8.ファンヌとヨアキムくんの魔術学校入学式
「ファンヌ、お誕生日になにも用意してなかったけど、なにか欲しいものはある?」
「わたくし、お誕生日に歌劇団の公演があって、みんなでそれを見て、お屋敷に帰ってその話をして、物凄く素敵な誕生日プレゼントをもらった気持ちなのよ」
歌劇団の公演自体がプレゼントになっているというファンヌはヨアキムくんの手を取って歌いだした。
「わたくしたち、例え離れ離れになっても、心は常に共にあります」
「この場は別れるとしても、二つの国はいつかひとつに」
手を取ってくるくると回りながら二人が歌っているのが可愛い。
当然のことながら、歌劇団ごっこはコンラードくんとエディトちゃんの間でも流行った。
「きみのてをはなさなければいけない、このこころ、はりさけそうでも」
「いつかは二人、手を取り合える」
「そんなみらいをゆめみて」
コンラードくんもエディトちゃんも歌詞をよく覚えて歌っている。
それでも一度しか見ていないので歌詞が分からなくなったり、音程が分からなくなったりするところはたくさんあった。
私はお兄ちゃんに相談しに行った。
「あの劇、みんながすごく気に入ってるみたいだから、立体映像と楽譜が手に入らないかな?」
「歌劇団に問い合わせてみよう」
結果として国立歌劇団が売っている立体映像の歌が何曲か入った魔術具と楽譜を手に入れて、私たちはファンヌを中心にヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんみんなで見られるようにプレゼントすることにした。
遅れた誕生日プレゼントを受け取ってファンヌだけでなく、ヨアキムくんもエディトちゃんもコンラードくんも喜んでいた。特に喜んだのはコンラードくんで、立体映像で何度も見て踊りまで完璧に振り付けを覚えてしまっていた。
春休みが終わって魔術学校と幼年学校と保育所が始まると、エディトちゃんとコンラードくんは幼年学校と保育所が終わらなければルンダール領に来られなかったけれど、歌劇団の立体映像を見て、ファンヌとヨアキムくんと歌劇団ごっこをするために毎日やってきていた。週末にはダンくんとミカルくんとアイノちゃんも来てアイノちゃんはいそいそとそれに加わっていた。
「イデオンがオリヴェル様と婚約だもんなぁ。なんだかしみじみするよ」
「ダンくんこそ、フレヤちゃんとはどうなってるの?」
「詳しく言うとフレヤちゃんに怒られちゃうからな」
教えてくれないがフレヤちゃんとダンくんも上手くいっているようである。それはダンくんのにやけた顔から分かった。
ファンヌとヨアキムくんはすっかり歌劇団ごっこにはまっているが、ミカルくんはそんなことはないようだ。
「歌劇団はすごかったけど、自分で歌って踊ろうとは思わないな」
「楽しいわよ、ミカルくん」
「一緒にしませんか?」
「いいや、俺は見とくよ」
歌劇団の公演に行ったのは同じだがミカルくんとファンヌとヨアキムくんでは全く反応が違った。ヨアキムくんは魔術学校で音楽を専攻すると言っていたし、神聖魔術も専攻するかもしれないから、歌に元々興味があったのだろう。
ミカルくんとファンヌとヨアキムくんの入学式も迫っていた。幼年学校は卒業生自体が地域の子どもたちだけで少なかったので保護者が大量に見に行けたが、魔術学校の入学式は人数制限がかかると聞いた。
私たちのように大勢で行く家庭が増えているようなのだ。
「子どもが少なくなってきたから、祖父母に叔父叔母に遠縁の親戚までやってくるような家庭が増えてるんだって」
「ルンダール領の出生率は下がっているの?」
「どうなんだろう」
ダンくんの話を聞いてお兄ちゃんの元に駆け込むと、お兄ちゃんはそのことをはっきりと否定した。
「ルンダール領の出生率は一時期下がってた。いつ頃か分かるよね」
「あ、私の両親の統治の頃?」
「そう。その頃の子どもたちが、今ちょうど魔術学校に入学する時期なんだ」
ルンダール領が立て直るにつれて出生率も元に戻っては来ていたのだが、減ってしまった世代は変えることができない。それがファンヌやヨアキムくんやそれより二、三歳年下の子どもたちということだった。
政治の悪化は子どもの出生率にまで関わってくる。ルンダール領を富ませるのはひとだとカミラ先生は言っていた。ひとを育てることこそが領地を豊かにするのだと。
肝心のそのひとがいなければどうにもならない。
「私たちはルンダール領を守って行かなきゃいけないんだね」
「守っているどころか、以前より豊かになってるんだよ。イデオンの向日葵駝鳥の石鹸とシャンプーの事業、感知試験紙、ルンダール領の花茶とカレー煎餅の売り上げ、生花の人気……それに、国王陛下の結婚の式典でマンドラゴラが踊ったのを見てマンドラゴラの値段も跳ね上がってる。全部イデオンが関わって来たものだよ」
全部私が関わって来たもの。
そう言われても私はお兄ちゃんやカミラ先生がいなければなにもできなかったわけで、結局お兄ちゃんやカミラ先生の手柄だと思うのだが、お兄ちゃんはそれを私がしたと認めてくれていた。
気恥ずかしいけれど、お兄ちゃんに認められるのは嬉しい。
「お兄ちゃん、ファンヌとヨアキムくんの入学式はどうしよう?」
「出席者が限られてるって話だよね。僕とイデオンでファンヌの方は行って、叔母上とビョルンさんとエディトとコンラードにヨアキムくんの方は来てもらって、来られなかったひとたちは、お屋敷で軽くお茶会をして二人の可愛い制服姿を見てもらおうか」
「それはいいね! ファンヌもヨアキムくんも可愛いだろうなぁ」
名案に飛び付く私にお兄ちゃんが私を抱き締めて捕まえてしまって、額にキスを落とした。
「イデオンも可愛いよ」
「お、お兄ちゃん、わざわざ言わなくても、嫉妬してないからね」
「イデオンが一番可愛い」
「本当は男らしくなりたいのに」
不満を零しはするけれど、本当のところお兄ちゃんに可愛いと言われるのは特別愛情が籠っているようで嫌ではなかった。お兄ちゃんは私を二人きりの執務室で抱き締めたいほど大好きなのだ。
愛されている幸せに足元がふわふわする。
浮かれ気分のまま私はファンヌとヨアキムくんの入学式に望んだ。
「新入生の生徒さんはこちらですよ」
「私はもう四年生です」
「失礼しました」
背は少しは伸びたのだがまだひょろひょろの華奢な体型なので新入生に間違われてしまって不服な私をお兄ちゃんが手を繋いで引っ張って保護者席に連れて行ってくれた。
「可愛い妹と弟の入学式を大好きなイデオンと見られるなんて僕は幸せだな」
「お兄ちゃんったら」
新入生に間違われたのも吹っ飛ぶくらいの嬉しい言葉についにやけてしまう。私とお兄ちゃんが手を繋いでいてもカミラ先生もビョルンさんもエディトちゃんもコンラードくんも特に気にしていないようだった。
新入生が入ってきて先頭に可愛いプリーツスカートのファンヌが立っている。誕生日順なのでヨアキムくんは後ろの方だが、ジャケットにスラックスがよく似合っている。ミカルくんは二人の真ん中くらいだった。
在校生からの歓迎の挨拶はフレヤちゃんが読み上げた。ファンヌもヨアキムくんも真剣にフレヤちゃんを見つめていた。
入学式が終わると選択科目の申込用紙をもらってからファンヌとヨアキムくんは私たちの元に戻って来た。私と同じ制服を着ているのが感慨深い。
「ファンヌ、ヨアキムくん、すごくかっこよかったよ」
「デシレア叔母上にも制服を見ていただかないと」
「お屋敷で待っていてくれるよ」
「早くお屋敷に帰りたいです」
移転の魔術を使えるようになっている私はヨアキムくんとファンヌと手を繋いでお屋敷まで飛ぶ。これから残りの三年間はファンヌとヨアキムくんを連れて私は通学することになる。
お屋敷ではデシレア叔母上とクラース叔父上とエメリちゃんと、リーサさんとカスパルさんとディックくんと弟のコニーくんと、ビルギットさんの両親のヨアキムくんのお祖父様とお祖母様と、オースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様と、ブレンダさんとイーリスさんまで来ていた。
「ファンヌちゃん、ヨアキム様、立体映像を撮りましょう」
「せっかくですから、みんなで撮りませんか?」
デシレア叔母上が言うとオースルンド領のお兄ちゃんのお祖母様が提案した。使用人さんに魔術具を持ってもらって全員で並ぶ。
何枚も撮った立体映像は、私たちの宝物となった。
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