27.お兄ちゃんの衝撃の宣言
おやつの時間が終わってベルマン家の一行が帰って、オースルンド領で執務を終えたお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様がヨアキムくんのお誕生日お祝いに来てくれた。夕食を一緒に食べることにして食卓に着く。
お昼ご飯のデザートにはアップルパイとアイスクリームがついていたし、おやつも食べていたので私たちはそれなりにお腹が満たされていて、夕食は軽めにしてもらった。お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様もそれに付き合ってくれる。
ローストビーフサンドにぴりりと辛いマスタードがアクセントになって、葡萄パンにはクリームチーズが挟まれていて、軽食でもちょっとご馳走にスヴェンさんはしてくれていた。
「ヨアキムくん本当におめでとうございます」
「ヨアキムくんには色んなことがあった一年でしたね」
「幼年学校の卒業式もありますし、私たちも出て良いですか?」
食べながら語り掛けるお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様の眼差しは優しい。カミラ先生とビョルンさんと、ビルギットさんのご両親のヨアキムくんのお祖父様とお祖母様と、オースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様と、私とお兄ちゃん。ヨアキムくんとファンヌの卒業式は大人数で見送ることになりそうだった。
「嬉しいです。僕、ファンヌちゃんとデシレア叔母上の選んでくれた服を着るんです」
「きっと可愛いでしょうね」
「楽しみにしていますよ」
にこやかに見つめられてヨアキムくんは頬を赤くして恥ずかし気に微笑んでいた。
「ビルギットに本当にそっくりに育って……」
「あの子は芯の強い子でした」
ヨアキムくんのお祖父様とお祖母様がヨアキムくんを見て目を細める。ビルギットさんの思い出が悲しいものだけではなくなったのは、ヨアキムくんの存在があったからだろう。初めて会ったときには随分と年老いて見えた二人も、今は生気を取り戻し若返ったようだった。
「ヨアキムくんの存在がカミラとビョルンさんを繋いでくれたと聞きましたよ」
「本当に、十代の後半にはバジリスクを一人で狩ってきて血まみれで帰って来たときには、この子は結婚など無理だと諦めたものです」
バジリスクを一人で狩った!?
血まみれでバジリスクを担いで帰って来たカミラ先生を想像して、私はファンヌが将来そうならないかぞっとしてしまった。
「母上、父上、その話はビョルンさんにはしないでください!」
「私たちが何を言っても聞かず、自分の思う通りにしかしなかった」
「それが、ビョルンさんに諫められたら聞くのですから、カミラは本当にビョルンさんを愛しているのですね。ビョルンさん、カミラを愛して可愛い子どもたちまで与えてくださってありがとうございます」
自分の過去をばらされてカミラ先生は真っ赤になっていた。
エディトちゃんとコンラードくんは「バジリスク?」「わたくしもやってみたいわ」と恐ろしいことをひそひそと話している。
「子どもを持ってから、父上と母上の苦労が少しは分かりました。けれど、ヨアキムくんとエディトとコンラードという可愛い子どもに恵まれて、私は幸せですね」
「始まりはヨアキムくんからでしたからね」
ヨアキムくんの呪いを解くためにカミラ先生では力が及ばなくなったときに、浮かんだのがビョルンさんだった。それからビョルンさんは呪いを闇雲に怖がることなく、誠実にヨアキムくんに向き合い、呪いを解く手段を次々と考えてくれた。そのおかげで今のヨアキムくんがある。
最初は呪いのせいで長く生きられないかもしれないと心配したものだが、呪いは無事に抜けて、自分で制御できる範囲になって、ヨアキムくんは幼年学校を卒業する12歳になっていた。
感慨深くヨアキムくんを見ていると食べ終わったヨアキムくんが私の袖を引く。
「オースルンド領のお祖父様とお祖母様にもお歌を聞いてもらいたいのです」
「そうだね、音楽室に行こう!」
音楽室でもう一度私の伴奏でヨアキムくんは歌った。コンラードくんも一緒に歌いだして、二人の歌声にお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様はうっとりと聞き惚れていた。
歌が終わるとコンラードくんがもじもじとお尻を振って何か言いたそうにしている。
「どうしたの、こーちゃん?」
エディトちゃんが問いかけると、コンラードくんはにやりと笑った。
「えーねぇねは、ちちうえとてをつなぐのがすきなの、わたし、しってる」
「まぁ! こーちゃん、気付いていたの? わたくし、こーちゃんにがまんをさせていた?」
「ううん、わたし、ははうえがだいすきだから、いいの。でも、よーにぃにはときどきちちうえとてをつなぎたいみたいだから、えーねぇね、ゆずってあげてね」
小さい子は意外とよくひとの関係性を見ているものだ。
エディトちゃんはコンラードくんの妊娠期間や授乳期間にビョルンさんがしっかりと面倒をみた。予防注射や虫歯の治療で泣いていたこともあったけれど、泣きながらでもビョルンさんはエディトちゃんと向き合うことを諦めなかった。どれだけ泣かれてもエディトちゃんと向かい合い続けたビョルンさんの努力が報われている。
「エディトは私が好きなんですか」
「ミカルくんとけっこんするけど、父上は別で一番好きよ」
一時期はコンラードくんと結婚すると言ったり、ビョルンさんと結婚すると言ったりしていたエディトちゃん。今はミカルくんで落ち着いているけれど、それとは別にビョルンさんのことは一番好きだと言っていた。
「母上も、こーちゃんも一番だけど、お手手をつなぎたいのは父上なの」
手を繋いで移転の魔術を使いたいのはビョルンさんと決めているエディトちゃん。それで家族の中で分担ができているのならば問題はないのだろう。
「僕は父上も母上もエディトちゃんもコンラードくんも大好きです。父上と母上の子どもになれてよかったと思っています」
控えめに自己主張をするヨアキムくんをカミラ先生とビョルンさんが両側から抱き締めていた。
楽しいお誕生日のパーティーは終わって、お風呂に入って部屋でベッドに寝転んでいるとお兄ちゃんがお風呂から上がってきて自分のベッドの端に座る。
「年明けから、当主の部屋に移ろうかと思ってるんだ」
打ち明けられて私は心臓が冷えて行くような感覚に襲われていた。
お兄ちゃんが年明けからこの部屋からいなくなってしまう。
同じお屋敷の中にいるのだし、会おうと思えばどれだけでも会えるのだけれど、夜中にふと目を覚ましたときに隣りのベッドにお兄ちゃんがいないという現実を突き付けられると絶句してしまう。
「僕も24歳になるし、当主を続けていくって決めたからね」
「年明けって、もうすぐだよ」
「うん、もう部屋の準備はできているよ」
どこか明るい表情のお兄ちゃんに私は泣きそうになってしまって布団にもぐり込む。お風呂で十分に温まったはずなのに身体が震えていた。
「お兄ちゃんは、私とずっと同じ部屋なんだと思ってた」
「イデオンも次の誕生日で15歳でしょ」
「私が15歳になるから?」
ヨアキムくんが来て子ども部屋を私が出ることになったのが5歳のとき。それからずっとお兄ちゃんと同じ部屋で過ごしてきた。研究課程を卒業して当主の座についてもお兄ちゃんは当主の部屋に移ることを断っていたのに、その気持ちを変える何かが起きたのだ。
心境の変化の理由が、伴侶を迎えるためだったら、私は補佐としてお兄ちゃんの傍に平気な顔でいられるか自信がない。お兄ちゃんの隣りに私の知らない誰かが寄り添っていたら、きっと苦しくて見ていられない。
「イデオン、僕が当主の責務を負えると思ったのは、イデオンがずっと助けてくれたからだよ。これからもよろしくね」
お兄ちゃんの手が布団からはみ出ている私の髪を撫でる。
優しい手つきに弟としての愛情以上のものを感じ取ってしまいそうで私はぎゅっと目をつぶった。
「イデオン、もう寝ちゃったの?」
お兄ちゃんの問いかけに私は答えられずにいた。
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