12.変わっても変わらないもの
魔術学校の昼休みにお兄ちゃんとの思い出のベンチでファンヌとヨアキムくんとお弁当を食べていると、食べ終わったファンヌがお弁当箱を片付けながら口を開いた。
「わたくし、兄様とオリヴェル兄様が婚約して恋人同士になったら、家の中が全く変わってしまうのではないかと考えたことがあったの」
「僕もです。二人は恋人になったのだから、特別にしないといけないのかと思っていました」
ファンヌもヨアキムくんも二人なりに私とお兄ちゃんに気を遣ってくれていたようなのだ。
「でも、兄様もオリヴェル兄様も変わらずわたくしのことを可愛がってくれるし、二人の世界に入ってしまうかと思ったら、ご飯もおやつも一緒で、何も変わらなかったわ」
「イデオン兄様とオリヴェル兄様が恋人同士になったのは変わったのですが、僕たちと家族だということは全く変わらなくて、僕のことも可愛がってくれて、嬉しいです」
13歳と12歳なりに兄同士が恋人になったことに考えるところがあったのだろう。私にとってもお兄ちゃんにとっても、ファンヌもヨアキムくんも可愛い妹と弟のような存在で、家族には変わりなかった。
可愛さで学校内で噂になっているくらいだから心配はしても、自分たちがいちゃつくことにかまけて放置したりしない。
「そうだ! 二人とも、学校内で可愛いって噂になってるんだからね。気を付けてね」
「兄様、わたくしに何かできるひとがいると思って?」
「それはいないけど、包丁を使っちゃダメだよ」
そこで私はようやく気付いたのだ。ファンヌとヨアキムくんとお弁当を食べ終わったらエリアス先生に歌劇部の顧問になってくれるように頼みに行こうと計画していたのだが、この可愛い二人がいる歌劇部に下心付きで入って来る輩がいるんじゃないかと。
「私の可愛いファンヌとヨアキムくん目当てで入部しようとする輩は許さない」
「兄様、自分の顔を鏡で見たことがある?」
「イデオン兄様も可愛いですよ」
ファンヌとヨアキムくんに言われてしまった!?
ファンヌと似ているから多少可愛くても仕方がないとは思っているのだが、15歳になってまでこんなに可愛いと言われる顔立ちであることに私は不満を持っていた。
お兄ちゃんのように精悍で凛々しい顔立ちになりたいのだ。横顔が鋭角的で彫りの深いお兄ちゃんの顔立ちはとてもかっこいいと思う。それでいて威圧感がなく青い目が穏やかに微笑んでいるのなんて最高にかっこいいと思うのだ。
可愛いよりもかっこよくありたい。
それが私のずっと果たされていない夢だった。
ファンヌとヨアキムくんを連れてエリアス先生のところに行くと、エリアス先生はファンヌを見て目を丸くしていた。
「なんて可愛いお嬢さんでしょう。イデオンくんに似ているね。これは自慢の妹さんだね」
「一目で私の妹と分かるでしょう? このくるくるの髪の毛が天使みたいで小さな頃からこんな可愛い子はいないと思っていたんですよ」
「ファンヌ・ルンダールですわ。エリアス先生のことは兄から聞いています」
お辞儀をして挨拶をするファンヌの長く伸びた髪を花の飾りで高く括っているのが、ふわふわと揺れて私は自分の妹の可愛さに全く謙遜などせずに自慢をしてしまっていた。
だって、可愛いんだから仕方がない!
「歌劇部を作りたいんです。エリアス先生に顧問をお願いしたくて来ました」
ヨアキムくんが説明をすると、エリアス先生は目を細めて喜んでくれた。
「それはとてもいい提案だと思います。年に一度、練習の成果を音楽堂で発表してはどうでしょう?」
「音楽堂で!?」
「音楽堂も毎日公演があるわけではないから、収入が必要でしょう。魔術学校の生徒のために低価格で貸してもらえて、魔術学校の生徒は無料で見に行けるとなれば、音楽堂と歌劇の宣伝にもなります」
歌劇部を作ることだけしか考えていなかった私たちだが、エリアス先生はその先まで考えていてくれた。
歌劇部発足のための書類にはエリアス先生が記入して提出してくれるということで私たちはお礼を言って午後の授業に向かった。午後の授業が終わるとファンヌとヨアキムくんと合流して、ルンダール家のお屋敷に戻る。
ビョルンさんに連れられて幼年学校と保育所から帰って来たエディトちゃんとコンラードくんが子ども部屋に来ていたが、私たちが帰って来たのに気付いて玄関に走って来た。
「イデオンにいさま、ヨアキムにいさま、ファンヌねえさま、かげきぶをつくるのでしょう?」
「わたくしも、幼年学校に歌劇部を作るのよ!」
「エディトちゃんも?」
「わたしもはいりたい!」
「こーちゃんは、わたくしが入学までに準備しておくから、幼年学校に入ったらすぐに歌劇部に入ればいいわ」
「エディトねえさま、わたしのためにじゅんびしてくれる」
エディトちゃんのオースルンド領の幼年学校でも歌劇部が作られることになりそうだった。話はそれだけでは済まなかった。
「アイノちゃんも歌劇部を作るって言っているのよ」
「あーちゃんも!」
ルンダール領のアイノちゃんが通う幼年学校でも歌劇部が出来そうな気配である。去年までは歌劇のことなど知りもしなかったが、チケットをもらって、実際に観てみるとあんなに素晴らしいものはないというくらい引き込まれた。
コンラードくんが歌劇団の役者になりたいと思うのも無理はない。それほど舞台の上の役者さんは輝いていた。
着替えて宿題を持って私はお兄ちゃんの執務室の椅子に座る。宿題をしていると、ファンヌとヨアキムくんが執務室に飛び込んで来た。
「ミカルくんも一緒に宿題をしたいんですって!」
「アイノちゃんを連れて来て良いか聞かれたんですが、良いですか?」
ルンダール家の保護者はお兄ちゃんだから貴族であるベルマン家のミカルくんとアイノちゃんの訪問についてはお兄ちゃんが判断を下さなければいけない。
「良いよって伝えて。ファンヌ、ヨアキムくん、厨房におやつの数を増やすように言っておいて」
「はい、分かりました!」
「ありがとう、オリヴェル兄様」
ミカルくんとアイノちゃんが来たらエディトちゃんとコンラードくんも喜ぶだろう。みんなで歌劇部の話をするのだろうか。
「イデオンも行ってきていいんだよ?」
「ううん、私はお兄ちゃんの補佐だもの」
「イデオンはまだ15歳だから、無理をしなくていいんだよ」
「お兄ちゃんと一緒にいたいの!」
大きな声を出してしまうとお兄ちゃんの顔がちょっと赤くなった。同じ執務室で仕事をしていたビョルンさんが「こほん」と咳ばらいをする。
年下の妹弟たちと遊ぶよりも私はお兄ちゃんの傍にいたい。お兄ちゃんの隣りの席に座れているだけで幸せな気分になるのだとお兄ちゃんには伝わらないのだろうか。
宿題を終えるとお兄ちゃんの椅子に椅子を寄せて身体をくっ付けるようにして書類を見る。
「オリヴェル様、そろそろ、私は必要なときだけ呼んで、それ以外はいない方が良くなりましたか?」
こほんと咳をしてビョルンさんが言いにくそうに告げた。
「そんなことはないです! ビョルンさんにはすごく助けてもらっています」
「ルンダール領も落ち着いて来ました。来年度からは私はオースルンド領に原則いて、助けが必要なときにだけ呼んでもらうようにしましょうか」
カミラ先生が来なくなって、ビョルンさんも今年度まででルンダール領を去る。それはお兄ちゃんの自立を示していた。
「私はルンダール領で生まれて育ちました。この土地が大好きです。娘や息子たちも望む限りここに連れてきてやりたいと思っています」
「ビョルンさん、ありがとうございました」
「お礼を言うのはまだ早いですよ。今年度中はいますからね」
感慨深く口を開いたお兄ちゃんにビョルンさんが明るく笑う。
街医者だったビョルンさんと出会ってもう十年。その間にたくさんのことがあった。ヨアキムくんの呪いを抜くためにビョルンさんは呪いを恐れずに処置してくれた。攫われた私が殺されかけたときに助けてくれた。鱗草や青花の効能を教えてくれて、それ以外でもたくさんの薬草のことを教えてくれた。
何よりもビョルンさんは私たちの家族だった。
場所が変わってしまうだけで、エディトちゃんやコンラードくんを連れて来るのだろうから来年度もビョルンさんの姿を見ることは多々あるだろうが、補佐をやめて助けが必要なときにだけ来るようにするというのは、ルンダール領とビョルンさんの関わりに置いて一区切りつけるということだった。
「それまでにイデオンくんにしっかりと仕込んでおかないといけませんね」
「は、はい! 頑張ります!」
悪戯っぽく笑ったビョルンさんに私は元気に返事をする。
ルンダール領の補佐として私は来年度から一人でお兄ちゃんを支えて行かなければいけなくなる。それでも、補佐の仕事ができることを私は誇りに思っていた。
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