4.釈放の知らせ
お兄ちゃんと私が婚約したことは瞬く間に国内全土に知れ渡って、様々な貴族からお祝いの品が届いた。それをリストに纏めて返礼品を送るためにデシレア叔母上がエメリちゃんを連れて駆け付けてくれた。春休み中だったのでクラース叔父上も駆け付けてくれている。
「イデオンくん、叔母としてお祝いをさせてください」
「返礼品のお手伝いをしてくださるだけでも、充分助かっています。エメリちゃんもいるのに」
「ここはヘルバリ家のお煎餅を売り込むチャンスですから!」
敷物の上でおもちゃを持ってお手手をじたばたさせているエメリちゃんは去年の夏からかなり大きくなった。くりくりのお目目が緑色でデシレア叔母上によく似ている。
リストの贈答品を値段順に並べ替えて、それに合ったお茶とお煎餅やおかきを返礼品に注文していくデシレア叔母上の手際は見事なものだった。おかげで執務もあるお兄ちゃんがやらなければいけないことが一つ減って、私とお兄ちゃんの過ごす時間も増えて、デシレア叔母上には心から感謝した。
「こういうことに疎くて……カミラ先生も今年度からは来ませんし、困っていました」
「いつでも頼ってください。これくらいのことはできます」
貴族の嗜みなのだろうがこういうことが私やお兄ちゃんには抜けている。それを確りと押さえてくれるデシレア叔母上は本当に頼りになった。
おやつの時間になると子ども部屋にデシレア叔母上とクラース叔父上とエメリちゃんが来れば、エディトちゃんとコンラードくんは大喜びで迎えていた。
「デシレアおばうえ、おしえてほしいことがあるの」
「なんですか、コンラード様」
「わたくし、こーちゃんとは弟だから結婚できないって言われたのよ」
「どうして、オリヴェルにいさまとイデオンにいさまはきょうだいなのにけっこんできるの?」
コンラードくんとエディトちゃんの興味はそのことにあるようだった。抱っこしているエメリちゃんを子どもの椅子に座らせてふわふわのお煎餅を持たせると、涎塗れの口で溶かして食べている。それを見守りながら、デシレア叔母上はコンラードくんとエディトちゃんに向き直った。
「イデオン様は養子なのです。養子はわかりますか?」
「ほかのおうちから、べつのおうちのおなまえになったこ?」
「ヨアキム兄様のことだわ!」
答える二人にデシレア叔母上が頷く。
「イデオンくんとファンヌちゃんは養子で、オリヴェル様と血の繋がりがないのです。イデオンくんとファンヌちゃんと血の繋がりがあるのは、叔母の私と従妹のエメリですね」
説明するデシレア叔母上にコンラードくんが雷に打たれたように立ち尽くした。ぎぎぎぎぎっと軋むようにぎこちなくエメリちゃんを見て、デシレア叔母上を見る。
「わたし、デシレアおばうえと、ちのつながりがない!?」
「ルンダール家のオリヴェル様とコンラード様は従兄弟同士ですから、その養子の弟と妹のイデオンくんとファンヌちゃんとも従兄弟のようなものですね。血の繋がりがなくても私のことを叔母上を呼んでくれてとても嬉しいのですよ」
「デシレアおばうえってよんでよかった」
前にも説明した気はするがルンダール家の系譜は非常にややこしい。コンラードくんが分からなくなっても仕方のないことだった。
「イデオンにいさまも、オリヴェルにいさまも、ファンヌねえさまも、ヨアキムにいさまも、みんな、わたしのかぞく」
「そうね。それでいいと思うわ!」
エディトちゃんは考えることを放棄したようで、コンラードくんの意見に賛同していた。
そもそも、私はお兄ちゃんの母君のアンネリ様が再婚した相手が、アンネリ様の死後に即再婚してできた子どもで、両親はルンダール領の領主の座欲しさにアンネリ様を毒殺している。この話を私はエディトちゃんにもコンラードくんにもしたことはなかった。
私の両親がお兄ちゃんの母君を殺して、ルンダール領を荒し、お兄ちゃんのことまで亡き者にしようとしたなんて、エディトちゃんとコンラードくんには知られたくない。いつかもう少し大きくなったときに話せたらいいとは思うが、今はそのときではない気がするのだ。
子ども部屋で寛いでいると、お兄ちゃんの執務室に呼ばれた。
私も当主の補佐なのでできる仕事は少ないけれど、お兄ちゃんが必要としているときにはいかなければいけない。
執務室に入るとお兄ちゃんとビョルンさんが難しい表情をしていた。
「アシェル家の夫婦が釈放されたと王都から知らせが入りました」
「居場所が分かるようにしているから、今のところは王都から出ていないようなんだけど、ルンダール領に紛れ込まないとも限らない」
ルンダール領ではアシェル家のヨアキムくんの両親に関しては、領地に立ち入りを禁止するように令を出している。それを破って入ってきた場合には相応の罰を受けてもらわなければいけない。
恩赦で釈放される可能性が高いことは分かっていたけれど、国王陛下もアシェル家の夫婦がやったことに関して配慮してぎりぎりまで釈放するかを検討していたのだろう。恩赦は殺人を犯して無期懲役か死刑の決まっている罪人以外には平等に振り分けられる。国王陛下でもそれを止めることはできなかった。
「ヨアキムくんに知らせた方がいいでしょうか?」
「私から話しましょう。ファンヌちゃんにも、エディトにもコンラードにも」
父親としてビョルンさんはヨアキムくんと向き合うつもりだった。
子ども部屋に行くとビョルンさんの表情に何かを感じ取ったヨアキムくんがエディトちゃんとコンラードくんとファンヌと遊んでいた手を止めて、入口の方に歩いてくる。ファンヌもエディトちゃんもコンラードくんもビョルンさんの周りに集まった。
「みんなにお話があります」
「父上、何も隠さずに教えてください」
「そのつもりです。アシェル家の夫婦が恩赦で釈放されたと知らせが入りました。王都からはまだ出ていないようですがルンダール領に来るかもしれません。ルンダール領の方では受け入れないように入れば罰則を課すと告げているのですが、これからどうなるかわかりません」
説明するビョルンさんにエディトちゃんとコンラードくんが両脇からぎゅっとヨアキムくんの袖を握った。ファンヌも表情を引き締めている。
「ヨアキムにいさまはわたしがまもります」
「フライ! パーーン! でやっつけます!」
「コンラード、エディト、オースルンドで保育所と幼年学校が始まるのを忘れないでね」
「わたくしがずっと傍にいるわ」
ファンヌの私と同じ薄茶色の目がきらりと光る。包丁を取り出しかねない雰囲気に私が警戒していると、ヨアキムくんも凛と顔を上げていた。
「二度と僕に近付きたくなくなるような、特大の不幸をお見舞いします」
ヨアキムくんもやる気だった。
こうなると近付いてくるアシェル家の夫婦の身の方が案じられる。呪いを使ってくるかもしれないのでフーゴさんとアーベルさんにはエレンさんの診療所にいてもらっているが、手助けされるまでもなくエディトちゃんのフライパンにファンヌの包丁、ヨアキムくんの呪いで撃退されそうな気がしてきた。
「呪いに関しては対策を練っているかもしれません」
「対策ですか?」
「呪いを返す方法があると聞いたことがあります」
ヨアキムくんの呪いは相手を不幸な目に遭わせるものだが、それが返ってきたらヨアキムくんの身が危ない。呪い返しの件に関しては、もっと詳しくフーゴさんとアーベルさんに聞いておいた方が良いかもしれない。
執務室に戻って私はお兄ちゃんを子ども部屋に連れて来た。
「フーゴさんとアーベルさんに呪いの話や、呪い返しの話をみんなで聞く時間があっても良いと思うんだけど」
「呪いを返されるのは大変だよね。ヨアキムくん、話を聞いてみる?」
「はい、僕、お話してみます」
呪いを学ぶことはヨアキムくんにとっては自分の使う呪いの魔術を制御することにも繋がる。今までは心のままに使っていたけれど、魔術学校に入る年になるのだ、そろそろ制御の仕方を覚えても良い頃だった。
魔術学校では呪いの魔術の恐ろしさや歴史を教えても、実際に使うことは教えない。ヨアキムくんは小さい頃に蓄積された呪いのせいで自然と使えてしまえるのだから、その制御を覚えることもまた成長の一つとして大切だった。
「ファンヌちゃん、ついていてくれる?」
「いつも一緒よ」
「わたくしもいます」
「わたしも!」
フーゴさんとアーベルさんを呼んで授業をしてもらうのはファンヌもエディトちゃんもコンラードくんも一緒で大所帯になってしまうのはルンダール家だから仕方のないことだった。
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