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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十二章 魔術学校で勉強します! (四年生編)
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14.二人きりのレッスン

 魔術学校で部活動の時間にルンダール家が歌劇部のスポンサーとなって、音楽堂でのリハーサル費用や歌劇部の援助をして、その代わりに当主であるお兄ちゃんが特別出演する話をエリアス先生にすると、真剣に聞いてくれた。


「ルンダール領は歌劇の専門学校も作りますし、音楽文化に力を入れていく形になるんですね」

「お兄ちゃんは魔術学校に練習には来られないんですけど、どうしましょう」


 私が相談するとエリアス先生はにっこりと笑って答えた。


「イデオンくんが二人分覚えて、教えるしかないですね」

「私がお兄ちゃんの分も!?」


 歌は音程がかなり違うし、踊りは得意な方ではなくて二人分も覚えられるか自信がない。しかし、私がやらなければお兄ちゃんは舞台に立てない。


「分かりました、やります!」

「特別レッスンを受けてもらわないといけませんね。ルンダール家がスポンサーになってくれるのなら、ダンスの講師も呼べそうですね」


 エリアス先生の専攻は神聖魔術と声楽で、踊りは入っていない。年もそこそこ高齢なので全員の振り付けを考えて指導するのは難しいだろう。

 王都の国立歌劇団の団長さんを通して、エリアス先生は踊りの講師の先生を招いた。


「シーラと申します。家名はありません。どうぞよろしくお願いいたします」


 年のころはカミラ先生くらいだろうか。凛とした佇まいの短髪の女性を紹介されて私たちは驚いていた。体にぴったりとしたパンツにシャツを着ているけれど、男性かと思うくらいすらりと背が高く、胸の膨らみもほとんど目立たない。


「歌劇団では男性役も女性役もやっていました。今は踊りの講師をやっています」


 王都の歌劇の専門学校の狭き門に平民ながら入学して、頑張って成績上位者として卒業して国立歌劇団に入団したというシーラ先生。国立歌劇団の役者としては一線を退いたけれど、今は歌劇の専門学校や個人的に踊りを教えていると聞いて、私たちは色めき立った。


「歌劇の専門学校と同じレッスンが受けられるんですか?」

「わたくし、歌劇団のように踊れるようになりますか?」


 ヨアキムくんとファンヌの問いかけにシーラ先生は片目を瞑って見せる。


「全て努力次第です。わたくしが成功できたのもコツコツと基礎練習から積み重ねてきたからです」

「基礎練習って、走ったりすることですか?」

「走って体力を付けるのもとても大事です」


 校庭を走るには暑くなってきていたしモチベーションの下がって来ていた生徒たちもそれで元気付けられた。走った後に柔軟体操をして、基礎のステップから始める。

 踊りの練習が中心となる日と、歌の練習が中心となる日が分けられた。


「イデオン様はルンダール家のご当主、オリヴェル様の分も覚えて帰らないといけませんね」

「は、はい。お手柔らかに」


 緊張している私にシーラ先生は基礎からじっくりと教えてくれた。王都のパーティーで踊ったふりをしたことはあるけれど、正しい踊りの足運びなど私は習ったことがない。


「シーラ先生、これって、私、女役じゃないですか?」

「オリヴェル様が男役を踊るのでしょう?」


 シーラ先生に導かれて踊っている間に気が付いたのだが、私とお兄ちゃんとどちらが男役をやるべきか考えたら、お兄ちゃんしかないような気がして、私は黙って従った。男役の方も教えてもらうのだが、女役で踊りながら教えた方が早いというのがシーラ先生の考えのようだった。

 部活動を終えてファンヌとヨアキムくんと帰って来ると、シャワーを浴びて私はお兄ちゃんの執務室に行く。ファンヌとヨアキムくんは宿題を終わらせたら子ども部屋でエディトちゃんとコンラードくんに教えながら踊っているようだった。


「お兄ちゃん、踊りの先生が来てくれたんだよ」

「僕も習いに行かないといけない?」

「ううん、一応、私が覚えて来た、はず、なんだけど」


 まだ練習が始まったばかりで自信はない。

 それでもお兄ちゃんに良いところは見せたかった。

 お兄ちゃんの執務が終わって、夕飯の後の時間に私とお兄ちゃんは音楽室に籠って特訓をした。

 お兄ちゃんの手を取って踊るのだけれど、私も足運びをはっきり覚えていないところがあって、お兄ちゃんの足を踏んでしまうし、二人で転びそうになってしまうし大変だったけれど、お兄ちゃんは少しも嫌そうな顔をしていなかった。

 それどころかお兄ちゃんはずっと笑っていた。


「楽しいね、イデオン」

「失敗ばかりでごめんね」

「ううん、イデオンと踊るのがこんなに楽しいなんて思わなかった」


 お兄ちゃんはセシーリア殿下と形だけでも踊っていたから少しは足運びが分かるようだった。


「お兄ちゃんは踊りをどこで覚えたの?」

「成人の儀式で王都に行く前に、叔母上に叩き込まれたよ」

「そうだったんだ!」


 私の知らない間に特訓があっていたらしい。カミラ先生をお相手にお兄ちゃんは私が寝てしまった深夜に何度も練習をしたという。


「セシーリア殿下に踊って欲しいと言われたら断るわけにはいかないからね」

「……お兄ちゃんがセシーリア殿下と踊ってたとき、私、嫌な気持ちだった。私って嫌な子だね」


 正直にあのときの気持ちを吐き出すとお兄ちゃんに抱き締められる。抱き上げられてくるりと一回転して下ろされて、お兄ちゃんは私を腕の中に留めたままでほろ苦く見下ろしていた。


「僕はセシーリア殿下がイデオンに口付けた日から、気が気じゃなかったよ。イデオンは可愛いから、偽りの婚約だとイデオンが言っても、セシーリア殿下がイデオンが良い男だって気付かないかハラハラしてた。僕の方が嫌な奴だよ」


 お兄ちゃんは私を良い男だと思ってくれていた。


「私は良い男なの?」

「僕にとっては、世界で一番良い男だよ」


 それなのに、とお兄ちゃんは続ける。


「セシーリア殿下はイデオンを膝に乗せて当て馬にするし、振られたように装うし、許せなかった!」

「お兄ちゃんって、嫉妬深い?」

「そうみたい。僕はイデオンのことになると子どもっぽくて嫉妬深くなっちゃうみたい。こんな僕は嫌?」


 優しくて穏やかなお兄ちゃんのことが好きだった。お兄ちゃんは優しくていつも私を賢く導いてくれた。そんなお兄ちゃんが私のためには子どもっぽく嫉妬深くなってしまう。


「私のためになんて、いけないんだろうけど、にやけちゃう」

「イデオン?」

「お兄ちゃんが私のためだけに子どもっぽく嫉妬深くなるなんて、嬉しくないわけないじゃない」


 私がセシーリア殿下の膝の上に乗せられて気絶してランナルくんに床に落とされて、頭を打ってしまったときも、お兄ちゃんは扉をもぎとるくらい怒ってくれた。

 穏やかなお兄ちゃんが感情豊かな面を見せるのは私だけ。

 それはものすごく特別なことなのではないだろうか。

 嬉しくて私はにやけを止められなかった。

 踊りだけでなくお兄ちゃんは歌も覚えなければいけない。

 毎晩お兄ちゃんと二人で音楽室に籠って練習ができるのは、お兄ちゃんを独り占めしているようで嬉しくもあった。


「ピアノで音を取るから、お兄ちゃん、歌ってみて」

「イデオンも一緒に歌ってくれる?」

「私は一オクターブ上で歌うね」


 二人で声を合わせて歌う。

 歌の練習と踊りの練習。どちらも続けているうちに、季節は夏へと移り変わっていた。部屋を冷やす涼しい風の吹く魔術を使わないと、音楽室は蒸し暑くてとても篭っていられない。部屋を冷やしていても踊ったり歌ったりしていると、どうしても汗が出てくる。


「イデオン、あの歌をまた歌ってくれない」


 休憩して汗を拭きながら冷たい花茶を飲んでいると、お兄ちゃんが私にリクエストした。


「あの歌?」

「異国の歌」


 お兄ちゃんの誕生日に歌ったあの異国の歌はあれから一度も歌っていない。


「お兄ちゃん、あの歌の歌詞を訳してたよね?」

「すごく心に響く歌だから気になって調べてみたら、恋の歌だった。イデオンが選んでくれたの?」


 お兄ちゃんが訳していると知ったときには、意味を知らなかったで通そうと思っていた歌詞も、今は何も隠すことはない。


「エリアス先生にお兄ちゃんのことが好きだけど、そうと分からずに伝える歌がないか聞いたら選んでくれたんだ」

「そのときにはもう僕のこと意識してくれてたんだ」

「私はお兄ちゃんがずっと好きだったよ」


 正直に言ってしまえば胸がすっとする。


「僕にもその歌を教えてよ。二人で歌えるようになろう」


 歌を歌うことも踊りを踊ることも躊躇っていたお兄ちゃんが、新しい歌を覚えようという気持ちになっている。そのことが嬉しくて私はいそいそと部屋に楽譜を取りに行った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] オリヴェルは前々当主夫婦のせいで、欲が持てなくて聞き分けのよい子にならざるをえなかった時期があったので、イデオンに関しては嫉妬深くて我がままというか譲らない部分があるのは良いことだとずっと…
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