29.ヨアキムくんとファンヌの卒業式
冬休みが終わると残り僅かな三学期を惜しむように私はダンくんとフレヤちゃんと馬車で魔術学校に登校した。お兄ちゃんとお昼ご飯を食べていた一年生の頃が酷く遠く感じられる。今はダンくんとフレヤちゃんと、時々イェオリくんも来て一緒にお昼ご飯を食べている。
空き教室でお昼ご飯を食べながら四年生からの専門課程についての話で盛り上がった。
「フレヤちゃんとは完全に違う授業になっちゃうな」
「基礎の授業が違うだけよ。歴史学や法学は同じよ」
一年生から三年生までの三年間は魔術学校は一般教養を中心に学んでいく。四年生からは専門課程に入って、それぞれ選んだ科目を中心として学んでいく。
私とダンくんは薬草学を中心とした専門課程に進む予定だが、フレヤちゃんは魔物研究を中心とした専門課程に進む予定だった。
「家が苦しかった頃は選択肢なんてないと思ってたわ。私は薬草学を学んで、畑での収穫を確実にすることを求められていたのよ」
それが、カリータさんと出会って、シベリウス家の後継者に望まれて、フレヤちゃんは本当にやりたいことをできるようになった。
「ダンくんは薬草学でいいの?」
「俺は、薬草学が好きなんだ。畑で薬草を育てるのも好きだし、ベルマン家の領地で色んなひとたちの手助けができるようになるだろう?」
身分が変わってもダンくんの夢は変わっていない。ダンくんとはある意味同じ方向性だったので進む専門課程も同じで私は安心していた。
ただし、私は薬草学と神聖魔術を両立して行かなければいけないし、ダンくんは薬草学一本に絞って研究課程にまで進むことを望んでいるようだった。
「ミカルもアイノも充分な勉強ができる。本当にイデオンとお祖父様には感謝してるんだ」
アイノちゃんが生まれるときに魔術学校に行くのを諦めて幼年学校を卒業したら働こうと考えていたダンくんが、研究課程まで進むことを考えている。それは勉強嫌いだったダンくんにとっても大きな変化だっただろう。
勉強が嫌いだった理由は分からなかったからで、私と勉強するようになってからダンくんの成績は物凄く伸びていた。フレヤちゃんほどではないが、ダンくんも成績優秀者に入る。
「残りの選択科目はどれを取る?」
「イデオンくんは? イデオンくんと同じのを取りたいわ」
「フレヤちゃんもイデオンのノート狙いだな?」
「イデオンくんのノート、先生の講義より分かりやすいんだもの」
四年生になっても完全にバラバラになるのではなくてフレヤちゃんと選択科目では一緒に学べそうで私は嬉しかった。ノートは普通にとっているつもりなのだが、私のノートはフレヤちゃんとダンくんに評判が良いようだ。
三年生の残り少ない期間もこうして過ぎていく。
幼年学校の卒業式は春休みよりもかなり前に行われる。
卒業生代表の挨拶に選ばれたのは、ヨアキムくんだった。
「父上、母上、オリヴェル兄様、イデオン兄様、エディトちゃん、コンラードくん、聞いていてくださいね」
「ヨアキムくんのお祖父様とお祖母様も来てくださるはずですよ」
「私の父上と母上も来ます。息子が代表なんて、名誉なことです」
幼年学校の校長先生は私の代ではフレヤちゃんを代表に選んだ。貴族だからということに拘らず、本当に優秀な生徒を選んでいるので、ヨアキムくんが選ばれたのもオースルンドの名を冠しているからではない。
純粋に実力で選ばれたのだろうことが嬉しかった。
卒業式の数日前にデシレア叔母上がクラース叔父上と一緒に、エメリちゃんを抱っこして現れた。
「私の姪のファンヌちゃんの卒業式です。赤ちゃんを連れてでは迷惑かもしれませんが、出席してはいけませんか?」
「デシレア叔母上、わたくしの卒業式に来てくださるの?」
「ファンヌちゃんとヨアキム様がお嫌でなければ」
「嫌なはずないです。とても嬉しいです! 僕たち、デシレア叔母上に選んでもらった服を着て出席しようと決めてたんです!」
大喜びのファンヌとヨアキムくんにデシレア叔母上も安心した様子だった。
「エメリを泣かせないようにしますわ」
「泣いても良いです。エメリちゃんの声が聞こえたら、僕嬉しいです」
「そうよ、赤ちゃんは泣くものですもの」
気を遣うデシレア叔母上にヨアキムくんとファンヌは気にさせないようにと声をかけていた。
卒業式当日、霧雨が降る中で講堂には大量のひとが押し寄せていた。ミカルくんも卒業するのでベルマン家の一家と、私たちルンダール家の一同だ。
お祖父様、ダンくん、ダンくんのご両親、アイノちゃんのベルマン家。
お兄ちゃん、私、カミラ先生、ビョルンさん、エディトちゃん、コンラードくん、オースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様、ビルギットさんのご両親のヨアキムくんのお祖父様とお祖母様、デシレア叔母上とクラース叔父上とエメリちゃん、それにリーサさんとディックくんとカスパルさんまで駆け付けたルンダール家の一同はかなりのスペースを取ってしまった。
「急に押しかけて申し訳ありません。わたくし、ファンヌ様とヨアキム様の卒業式をどうしても見たくて」
年明けに出産したリーサさんはぎりぎりまで体調が整わず、出席できるかどうか分からなかったそうなのだ。それでもファンヌとヨアキムくんの卒業式のために来てくれた。
卒業生が講堂に入って来る。
先頭は小柄だが凛と背筋を伸ばしたヨアキムくんだ。
「今日のこの日のために、たくさんの方々が僕たち卒業生を見守ってくれています。この方々の誰が欠けても今の僕たちはなかったのだと感謝の気持ちでいっぱいです」
卒業生挨拶を読み上げるヨアキムくんは原稿を手に持っているが、そちらに目を向けていない。黒い目は会場の私たちに向けられていた。
「幼年学校で僕たちはたくさんの方たちに守られてきました。先生方、保護者の方々、そして、校長先生。この先、魔術学校に進む生徒たち、高等学校に進む生徒たち、就職する生徒たちと道は分かれます。けれど、守られてきた暖かな日々がいつも僕たちの心の支えとなるでしょう。たくさんの愛をくださった方々に感謝を、そして、共に学んだ友人たちに感謝を」
深々と頭を下げて壇上から降りるヨアキムくん。
私が幼年学校に入学するときには自分も入りたいともがいていた。それが実際に入学して勉強して、夏休みの自由研究では賞もとった。
おてんばで伝説の武器を抜いて、ミノタウロスを倒してしまうようなファンヌも今日、幼年学校を卒業する。まだまだ油断はできないところがあるが、ファンヌも成長した。
ミカルくんも最初はダンくんを困らせていたのに、エディトちゃんがコンラードくんのお誕生日ケーキを作るときにクリームとクリームチーズを零してしまったら快く助けてくれたし、エディトちゃんの大好きな相手となって立派に成長している。
可愛い妹と弟とミカルくんの成長に涙が出そうになっていると、横にいるカミラ先生とビョルンさんは号泣していた。リーサさんも口元を押さえて涙を堪えている。
子ども部屋から裏庭の薬草畑へと世界が広がり、そしてルンダール領を見て回れるようになって、オースルンド領、スヴァルド領、ノルドヴァル領へも行って、王都でも立派に歌ったファンヌとヨアキムくん。
こんなに立派に育ったのだと感動で視界が滲む。
「お兄ちゃん、ヨアキムくん、と、ファンヌ……」
「うん、大きくなったね」
「お兄ちゃん……」
感動でそれ以上の言葉が出ない私の手をお兄ちゃんは握っていてくれた。
感動するのは保護者だけのようで、ヨアキムくんとファンヌは卒業式が終わってもけろりとしていた。
「わたくしたちの代は、魔術学校と高等学校に進む生徒が一番多いんですって」
「就職する子はほぼいないって校長先生が言っていました。母上と父上、それにオリヴェル兄様とイデオン兄様の政治のおかげです」
魔術学校や高等学校への進学率が高くなっている。それはルンダール領が豊かになっていることを示していた。
カミラ先生が積み重ね、それを引き継いだお兄ちゃんが治めるルンダール領は確かに豊かな土地になっている。
ファンヌとヨアキムくんの報告は私たちを誇らしくさせたのだった。
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