3.お兄ちゃんと私のお付き合い宣言
子ども部屋でエディトちゃんとコンラードくんがファンヌとヨアキムくんと遊んでいる。お誕生日のエディトちゃんは可愛いドレスを着せられていて、コンラードくんもシャツにベストにハーフパンツという可愛い格好だった。
デシレア叔母上に貰ったドレスとスーツはもう着られなくなる。名残を惜しむようにファンヌとヨアキムくんはまだ着替えていなかった。二人ともよく似合っていて可愛いのだが、サイズ的にはもうギリギリといったところだった。
お兄ちゃんの手を引いて駆け込んできた私に、部屋の端のテーブルで寛いでいたカミラ先生とビョルンさんの目もこちらに向く。期待に目を輝かせてお兄ちゃんを見ると、恥ずかしいのかあまり気乗りしていない様子だった。それでも私は家族同然のカミラ先生にもビョルンさんにもエディトちゃんにもコンラードくんにも、妹と弟のファンヌとヨアキムくんにも、このことを知っておいてほしかった。
「私、お兄ちゃんと婚約しました。魔術学校を卒業したら、お兄ちゃんと結婚します! ね、お兄ちゃん」
「う、うん。そういうことですので、叔母上、ビョルンさんこれからもよろしくお願いします」
私の報告に一番喜んでくれたのはヨアキムくんだった。
「イデオン兄様、ずっと悩んでいたみたいでしたから、元気になって良かったです。大好きなイデオン兄様とオリヴェル兄様が結婚なんて素晴らしいです」
「兄様とオリヴェル兄様は結婚したいって意味で好きだったの!?」
「ずっと二人が気にし合っているのを、僕は気付いていたよ」
驚いた声を上げるファンヌだが、すぐに祝福ムードに変わる。
「わたくしの大事な兄様たちが幸せならそれでいいわ。わたくしたち兄弟はみんなずっと一緒ね」
「イデオンにぃに……じゃない、にいさまと、オリヴェルにいさまはけっこんするの?」
「好きなひとと好きなひとがけっこんしていいってほうりつができたのよ、こーちゃん。お祝いしなきゃ!」
「おめでとうございます!」
ファンヌもエディトちゃんもコンラードくんも私たちを祝ってくれたのだが、顔色が変わっていたのはカミラ先生だった。じりじりと妙な迫力を纏ってお兄ちゃんに近寄って行く。近寄られてお兄ちゃんもじりじりと下がる。
壁まで追い詰められて、お兄ちゃんはカミラ先生に壁にドンッと手を突かれた。
「オリヴェル、イデオンくんは15歳なのですよ?」
「叔母上、分かっております。結婚するのは魔術学校を卒業してからですし、それまでは節度あるお付き合いをしようと思っています」
「あんな華奢な子がオリヴェルと……」
ふらりと眩暈を起こして倒れかけるカミラ先生を肉体強化の魔術を使ったエディトちゃんが抱き留める。コンラードくんが不思議そうにカミラ先生の顔を覗き込んでいた。
「ははうえー?」
「生きてる?」
「母は生きています! いつからなのですか! イデオンくんはちゃんと意味が分かって結婚すると言っているのですか?」
「エディトが生まれる前の年くらいから、イデオンのことは特別に思い始めました。僕は大人です。イデオンが大人になるまでちゃんと待てます」
何の話をしているのか分からないけれど、カミラ先生はお兄ちゃんを責めているようだ。勢いでキスをしてしまったのは早すぎたかもしれないけれど、お兄ちゃんはそれ以上のことをしてこなかったし、私はそれ以上のことが何なのかよく分かっていない。
「カミラ先生、私がお兄ちゃんのことを好きになったんです。お兄ちゃんを責めないでください」
「イデオンくん……二人が幸せなら……それなら、私もいいのですが……」
「カミラ様、しかるべきときには、私がイデオンくんに教えましょう」
「そうですね。ビョルンさんに任せるのが一番でしょう」
結婚には何か重大な問題があるようなのだが、それもしかるべきときになればビョルンさんが教えてくれる。ビョルンさんには何度も相談しているし、医者としても信頼しているので私はそれで全て問題はないと理解した。
「そうなれば、ルンダール領の当主の婚約が決まったと知らせを出さないといけませんね」
「イデオンくんもオリヴェル様も煩わしい婚約騒動に巻き込まれたくはないでしょう?」
煩わしい婚約騒動。
ビョルンさんの言葉に一番に浮かんだのはセシーリア殿下のことだった。セシーリア殿下との婚約のおかげで私は求婚者から身を守れたし、セシーリア殿下も王都を離れずに済んだのでお互い利用はしていた。法案が改正されてから必要がなくなったのに婚約を引き延ばされたり、国王陛下の結婚の式典でランナルくんがセシーリア殿下に告白をして大騒ぎになって、私が婚約破棄をされた捨てられ男みたいな扱いになっていたのは納得がいかない。
それもお兄ちゃんと婚約するために必要だったのならばもう良いことにする。
ルンダール領の当主の後見人である叔母のカミラ先生からルンダール領中どころか国中に知らせが出る。それはお兄ちゃんと私の関係を公にするものだった。
「法案が変わっても頭の固い貴族は男同士で後継者ができないだろうなどと心無いことを言ってくるかもしれません。本当に二人が思い合っているのならば、何も気にすることなく堂々としていていいのですからね」
お兄ちゃんに対して怖い態度を取っていたカミラ先生も、結局は私たちの味方だった。
「可愛いイデオンくんが正式に婚約だなんて、私も年を取るものですね。オリヴェルも私にとってはいつまで経っても可愛い甥ですよ」
「叔母上、ありがとうございます」
「カミラ先生、これからもよろしくお願いします」
これでお兄ちゃんが誰かに攫われてしまうようなことはなくなる。私の長年の不安は解消された。あの夢は未来視などではなく、ただの夢だったのだ。
軽くおやつの時間にお茶をしてからカミラ先生とビョルンさんとエディトちゃんとコンラードくんは帰って行った。
ファンヌとヨアキムくんがようやく着替えて私の部屋にやってくる。
「イデオン兄様はいつごろからオリヴェル兄様が好きだったのですか?」
「それは、初めて会ったときから特別だと思っていたよ」
「兄様もオリヴェル兄様も気が付いたらいた印象しかないわ。初めて会ったときは何歳?」
ファンヌはずっと傍にいたから私とお兄ちゃんのことは何でも見ていると信じ込んでいたが、普通は幼い頃の記憶というのはそれほどないもののようだ。特にファンヌはお兄ちゃんと私が出会ったときにはまだ1歳にもなっていなかった。
「私が3歳の誕生日の前くらいかな、オムツが濡れて気持ち悪くて、お腹も空いて、子ども部屋から出て行ったときに、お兄ちゃんと出会ったんだ」
それから今まで話せば非常に長くなってしまう。
「ファンヌは小さい頃の記憶、何歳くらいからある?」
「わたくしは3歳くらいかしら?」
「ヨアキムくんは?」
「2歳のときの記憶はもう朧気で、5歳くらいからはっきりしてきたかもしれません」
そうなのか!
2歳だったお兄ちゃんと出会った頃を覚えている私は珍しいのか。
もしかするとお兄ちゃんとの出会いを私は忘れてしまうかもしれない。そんなことは嫌だったから、私はその日から覚書でこれまでの出来事をノートに纏めておくことにした。
日記ではない回顧録のようなもの。
いつかお兄ちゃんと無事に結婚出来て、養子をもらうようなことになればその子に私とお兄ちゃんの出会いからを話して聞かせられる。
怒涛のように過ぎた両親の元での生活と、自由を取り戻してからのお兄ちゃんの子ども時代を取り返す時間。カミラ先生が統治をしてくれた期間を経て、お兄ちゃんがルンダール領の当主になるまで。
どの場面、どの一瞬も私にとっては忘れたくない、大事な宝物のような思い出だった。
私の人生にはいつもお兄ちゃんがいた。
これからもきっとお兄ちゃんが傍らにいる。
それを願って書いた回顧録。
それがここまでの物語だった。
ここからは、私の過去を振り返るわけではない、今起きていることを記す物語が始まる。
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