10.移動遊園地でデート
私は小さな頃からお兄ちゃんとファンヌと一緒に行動していた。それにカミラ先生が加わり、ヨアキムくんが加わり、ビョルンさんが加わって、エディトちゃんが生まれ、コンラードくんが生まれ、家族で出かけるのも人数が多くなった。
「イデオン、移動遊園地が来てるみたいなんだよ、行ってみない?」
だから、お兄ちゃんに誘われたときも私は当然こう答えていた。
「ファンヌとヨアキムくんも喜びそうだよね。エディトちゃんとコンラードくんも誘わなきゃ」
「イデオン、二人きりで行きたいんだけど」
魔術学校から帰って来た私が着替え終わるまで部屋で待っていてくれたお兄ちゃんは、子ども部屋のエディトちゃんとコンラードくん、自分たちの部屋で着替えているファンヌとヨアキムくんのところに行こうとする私をそっと止めた。
二人きりでお出かけ。
したことがないわけではない。
幼年学校の帰りに寄り道をしたり、買い食いをしたりしたことがある。でも楽しい場所に行くときにはファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんも一緒だというのがこれまでの私たちだった。
「で、デート!?」
「そのつもりだよ」
「私たちだけで?」
「いけない?」
お兄ちゃんは24歳で私は15歳。二人きりで出かけても悪い年齢ではなかった。ルンダール領の当主であるお兄ちゃんと補佐である私は命を狙われることがあるので、できる限り護衛となる人物と一緒に出掛けることが好ましいとされているが、私にはまな板があった。
「い、良いと思う。ファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんになんて説明する?」
「絶対に行きたがるよね。ちょっと考えていることがあるんだ」
執務室に戻ったお兄ちゃんはビョルンさんに相談をした。
「今度、僕とイデオンで移動遊園地に行くつもりなんですが、多分、エディトとコンラードも行きたがりますよね」
「行きたがるでしょうね」
「二人きりでできれば行動したいんですが」
率直にデートだとビョルンさんに告げると、ビョルンさんもちゃんと考えてくれた。
「ベルマン家のミカルくんとアイノちゃんを誘って、私たちは別に行くことにしましょう。ファンヌちゃんとヨアキムくんも」
ミカルくんのことをエディトちゃんは大好きだし、コンラードくんはアイノちゃんに懐いている。二人が行くというのならばそちらと行動を共にするだろう。休みの日が同じだし、無理にずらしてしまうとエディトちゃんもコンラードくんも嫌がるかもしれないので、行く日は同じにして別行動をするということで移動遊園地に行く日程が決まった。
その日に向けて私はデシレア叔母上に着る服を相談しに行った。
「お兄ちゃんとで、でででで、デート、するんです。何を着て行ったらいいでしょう?」
「一昨年仕立て直したスーツはもう着られないでしょうし、若い二人のデートならもっとラフな格好がいいかもしれませんね」
「ラフな格好?」
あまりピンとこない私をデシレア叔母上はエメリちゃんを乳母に預けて、馬車に乗ってお店まで買いについて来てくれた。
ざっくりと編んだサマーセーターの下にタンクトップ、細身のパンツにストールという組み合わせは私に似合っているのかどうかは分からない。
「とても可愛いですわ」
「可愛い……」
できれば「かっこいい」を目指したいのだがお兄ちゃんは私のことを可愛いと思ってくれているし可愛いでも仕方がないのかもしれない。キャスケット帽を被って私はデシレア叔母上のコーディネートにお礼を言ってお屋敷に戻った。
移動遊園地に行く当日はよく晴れていて私とお兄ちゃんは二人きりで馬車で、ヨアキムくんとファンヌとエディトちゃんとコンラードくんとビョルンさんは同じ馬車で、アイノちゃんとミカルくんは馬車で移動遊園地の前で待ち合わせだった。
エディトちゃんとコンラードくんがミカルくんとアイノちゃんと話している間に私とお兄ちゃんは先にチケットを買って移動遊園地の中に入った。
操り人形でお芝居をしている小屋、射的の小屋、ドーナッツの売店、チュロスの売店、アイスクリームやポップコーンの売店、見世物小屋のピエロ、回転木馬に魔力で動かす小さな観覧車と、敷地内に所狭しと並んでいる。
「射的だって。やってみる?」
商品の棚から少し離れた場所に置かれているのは木の棒で、それを振れば魔術の網が出て、商品を取れる仕組みのようだ。
お兄ちゃんが挑戦してみたが、網が放たれると意志を持ったかのように商品が動いて逃げるので捕まえられない。商品の方にも魔術がかけられているようだ。
「私がとってあげる。どれがいい?」
「あのウサギの大きなぬいぐるみ!」
お兄ちゃんの期待に応えるために私も挑戦してみたが、結局取れずに、残念賞でキャンディをもらって終わった。
コミカルな動きで靴についたテープをもう片方の足で剥がそうとするピエロの出し物も見る。反対側の足にくっ付いたテープを逆の足で取ろうとするとまたそっちにくっ付いて、最終的にはテープを剥がすためにタップダンスを始める。
タップダンスが終わっても残っていたテープを「やれやれ」と言った様子で手で剥がして出し物は終わった。拍手をしているとコンラードくんとアイノちゃんも見ているのがちらりと見えた。
場所を変えて回転木馬に乗る。
「僕が乗っても壊れないかな?」
「魔術で補強しているので大丈夫ですよ。怖かったら馬車に乗ってください」
係員さんに言われて私とお兄ちゃんは可愛く彩色された馬車の部分に乗った。木馬のように上下しないが、くるくると回って景色が流れていくのが楽しい。
「列車みたい」
「列車よりずっと狭いけど」
何もかもが初めての体験だった。
私とお兄ちゃんはほぼ一緒にいるので、私がしたことがないことはお兄ちゃんもしたことがない。お兄ちゃんも初めての体験に驚いたり、楽しんだりしていた。
お昼はチュロスと紅茶を頼んでベンチで座って食べる。
お菓子がお昼ご飯なんていけないことをしている気分だったけれど、今日は休日で移動遊園地に遊びに来ているのだからこれくらいは良いだろう。
「魔術学校のベンチでイデオンと二人で座ってお弁当を食べたね」
「あのときみたい」
「イデオンに良い知らせがあるんだ」
食べ終わって紙コップとチュロスを包んでいた紙を片付けるとお兄ちゃんは私と手を繋いで歩き始めた。人形劇の小屋の前に来ると、一番後ろの席に腰かける。
舞台の上ではジャガイモ、人参、ダイコンの人形たちが鎧を着て、剣を持って、魔物と戦っている。
「会場の皆さん、もっとジャガイモ戦士と、人参魔術師と、ダイコン勇者を応援してー!」
舞台の上からは応援を求める声が聞こえていた。
それを聞きながらお兄ちゃんが抑えた声で私に告げる。
「今年の夏に歌劇団の長期公演を招けそうなんだ」
「本当に?」
「コンラードも喜んでいたし、前回はチケットのほとんどが貴族だけにしか回らなかったから、今度はルンダール領の領民に一人でも多く見て欲しいと思ってね」
ルンダール領の当主としてお兄ちゃんは地道に交渉を続けてくれていたようなのだ。夏に歌劇団の公演があるとなると、夏休みで私たち全員でまた行けるだろう。
「歌劇の専門学校を作ることになったし、歌劇というものをもっと身近に感じて欲しくて」
「すごく良いと思う。お兄ちゃん、最高だよ」
腕にしがみ付いてくっ付くとお兄ちゃんが私を抱き寄せてくれる。体がくっ付いてお互いの体温を感じているだけで物凄く幸せだった。
「長期公演だから、エディトやコンラードやファンヌやヨアキムくんと行く日を分けてもいいんじゃないかと思うんだけどな」
お兄ちゃんの申し出に私はお兄ちゃんの顔を見上げてしまう。
それは歌劇団の公演でデートをしようという申し出ではないだろうか。
「良いと思う」
家族と一緒に行く日も大事にしたいけれど、二人きりで出かける日も持てるようにしたい。
私は我が儘で贅沢になっている自分に気付いていた。
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