術学校の歌劇部の発表会の演目が終わった後のデュエットダンスは、私とお兄ちゃんで踊る予定だった。

 本来ならば男性の主役と女性の主役が踊るのだが、今回の演目では兄妹であるし、実際にも兄妹なので、私とファンヌが踊るのは不自然な気がしていた。だからお兄ちゃんと踊れるのは嬉しくて私は密かに楽しみにしているのだ。

 シーラ先生が男二人のためにステップも変えてくれて、どちらかと言えば群舞に近いような踊りからリフトまで多彩に見せ場があった。

 お兄ちゃんに軽々と持ち上げられてしまうのは恥ずかしいけれど、私がお兄ちゃんを持ち上げられないので仕方がない。

 踊り終えて一息ついて、花茶を飲んでいるとお兄ちゃんが真剣な眼差しで私を見ていた。キスをされるのかと思ってぎゅっと目を瞑ると、お兄ちゃんが私を抱き寄せる。


「イデオンは、男のひととして僕のことが好きなんだよね?」

「どういう意味? 私もお兄ちゃんも男のひとだけど」

「えーっと……イデオンにはまだ早いかなぁ」


 男性同士のお付き合いの話ならば私は興味がある。興味はあるけれど、誰に聞いて良いのか分からないし、妙な知識を植え付けられるとお兄ちゃんに迷惑をかけそうなので、ちゃんと信頼できるひとから教えてもらわなくてはいけないと思っていた。

 そのときが来たのかとごくりと唾を飲み込む。


「ビョルンさんが帰ってきたら聞いてみた方が良い?」

「ううん、まだイデオンは知らないままでいて」


 いつか僕がちゃんと教えるから。

 お兄ちゃんの囁きは甘く響いて私は胸の高鳴りが抑えられなかった。顔も真っ赤だし、湯気が出そうに頭が暑い。


「ただいまー! 兄様! お腹空いたー!」

「ファンヌちゃん、待って!」

「あら、ごめんなさい」


 元気よく音楽室の扉を開けたファンヌが抱き合っている私とお兄ちゃんを見てぱたんと扉を閉めた。

 別にやましいことをしていたわけではないのに恥ずかしくて私は慌ててしまう。


「ファンヌ、これは、違う……違う? 違うって何?」

「イデオン、落ち着いて。ファンヌ、ただハグしてただけだよ」


 私の背中を撫でて落ち着かせながらお兄ちゃんは扉を開けて廊下に出て行った。音楽堂には食事をする場所はないので、お昼過ぎまでの公演をファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんとカミラ先生とビョルンさんは飲み物だけで我慢して見たようだった。

 私たちもお昼ご飯を食べずにみんなが帰って来るのを待っていたので、全員でお昼ご飯にする。ピリ辛のドライカレーが準備されていて、その上に温泉卵を落として私たちは汗をかきながら食べた。

 スパイスを輸入してお兄ちゃんが作ったカレーを厨房はレシピを入手して色々と改良してくれていた。

 食べ終わって冷たいフルーツティーを飲んでいると、コンラードくんがお兄ちゃんにおねだりをしていた。


「オリヴェルにいさま、りったいえいぞうをかってください」

「コンラード、あなたの母はこっちですよ? あなたの母はオースルンド領の領主でお金がないわけではないのですよ?」

「ルンダールけで、みんなでみて、おどりたいの!」


 おねだりの対象から外されたカミラ先生は寂しがっていたが、お兄ちゃんはコンラードくんの要望に応えるつもりでいた。


「注文するけれど、僕とイデオンがまだ見ていないから、届けてもらうのは僕とイデオンが見てからでいい?」

「はい。ありがとうございます、オリヴェルにいさま」

「もう、私とオリヴェル、どっちを信頼しているのか」


 歌劇の専門学校を作るときにもコンラードくんはルンダール領に通うつもりだった。コンラードくんにとってはルンダール家は第二の実家のような感じで、ルンダール領は自分の住むべき領地だと思っているのではないだろうか。

 カミラ先生が呆れる気持ちも分からなくはなかった。


「オリヴェルとイデオンくんは明日でしたか?」

「はい、楽しみにしてます」

「それまでは、みんな、ネタバレはなしですよ」

「ネタバレ? ネタバレってなぁに?」

「演目の内容を先に教えることです」


 カミラ先生がエディトちゃんとコンラードくんとファンヌとヨアキムくんに言ってくれたので私たちは演目の内容を知ることなく歌劇団の公演に行けそうだった。


「会場ではスリが出たようなので、気を付けてくださいね」


 ルンダール領の治安が良くなったといっても、犯罪が完全になくなったわけではない。スリが出たというビョルンさんの言葉を私は頭に留めておいた。

 翌日はビョルンさんにルンダール家のことは任せて、私とお兄ちゃんで馬車に揺られて出かける。音楽堂について決められた席に座ると、私は買ったパンフレットを読み始めた。

 美しい人魚の姫と王子との恋物語。人魚の姫に恋をした王子が、姫と結ばれるために姫を奪おうと海の帝国に争いを仕掛けるが、人魚の姫は家族を守ろうと王子を止める。紆余曲折あって、結局王子は魔術を自分にかけて人魚の姿となり、王子の身分を捨て姫のために海の帝国で暮らすようになる。

 客席の照明が落とされて舞台の幕が開くと、幻想的な海の風景が広がっていた。魚たちのダンスに、人魚の姉妹のコーラス、揺れる水面に、海の中の石造りの美しい帝国。

 王子との出会いの場面で人魚の姫は歌を歌っていて、それに呼応して王子も歌い始め、お互いに惹かれ合っていく様子が歌と踊りで表現されている。

 人魚の姫を奪うための荒々しい戦争の群舞。兵士たちの前に立って、争いをやめてと歌う人魚の姫。

 すっかりと私は舞台に魅了されていた。

 最後に王子が身分を捨てて海の帝国に向かうシーンでは感動で涙まで出た。そっとお兄ちゃんが渡してくれたハンカチで私は涙を拭う。

 こんなときでもお兄ちゃんは私のことを気にかけてくれていた。


「素晴らしかったね」

「びぎゃ!」

「大根マンドラゴラも見てたの!?」


 気が付けば私の膝の上で大根マンドラゴラも蕪マンドラゴラも舞台に見入っていて、足元には南瓜頭犬がいる。


「いつの間にバッグから出て来たのか。帰るよ」


 促してもボディバッグに戻りたがらない大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラは、カボチャ頭犬に跨ってそのまま帰るつもりだった。仕方がないので連れて帰ろうとすると会場から出ようと通路を歩いている人ごみの中で小さな手が蕪マンドラゴラを掴んだ。


「びょえ!?」

「びゃー!」


 引っ張られて連れて行かれる蕪マンドラゴラに大根マンドラゴラが慌てている。追いかけようとしても、ひとが多すぎて上手く動けない。ビョルンさんはスリが出ると言っていたがそれだろうか。

 このままでは蕪マンドラゴラが盗まれてしまう。

 私は声を上げて歌いだした。

 私の歌はルンダール家のマンドラゴラたちに作用する。

 土塗れで駆け付けたマンドラゴラが音楽堂に押し寄せていた。


「ぎゃー!? ごわいー!」


 音楽堂の外から幼い泣き声が聞こえて私はそちらの方に向かう。竹串を構えた大根マンドラゴラと南瓜頭犬もそちらの方に向かっていた。

 音楽堂の外でマンドラゴラに囲まれていたのは、コンラードくんよりも小さく見える女の子だった。マンドラゴラに囲まれて動けなくされて、私の蕪マンドラゴラを抱き締めてぶるぶると震えている。その下半身が濡れているのはお漏らしをしてしまったからだろう。


「ごわいよー! だぢげでー!」


 泣いている女の子にお兄ちゃんが膝を曲げて目線を合わせて問いかけた。


「誰かに盗みをしろって言われたのかな?」

「いやー! おちえたら、ごはんぬきで、たたかれるー!」

「僕が守ってあげる。絶対に危ないことはないから」


 お兄ちゃんに説得されても泣き止まない女の子はお漏らしもしているので、とりあえず着替えさせないといけないとお屋敷に連れ帰ることにした。連れ帰って脱がせた女の子の身体がろっ骨が浮き出るほど痩せていて、青痣がたくさんあることに気付くのは、シャワーを浴びさせたときのことだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] イデオンの見た目が年齢以下なのと、男女のあれこれも男同士のあれこれも教わるタイミングがなかったということで、オリヴェルがイデオンに教える「いつか」は当分先かな~。 イデオンが成人するまでは…
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