30.15歳の誕生日の夜に
ヨアキムくんとファンヌが春休みに入っても魔術学校はまだ春休みになったわけではない。魔術学校に通う馬車も四年生になると移転の魔術で通えるので使わなくなる。
魔術学校が休みの週末にヨアキムくんとファンヌは魔術学校の制服の採寸に行くことになった。保護者としてカミラ先生とビョルンさん、付き添いとしてエディトちゃんとコンラードくん、それに私とお兄ちゃんも行くことにした。
サイズを合わせるために試着室で制服を着て見せに来るヨアキムくんとファンヌを私もカミラ先生もビョルンさんも立体映像で撮影していた。
「わたくし、スカートかスラックスか迷っているの」
「フレヤちゃんはどっちも買ったよ。授業によって使い分けてるみたい」
「それなら、わたくしもどっちも欲しいわ」
生まれ月は学年で一番早いが小柄なファンヌは一番小さいサイズの制服を注文した。
「僕、もう少し背が伸びるかもしれないから、大きめのを買った方がいいでしょうか?」
ヨアキムくん、私もそう思っていたことがあった。
現実は残酷なもので私はそれほど背が伸びなかった。
ヨアキムくんも小柄なビルギットさんに似ているのならば背が伸びない可能性がある。
「お金に困っているわけでもありませんし、大きくなったら買い替えればいいのです。今のヨアキムくんにぴったりのものを買ってください」
背が伸びないかもしれないなんてことを口に出せない私の代わりに、カミラ先生がヨアキムくんに言ってくれた。
そうなのだ、ヨアキムくんはオースルンド家の養子で、カミラ先生が領主を継げばオースルンド領領主の息子となるのだ。
「わたくしもまじゅつ学校に行きたいわ」
「わたしも」
「エディトちゃんは幼年学校を卒業してからだね。コンラードくんはまず幼年学校に入学してからだね」
納得していない様子の二人を説得するのもヨアキムくんとファンヌが小さい頃を思い出す。エディトちゃんとコンラードくんはリンゴちゃんに乗って魔術学校にまで来てしまった過去があった。油断はできない。
「イデオン兄様、移転の魔術で連れて行ってくださいね」
「兄様、よろしくお願いします」
一年生と四年生で教科も全然違うが、登校するときは一緒になる。
「もちろん、連れて行くよ。ミカルくんはダンくんと一緒に行くのかなぁ」
「そうみたいよ」
「ミカルくん、ダンくんと一緒に行けて嬉しそうですよ」
そういえばミカルくんも制服の採寸に来ているはずだ。魔術学校の入学予定者が多いので見つけられなかったが会場のどこかにいるはずだった。
ミカルくんとファンヌとヨアキムくんで魔術学校でも仲良くやっていくのだろう。友達がいることは良いことだと私にはダンくんとフレヤちゃんが教えてくれた。ファンヌとヨアキムくんにはミカルくんが教えてくれるだろう。
魔術学校の春休みに入る日は、フレヤちゃんとダンくんと馬車で登校する最後の日だった。がたがたと揺れる馬車は夏場は蒸し暑く、冬は寒かったけれど、それでも歩いて行くよりはずっと快適に私たちを運んでくれた。
「三年間、ありがとうございました」
フレヤちゃんが御者さんにお礼を言えば「寂しくなります」と答えられた。
寂しいのは私たちだけではない。
「ダンくん、春休みのバイトがないお休みには、どこか遊びに行きましょうね」
「それって、デート!?」
「本当は、ダンくんの方から誘って欲しかったんだけどね」
フレヤちゃんとダンくんの仲も徐々に進展しているようだった。
五年生になればジュニアプロムがある。そのときにダンくんはフレヤちゃんを誘うと約束していた。
そういえば、春休みの間にジュニアプロムがあるのだと思っていたら、私は昼休みに知らない女の子から呼び出された。
「イデオンくん、セシーリア殿下との婚約は解消したんでしょう? ジュニアプロムで私と踊ってくれない?」
多分五年生の女の子が私を誘っている。六年生は卒業式の日にプロムがあるので、五年生のジュニアプロムは春休み期間中にずらされているのだ。
「ごめんなさい、私、好きなひとがいるから、あなたとは踊れません」
「セシーリア殿下にまだ未練があるのね……忘れさせてあげたい」
「いや、セシーリア殿下じゃなくて……」
なぜか可哀想なものを見る目つきに女の子がなっている気がする。
「傷口を抉ってしまってごめんなさい。早く新しい恋が訪れることを祈っているわ」
違うって言っているのにー!
私の話を全く聞かないままに女の子は去って行った。成り行きを全部見ていたフレヤちゃんとダンくんから肩を叩かれる。
「イデオン、災難だったな」
「断れてよかったじゃない」
「私は……」
お兄ちゃんのことが好き。
そのことを明かせないからこそ、はっきりとセシーリア殿下のことは想っていないのだと宣言できないのかもしれない。
それでも私はお兄ちゃんへの気持ちを明らかにすることはできなかった。
お屋敷に帰ると部屋はがらんとしている。机もベッドもそのままだが、もうお兄ちゃんはこの部屋で眠ることはない。椅子に座って話を聞いてくれることはあるかもしれないけれど、この机を使って調べ物をしたりしない。
新年からお兄ちゃんと部屋が別々になった喪失感に私は立ち尽くしていた。
私の誕生日は春休み期間中にある。
ルンダール家の養子で、後継者は私とファンヌしかいないのでパーティーが開かれるのは仕方がない。ファンヌだけは家族で祝いたかったから、私のお誕生日にパーティーを開いてもらって、ファンヌは家族で祝えるようにはしていた。
誕生日のパーティーを憂鬱に思いながらお風呂に入って寝る準備をしていると、お兄ちゃんが部屋にやってきた。
もう一緒の部屋に寝ることはないと思っていただけに、お兄ちゃんが来るだけでドキドキしてしまう。
「イデオン、日付が変わったら15歳になるね。それまで一緒にいても良い?」
「お誕生日を祝ってくれるの?」
「イデオンも僕のお誕生日を二人だけで祝ってくれるじゃないか。今年はコンラードが来たけれど」
日付が変わるまで眠くならないか自信がなかったけれど、お兄ちゃんが祝ってくれるのは嬉しい。
飲み物を用意して二人で椅子を並べて時計を見ながら過ごす。
「お兄ちゃんが当主になってから来年で三年目だよ」
「まだ実感がわかないけど、やらなきゃいけないことは山積みだね」
「私、嬉しかったんだ。ファンヌとヨアキムくんの代で進学率が最高になったって話」
それだけルンダール領が豊かになったことを示す値に、私は喜ばずにはいられなかった。
「私の両親が荒らしたルンダール領が豊かになってきている。そのことが嬉しくて」
「それはイデオンのおかげでもあるよ」
「お兄ちゃんったら、私を補佐にするとか言っちゃって……私で大丈夫なのかなぁ」
「イデオンにはずっと僕の隣りにいて欲しいからね」
久しぶりにお兄ちゃんと二人きりでしっかり話せて私はふわふわするくらいの幸福感に包まれていた。お兄ちゃんは日付が変わるのを気にして時計を見ている。
時間的にかなり眠くはなっていたけれど、お兄ちゃんに一番に「おめでとう」を言ってもらえたら、15歳は素晴らしい年になりそうな気がする。必死で起きているとお兄ちゃんが私を引き寄せた。
抱き締められたと気付いたのは、時計が日付を超えた瞬間。
「イデオン、約束を覚えてる?」
「約束?」
「15歳になったら、僕の気になっているひとを教えるって言う約束」
忘れるはずがない。
私もその日を恐ろしく思いながらも、待っていたのだから。
「イデオンが、好きだよ」
お兄ちゃんが私を抱き締めて耳元に囁く。
「僕は、ずっとイデオンが好きだった」
好き?
お兄ちゃんが、私を好き?
意味が分からなくて、心臓だけが私のものではないように激しく脈打っている。
これはどういう状況なのだろう。
混乱した私は顔が熱くて、熱が出て倒れそうだった。
これで十一章は完結です。
引き続き十二章をお楽しみください。
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