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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十二章 魔術学校で勉強します! (四年生編)
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17.国立歌劇団の来訪

 夏休みも中頃になって、歌劇団の長期公演が始まった。半月以上に渡る公演なのでチケットが取れたルンダール領民もたくさんいて、毎日音楽堂は満員だった。国立歌劇団のファンが王都からもチケットを取って来ていたがそれでもルンダール領民の分も今回はある。

 初日の前に劇団長を含めて劇団の全員がルンダール家に挨拶に来た。


「ルンダール領に長期公演を招いてくださってありがとうございます」

「歌劇団の皆さんが来られるのをみんな楽しみにしていました」

「千秋楽まで演じ切ってみせます。どうぞよろしくお願いします」


 役者さんや団長さんとお茶をするのは緊張するが、これもルンダール家の当主の補佐としての仕事である。応接室では足りないのでパーティー用の大広間に通して立食形式でカレー煎餅と花茶を振舞うと、役者さんから声が上がる。


「ルンダール領のカレー煎餅だわ」

「花茶も、美味しい」


 ルンダール領の花茶とカレー煎餅は人気のようだ。ぱりっと乾燥した海苔を巻いているので指先が汚れることもない。


「イデオン様も歌劇をされているのを拝見しました」

「魔術学校で部活としてです。エリアス先生とシーラ先生に教えてもらってます」

「シーラに! そうでしたね。素晴らしい歌と踊りでした……ただ、もう少し腰を安定させたら……」

「劇団長はこんなところでまで指導しないでください」


 生徒と試験を受けたときに審査員として来てくれていた劇団長さんは私の演技と歌と踊りを見ている。指導しようとする劇団長さんに役者さんが素早く止めていた。


「すみません、劇団長ったら、歌劇のことになると夢中で」

「いいえ、勉強になります」


 話していると扉の方に気配を感じて私は振り返った。細く開いた扉の間から四対の目が覗いている。


「コンラードくん? エディトちゃん? ファンヌとヨアキムくんも」

「ぶたいでおどっていたひとたち。わたしも、おはなししたい」

「コンラードくん、劇団員の方々はルンダール家にご挨拶に来てくれていて、遊びに来ているんじゃないんだよ」

「わたくしもお話……」

「エディトちゃんまで!?」


 よく見ればファンヌとヨアキムくんもエディトちゃんとコンラードくんを止めているようで役者さんたちに目が行っている。


「ルンダール家とオースルンド家のお子様でしょう? どうぞ、いらしてください」

「歌劇がお好きなのですか?」

「だいすきです! わたし、うたっておどるひとになりたいです!」

「それは将来有望ですね」

「わたし、おどれます!」


 びしっとポーズを決めて踊り出したコンラードくんにエディトちゃんが合わせる。コンラードくんとエディトちゃんの歌と踊りに劇団のひとたちが暖かな手拍子を送る。

 指先から爪先、目線まで意識したキレッキレの踊りと歌に大広間は盛り上がりを見せた。あまりに上手だったので私もお兄ちゃんも止める暇もなく終わってしまった。

 踊り終えてポーズを決めた二人に拍手喝さいが降り注いだ。


「前の演目の踊りと歌ですね」

「立体映像をオリヴェル兄様が買ってくれて、たくさん見てこーちゃん……弟と練習しました」

「わたし、たくさんれんしゅうしたの!」

「とても上手でした」

「子役にスカウトしたいくらいですよ」


 役者さんにも劇団長さんにも褒められてコンラードくんとエディトちゃんは誇らしげな顔で胸を張っている。二人が褒められるのは嬉しかったけれど、子どもの相手をさせるためにお招きしたのではないのにと申し訳なくもなる。


「すみません、エディトちゃんとコンラードくんが」

「いいえ、とても嬉しいんですよ」

「こんな小さな子が私たちの公演を見て感激してくれて歌と踊りを覚えてくれた」

「私たちが伝えたかったものが伝わったのだと感動しています」


 劇団のひとたちは感受性豊かなのだろう。エディトちゃんとコンラードくんの踊りと歌にも感動してくれていた。


「ルンダール領にも歌劇の専門学校をアントンが作ると言っていますよね」

「今年は準備をして、来年度から徐々に始められると思います」

「いつかルンダール領で劇団ができることを楽しみにしていますよ」


 ルンダール領の歌劇の専門学校を卒業した生徒たちが、いつかルンダール領で劇団を立ち上げる。その日も決して遠くはないと私は思っていた。その頃にはコンラードくんも歌劇の専門学校に入学できているだろうか。


「コンラード、エディト、探していたらこんなところにいたんですか?」

「父上、劇団の方がわたくしたちを褒めてくださったの!」

「わたし、とてもじょうずって!」

「うちの子たちがすみません。ありがとうございます」


 執務室で仕事をしていたビョルンさんがエディトちゃんとコンラードくんがいないことに気付いて探しに来てくれたのだ。エディトちゃんもコンラードくんも嬉しそうにビョルンさんに報告をする。


「見てもらえてよかったね。とても頑張って練習していたものね。でも、今はイデオンくんとオリヴェル様がお仕事のお時間だから、子ども部屋に戻ろうか」

「はい、戻ります」

「劇団員の方々にお礼を言ってね」

「ありがとうございました」

「ほめてくれてうれしかったです! もっともっとがんばります! ありがとうございました」


 叱るわけではなく観てもらえて褒められたことを認めて、ビョルンさんはエディトちゃんとコンラードくんを部屋から連れ出した。


「わたくし、歌劇部の劇で主役をやります。もしよろしければ観に来てください」

「発表会は長期公演が終わって夏休み明けにあります」


 部屋を出ていく前にファンヌとヨアキムくんも主張していく。


「これは観に来ないわけにはいかなくなりましたね」

「イデオン様も出られるのでしょう?」

「は、はい。私も主役です」


 演目を告げると劇団のひとたちはすぐにそれがどういう内容か見当がついたようだった。


「あれか」

「確かに兄妹そっくりで良いキャストですね」

「頑張ってください」


 応援されて私は嬉しくて舞い上がりそうだった。

 劇団のひとたちが帰ってからお兄ちゃんと執務室に戻りながら話をする。


「コンラードくんとエディトちゃん、物凄く練習してたから観てもらえてよかった。劇団のひとたちが良いひとで良かったね」

「特にコンラードはエディトがいないときも一人で練習して、誰も褒めてあげられなかったからね」


 歌劇部に入っているわけではないコンラードくんはお誕生日が来れば6歳だがまだ5歳で幼年学校にも通っていない。保育所では歌劇発表会をすることになっていたが、夏休みに入っているので練習はまだ始まっていないし、一人だけで立体映像を観て練習を続けていた。

 報われることなく、褒められることなく、ただ一人で黙々と踊って歌い続けて来たコンラードくんが、憧れの歌劇団のひとたちに見てもらいたいと思うのも仕方がないことだった。乱入したことに関して、ビョルンさんがコンラードくんを叱らなかったのも、コンラードくんがずっと孤独に練習していたのを知っていたからだろう。

 褒められて嬉しそうにしていたコンラードくんは子ども部屋を覗くと、ますます張り切ってエディトちゃんと歌って踊っていた。私とお兄ちゃんが視界に入ると、ウインクのつもりなのだろうが両目を閉じて手を振っているのが可愛い。

 執務室に戻るとビョルンさんが書類を整えてくれていた。

 今日までに決裁の必要な書類、近日決裁の必要な書類、しばらくは検討する書類。分類別、期限別に分けられているとお兄ちゃんも私も仕事がしやすい。

 最近はビョルンさんは聞かれたことだけに答えて、後はこういう細かなことをしてくれていた。決定を下すのは完全にお兄ちゃんの役目になっている。


「オリヴェル様、コンラードとエディトを劇団員さんの前で踊らせてくださってありがとうございました」

「いいえ、僕が止めるまでもなく踊り出してしまって。コンラードはずっと一人で練習していたんですよね。憧れの劇団員さんが来たら見て欲しいものだと思います」

「コンラードにとっても、エディトにとっても、大切な思い出になったでしょう」


 ルンダール家の補佐としては領地で公演をお願いした国立歌劇団が挨拶に来たのに私情を交えるようなことはよくないと分かっていたが、父親としてビョルンさんはエディトちゃんとコンラードくんが憧れの劇団員さんの前で歌と踊りを披露できたことを喜んでいる。私もエディトちゃんとコンラードくんが認められるのは嬉しいので、ビョルンさんと同じ気持ちだった。


「思い出じゃ済まないかもしれませんよ」

「どういうことですか?」

「コンラードくんには夢に続く道かもしれない」


 コンラードくんは将来歌劇団の劇団員になりたいと考えている。それを叶えるためにこれからも練習していくだろう。


「コンラードのために劇団を設立しないと」

「コンラードのためなんですか?」

「ルンダール領の歌劇をしたい役者のため、でもありますけど、僕にとってはコンラードは可愛い従弟だから」


 お兄ちゃんの私情交じりの言葉にビョルンさんは苦笑していたが、それでもどこか嬉しそうだった。

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