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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十二章 魔術学校で勉強します! (四年生編)
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15.歌劇がしたい五歳児

 魔術学校では部活動で練習をして、お屋敷に帰ってからは夕食後にお兄ちゃんと練習をする。充実した日々のまま夏休み前の試験も終わって、魔術学校は夏休み直前だった。

 幼年学校と保育所が終わるとルンダール領のお屋敷に来るエディトちゃんが、私に相談があると言って呼び出したのは夏休みに入る前だった。


「どうしたの、エディトちゃん?」

「こーちゃんが、保育所を抜け出して幼年学校にやってくるの!」


 そんな気がしていた。

 コンラードくんは絶対に保育所を抜け出しそうな気配がしていたのだ。


「ビョルンさんは?」

「連絡をしたらすぐに迎えに来てくれるけれど、迎えに来るまでこーちゃん、歌劇部の窓にへばり付いて、『わたしもやりたい』ってしくしく泣いてるの。可哀想で仲間に入れてあげたいけれど、父上は保育所から抜け出してきているからダメだって言うのよ」


 コンラードくんを可愛がっている姉のエディトちゃんにしてみれば、可愛い弟が歌劇部に入りたくて泣いているのを見過ごしてはおけない。父親のビョルンさんとしては保育所を抜け出したコンラードくんを幼年学校の歌劇部に参加させることはできない。親子の意見は対立していて、エディトちゃんは悩んでいるようだった。


「夏休みも歌劇部の練習はあるのかな?」

「毎日じゃないけどあるわ」

「その間は保育所はお休みだから特別にコンラードくんを仲間に入れてあげるというのはどう?」


 聞いてみればエディトちゃんは悲しく首を振る。


「こーちゃんがもっと歌劇にのめり込んで、幼年学校に行きたがるから、それはダメだって母上と父上が」


 夏休みが終わってからも仲間に入れてもらえると学習したコンラードくんが毎日保育所を脱走していたら、保育所の先生たちも大変だろう。

 いい案が浮かばないでいると、ヨアキムくんとファンヌがコンラードくんを連れて来た。


「コンラードくんに幼年学校に入学するまで、歌劇部は我慢しないとだめですよってお話してたんですが」

「わたしだけ、どうしてはいれないの?」

「コンラードくん、来年には入れるから」

「わたしもうたっておどりたい」


 うるうるとコンラードくんの緑色の瞳に涙が浮かんでくる。こんなに小さい子が自分の年齢が足りないがために歌劇ができずに苦しんでいる。放っておけない気分になった私はお兄ちゃんに相談しに行った。


「お兄ちゃん、コンラードくんを歌劇部に入れてあげられないかな?」

「歌劇部に入れるのは無理かもしれないけれど、保育所の発表会を歌劇発表会にしてもらうのはどうだろう」

「かげきはっぴょうかい?」


 涙目だったコンラードくんの目がきらりと輝く。

 保育所では秋に劇や歌を披露する発表会がある。ヨアキムくんやファンヌやエディトちゃんが練習していたので私もそれは知っていた。


「わたし、うたっておどれるの?」

「ビョルンさん、コンラードくんが脱走しなくなると思えば、保育所はやってくれるんじゃないですか?」

「私もコンラードが幼年学校の窓にへばり付いて洟を垂らして泣いているのが可哀そうでならなかったんですよ。交渉してみます」

「ちちうえ、ありがとう!」

「良かったわ、こーちゃん」


 保育所で歌劇発表会をするとなれば練習もするだろう。コンラードくんほど歌って踊れる子はいないだろうから、コンラードくんは主役級に活躍できるはずだ。その経験が今後のコンラードくんの人生にも役に立ってくるだろう。

 保育所と交渉してくれるというビョルンさんに一件落着してコンラードくんは納得したようだった。これで脱走がおさまれば良いのだが。


「さすがお兄ちゃん。お兄ちゃんに相談してよかったよ」


 夏休みに入っても歌劇部の練習は続いていた。

 基礎練習から演目が決まって本格的な配役をしての練習に切り替わる。

 男性主人公が私、女性主人公にファンヌが選ばれた。

 それもそのはず、演目が「入れ替わった兄妹」だったのだ。

 大人しくて体の弱い兄と、元気いっぱいの妹。大人しい兄の代わりに騎士として戦う妹は男だと思われていて、大人しい兄は妹のふりをしていた。

 あるとき妹は髪を解いて武装を解いているときに皇帝と出会ってしまう。妹に一目惚れをした皇帝は、妹を探し回り、辿り着いたのが妹のふりをしている兄だったというコメディ路線の歌劇だった。

 皇帝にバレないように妹と兄は上手く入れ替わって、ひ弱な兄が騎士になれるように、粗暴な妹が淑女になれるように、猛特訓して入れ替わりを遂げて、妹と皇帝は結ばれるという物語。

 出番が少ないが重要な皇帝役にはヨアキムくんが選ばれた。


「つまり、私がドレスを着るんですね?」

「わたくしが、騎士の甲冑を着るのね!」


 ちょっと倒錯的だが兄妹で恋人役をやらされないだけマシなのだろう。

 踊りはともかく歌はエリアス先生の指導を受けて来たので私が上手だったし、踊りはファンヌが素質があった。主役に選ばれるのは仕方がないのだが、ルンダール家の子どもばかり良い役を振り当てられたということで反発がなかったわけではない。


「シーラ先生とエリアス先生は権力に負けたんだ、歌劇部なんてやってられるか。行くぞ!」


 そのせいで辞めていく生徒もいたけれど、シーラ先生は後を追わなかった。年上の男子生徒に女子生徒が連れられて講堂から出て行った。


「イデオン様、ファンヌ様、ヨアキム様、三人は実力で役を勝ち取ったのです。恥じることは御座いません」

「三人の歌の才能は確かなものだし、ファンヌちゃんとヨアキムくんの踊りもとても上達しました」


 エリアス先生にも言われて、辞めていった二人の生徒以外は全員残って舞台に臨むことになった。

 台詞を覚えて、振り付けを覚えて、歌も歌わなければいけない。

 練習用に借りている講堂は冷たい風の吹く魔術がかけられていたが、それでも汗だくになってしまう。

 へろへろになってお屋敷に帰って来た私たちはシャワーを浴びると、目をぎらつかせていた。


「オリヴェル兄様、お腹が空きました」

「わたくし、倒れそうよ」

「お兄ちゃん、早めのおやつにしてもいい?」


 お腹を空かせているのは私たちだけではなかった。午前中いっぱい音楽室で立体映像を観て歌って踊っていたコンラードくんも、歌劇部の活動を終えてビョルンさんに連れてきてもらったエディトちゃんもお腹がぺこぺこだった。

 ケーキやお菓子程度では足りなかったので、おにぎりを握ってもらったり、サンドイッチを作ってもらったりしてしっかりとおやつを食べる。保育所で幼年学校の準備としてお昼寝がなくなったコンラードくんだが、動いているので眠くなるのかおやつを食べるとうとうとしはじめて、ビョルンさんがベッドに運んでいた。


「お昼ご飯を二回食べてるようなものだね。イデオンとファンヌとヨアキムくんは背が伸びたんじゃないかな?」

「私、背が伸びた?」

「わたくしも大きくなったかしら?」

「僕、ファンヌちゃんと同じくらいになりました」


 食事の量が増えて運動もしているせいか私たちは少し大きくなったとお兄ちゃんに言われた。自分では実感がないが、背が伸びたのは嬉しい。


「相変わらずイデオンは細いけど」

「ぴゃ!?」


 腰をきゅっとお兄ちゃんに持たれて私は妙な声を上げてしまう。お兄ちゃんは立派な大人の体型をしているのに、私は薄くて軽い。筋肉がついて来て引き締まったのでますます細身に見えるようになってしまった気がする。


「いいなぁ、お兄ちゃんは胸板も厚くて、腕も逞しくて」

「僕はもっと細身の方が良かったんだけど、父上に似たみたいだから仕方ないね」

「細身じゃなくて、今のお兄ちゃんがかっこいいよ!」


 力説するとお兄ちゃんが頬を染めて目を細める。

 周囲にいたファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとビョルンさんがそれとなく席を外すのに、私は耳まで熱くなった。みんながいる前でお兄ちゃんがかっこいいとか言ってしまった。

 本音なのだが、私が言うと「お兄ちゃんのことが大好き」というのが透けて見えるようで恥ずかしい。


「イデオン、音楽室に行こう」


 気まずい雰囲気を打ち消すようにお兄ちゃんが誘ってくれた。

 音楽室で二人きりでデュエットダンスの練習をする。ダンスの練習が終わると、楽譜を見ながら二人で歌った。

 お兄ちゃんのお誕生日で歌った異国の愛の歌。

 お兄ちゃんの楽譜にはお兄ちゃんの字で愛を告げる歌詞が訳されて書かれている。


 愛しいあなた。

 あなたの名前を呼ぶたびに、私の胸に花が咲く。

 満開になった花を束ねて花束にして、愛の言葉と共にあなたに贈りたい。

 私の愛しい大切なあなた。


 意味の分からない異国の言葉が訳されているのを見ると恥ずかしくなるけれど、お兄ちゃんと声を合わせて歌うのは幸せだった。

 目が合うとお兄ちゃんが笑う。私も微笑んで歌い続けた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] コンラードくんは絶対やらかすと思ってました。 やりたいこと・好きなことには貪欲なのはいいことです。(ちょっと目逸らし) オリヴェルが解決策を提示したので、もう脱走はしないでしょう、きっと。…
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