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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十二章 魔術学校で勉強します! (四年生編)
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6.ヨアキムくんの過去に「さようなら」

 歌劇団の公演のときにアシェル家の夫婦が暗殺者を仕込んでくるかもしれない。その情報を聞いてから春休みの終わりの歌劇団の公演まで私は警戒して過ごしていた。

 唐突に気付いたのは歌劇団の公演の前日だった。

 朝起きて薬草畑の世話をしているときに思い至った事実に私は立ち尽くした。


「お兄ちゃん……」

「どうしたの、イデオン?」

「歌劇団の公演、もしかして、私たちの初デートじゃない?」


 色んな場所に一緒に行ったことはあったけれどそれは兄弟としてのことだった。付き合い始めてから一緒に出掛けるのは初めてのことになる。

 ちょうどファンヌの誕生日もあったので、歌劇団の公演の後は家で楽しくパーティーをする予定だったのに、暗殺者が来て対応に追われればそれもできないかもしれない。

 初めてのデートと可愛い妹の誕生日。

 どちらもぶち壊されるなんて冗談じゃない。


「みんなもいるから、デートっていうようなものじゃないかもしれないけど」

「国立歌劇団だよ? その公演に一緒に行くんだよ?」

「確かに、デートかもしれない」

「そのデートを、私はぶち壊しにされるの?」


 愕然と立ち尽くす私にお兄ちゃんも困った表情になっている。

 事件が起きてからしか犯人は捕まえられないし、警備兵も動いてくれない。事件が起きるのを待っていたら、私たちのデートもファンヌのお誕生日も台無しになってしまうかもしれない現実が目の前にあった。

 戦わなければいけない。

 まな板で戦うことは不本意だけれど、私は一応まな板という伝説の武器を持っている。


「イデオン兄様の初めてのデートを台無しにして、ファンヌちゃんのお誕生日もぶち壊しにするなんて、絶対許せません!」

「ヨアキムくん、わたくしも戦うわ!」

「こちらから打って出ましょう!」


 大人しいように見えるけれどヨアキムくんは自分や家族に害をなすものには呪いを容赦なくかけて行くタイプの男の子である。可愛らしい外見に似合わず、その呪いもかなりえぐい内容だった。

 釈放された罪人には再犯の恐れがあるので位置が分かる魔術がかけられている。

 カミラ先生はオースルンド領の領主になって来ないし、ビョルンさんも今日はエディトちゃんとコンラードくんの来年度の服を誂えるために来られないと連絡が来ていた。

 動くならば今しかない。

 危ないと言われようとも、私たちはアシェル家の夫婦をどうにか封じ込めなければいけない。

 出かける準備をしているとフーゴさんとアーベルさんがお屋敷を訪ねて来た。


「そろそろ動くかしらと思って」

「結局は元凶を潰さないと何度も暗殺者を送り込まれるからな」


 この事態をフーゴさんもアーベルさんも予測していたようだった。位置を知らせる魔術を辿って行けば、王都の外れの宿に着いた。

 私、お兄ちゃん、ヨアキムくん、ファンヌ、フーゴさん、アーベルさんの一団は目立つので宿に入るとざわめきが起きる。


「移転の魔術で逃げるわよー?」

「逃がさないけどな」


 宿の一室から移転の魔術を編む気配がするのを、アーベルさんが宿全体を結界で覆って逃げられないようにする。そこそこ広い部屋には顔も覚えていない男女がいた。


「私たちは何もしていない」

「それなのに、なんで恐ろしい顔で迫って来るんだ?」


 確かにまだこの夫婦は何もしていなかった。

 何かしてから対処するのでは遅いのだ。

 私はボディバッグからまな板を取り出した。ファンヌがリュックサックから包丁を取り出すのはお兄ちゃんがそっと仕舞わせている。


「なにもしてないですって? あなたたちは僕のお母さんを死なせた! 呪いで死んだと言い逃れしたようですが、僕のお母さんが死ぬ原因になったのはあなたたちです!」

「呪い殺したのはお前だろう!」

「蓄積した呪いでお前が乳母を殺したのです」


 口を揃えて言う二人に、私はヨアキムくんが傷付かないか心配だった。泣いていないか顔を見れば眉を吊り上げて怒っている。


「何も分からない幼子に呪いを蓄積させたのは誰ですか? あなたがたが間接的に母を殺したのです!」

「裁判所ではそういう審判はでなかった」

「私たちが自由になるのは正当なことです」


 疑わしきは罰せずという言葉がある。どれだけ疑わしくても、証拠がない限りは裁判所は罪人を罰することができないのだ。呪いで死んだヨアキムくんのお母さんに対するアシェル家の両親の関与ははっきりしていない。呪い自体もほとんどがアルビノの呪術師のものだったのだから、自分たちがやっていないと言い張ってしまえば、アシェル家の夫婦は言い逃れができてしまった。

 これからヨアキムくんを使ってルンダール家の誰かを殺そうと計画していても、計画しただけでは犯罪に問えないのが現状だった。


「では、あなたたちが僕の呪いを受けるのも、仕方のないことですよね?」


 ヨアキムくんの周囲に禍々しい空気が集まってくる。

 呪い返しをしようとするアシェル家の夫婦にフーゴさんとアーベルさんが歩み寄った。


「伝説の武器に呪いにルンダール領の当主様まで揃って、アナタたち、勝ち目はないわよ? 誓って許しを請うしかないんじゃない?」

「な、なにを誓うと?」

「始祖のドラゴンに、『ルンダール領には二度と足を踏み入れず、他者に害を与えるようなことは二度としない』と誓うんだ」

「許さない!」

「ほら、アナタたちが作り出した呪いが怖くないの?」


 睨み付けるヨアキムくんと説得するフーゴさん。

 床の上にへばり付くようにして、アシェル家の二人は誓った。


「始祖のドラゴンに誓います、ルンダール領には二度と足を踏み入れず、他者に害を与えるようなことは二度としません」

「誓いは絶対に破りません。破るときはこの魂が消え失せるときです」


 命からがら許しを請うた夫婦にヨアキムくんはくるりと踵を返した。


「さようなら」


 もう二度と会うことはないだろうと私たちはアシェル家の夫婦をそのままに捨て置いてルンダール領に戻ったのだった。

 歌劇団の公演の日はヨアキムくんとファンヌとエディトちゃんとコンラードくんとカミラ先生とビョルンさんは別の馬車で行ってもらって、私はお兄ちゃんと二人で馬車に乗っていた。お洒落して着て来たシャツとジャケット、スラックスにループタイまで付けたのがちょっとくすぐったい。お兄ちゃんは執務のときのようにスーツを着ていた。

 カミラ先生にもエディトちゃんにもコンラードくんにも昨日のことは言っていないから、警備兵も大量に出されているし、カミラ先生も警戒していたし、エディトちゃんも小さな子ども用のフライパンをしっかりと持っていた。

 昨日のことは話さない方が良いような気がして私もお兄ちゃんもヨアキムくんもファンヌも口を閉じていた。

 音楽堂に行くと楽屋裏にお兄ちゃんが呼ばれる。

 劇団長さんがルンダール領の当主に挨拶をしてくれるようだった。補佐として私も行く。


「この度はルンダール領の音楽堂の再建、おめでとうございます。わたくしたちが公演をさせていただけるということでとても光栄に思っております」

「よくいらしてくださいました。私が当主のオリヴェル、こちらはルンダール領の補佐で弟のイデオンです」

「イデオン様……あのアントンと王都で歌っていた少年ですね。素晴らしい歌声でした」


 褒められて誇らしくもあるが、劇団長さんはアントン先生のことを知っているようだった。


「アントン先生をご存じですか?」

「何度も王都の歌劇の専門学校の講師になってくれるように頼んだのですが、ルンダール領で個人的に声楽を教えていきたいと断られておりまして」


 アントン先生は劇団長さんが王都の歌劇の専門学校の講師に望むほどの人材だった!?

 私も小さい頃から習っているのでそんなすごいひととは思っていなかった。確かにコンラードくんやエディトちゃんなど小さな子にも上手に教えていたし、ファンヌやヨアキムくんの歌声も伸ばしていた。


「アントンに会いたいのですがね……会場には来ているのでしょうか」

「来ていると思いますが……」

「アントン先生は、ルンダール領で歌劇の専門学校を作ると言ったら、講師になってくれるでしょうか?」


 私の問いかけにお兄ちゃんと劇団長さんの視線が集まる。


「アントンを校長にルンダール領に歌劇の専門学校を! そうでしたら、うちの歌劇団の引退者から協力を募りますよ」


 劇団長さんも私の考えに乗り気のようだった。

 エディトちゃんはルンダール領にコンラードくんのために歌劇の専門学校を作って欲しいと言っていた。ルンダール領に歌劇の専門学校ができれば、オースルンド領で学びたいと思っている生徒もやって来るのではないだろうか。

 全寮制の専門学校でも、王都よりもオースルンド領からはルンダール領の方が近いし、王都の歌劇の専門学校だけでは人数的に入学できないものもたくさんいるはずだ。

 新しい歌劇の専門学校をルンダール領にも作る。

 それが夢の話ではなくなっている気がした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ヨアキムくんがアシェル家の両親と完全に決別できて家族みんなが安心でしょう。 ファンヌが先に飛び出すので目立ちにくいですが、ヨアキムくんも小さい頃から「ふこうなれー」してましたからね! イデ…
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