25.歌のプレゼントとコンラードくんの夢
冬休みの前に魔術学校の試験がある。
秋の国王陛下の結婚の式典までは忙しくしていたし、式典の折りには魔術学校を休んだりもしたのだが、私は特に問題なく冬の試験に合格することができた。ダンくんもフレヤちゃんも毎年と変わりなく試験に合格している。
来年度からは四年生になるので、移転の魔術も個人で使う許可が下りる。ダンくんとフレヤちゃんと馬車で登下校するのも後少しになっているのだ。
三年生の進級試験には一、二年生のときと違って、移転の魔術の使用許可申請とそれに伴う試験もあった。
実技の科目は得意ではないが、移転の魔術は私も使える。そう思って挑んだのだが使用許可が下りるギリギリの点数しかとることができなかった。
「やっぱり、私は実技向きじゃないんだね」
「それでも受かったんだから良かったじゃないか」
「ファンヌちゃんとヨアキムくんを送り迎えすることができるわね」
ギリギリでも合格は合格。
来年度から私は移転の魔術でファンヌやヨアキムくんを魔術学校に連れて行くことができる。私が魔術学校に入学したときにはお兄ちゃんが私を送り迎えしてくれた。お兄ちゃんと時間が合わないときにはクリスティーネさんが送り迎えしてくれた。
あの頃のことは懐かしく、私にとって大事な一年であったけれど、今度は私がお兄ちゃんと同じことをできるという誇りで胸がいっぱいだった。
試験を終えて冬休みに入る前の課題をもらってお屋敷に帰ってくると、お兄ちゃんの荷物が運び出し始められていた。
「もうこの机はほとんど使っていないので、机の中のものは全部運び出していいですよ」
「お兄ちゃん、もう部屋を変わるの?」
「まだもう少しはいるつもりだよ。本格的に移動するのは年明けからかな」
私と同じ部屋で過ごしていたけれど、お兄ちゃんはルンダール領の当主になって二年目になる。当主になる前は、私かファンヌに当主を譲って自分は補佐になろうと思っていたのだが、それを当主になってから考え直したというお兄ちゃん。その心境の変化が代々当主の部屋にお兄ちゃんが移る決意をしたきっかけなのかもしれない。
当主の部屋と寝室はカミラ先生とビョルンさんも使っていて、デスクやベッドはアンネリ様の時代から変わっていない。
「お兄ちゃんと別々の部屋になっちゃうんだね」
「お屋敷の中にはいるから、寂しくはないよ」
お兄ちゃんはそう言うけれど、夜寝るときに一人になってしまうことには変わりない。もしかするとお兄ちゃんは好きなひとができてそのひとを迎えるために部屋を移るのではないかと考えるだけで胸が痛くなる。
当主の部屋のダブルベッドにお兄ちゃんと誰か他の相手が眠ることを、私は考えたくなかった。
「イデオンも15歳になるからね」
思春期の複雑な時期になるからお兄ちゃん離れをしなければいけないと言うことなのだろうか。どこかお兄ちゃんが嬉しそうな表情なのも気にかかる。
少しずつお兄ちゃんと私の距離が開いて行くような感覚に私は戸惑っていた。
冬休みのお兄ちゃんの誕生日まで、私は音楽室に篭ってたくさん練習をした。春から夏までにアントン先生の猛レッスンを受けた身としては、執務室でお兄ちゃんと話す時間も持ちつつ、毎日決まった時間練習をするのは全然苦にならなかった。
驚いたのは私が歌っているとコンラードくんが音楽室にやってくることだった。
「これはお兄ちゃんのお誕生日で歌う歌だから、絶対にお兄ちゃんに教えちゃダメだからね」
「わかったの。おやくそく」
指を絡めて約束をしてコンラードくんと一緒に歌う。
「イデオンにぃに、わたし、おうたをうたうひとになりたいの」
アントン先生の練習を受けてコンラードくんは自分の将来を決めていた。
「お歌を歌うひとって、声楽家のことかな?」
「うたって、おどりたいの!」
歌って踊るとなると演劇の方かもしれない。
音楽堂が修復されたのでルンダール領に劇団を招くのも悪くないと私は考えていた。
「カミラ先生とビョルンさんにはそれをお話したの?」
「ううん、まだ」
「私と一緒に話に行ってみる?」
「うん、イデオンにぃに、おねがいします」
音楽室から手を繋いで出てきて私は休憩で子ども部屋に来ていたカミラ先生とビョルンさんに話をしてみた。コンラードくんも拳を握ってお話しする。
「コンラードくんが声楽家か、劇団で歌って踊るひとになりたいって相談してくれたんです」
「コンラード、そうなのですか?」
「はい、わたし、おうたをうたうひとになりたいです」
はっきりと答えたコンラードくんにビョルンさんがカミラ先生を見る。
「劇団を招いてコンラードに歌劇を見せたいですね」
「コンラードがなりたいものがはっきりすると良いですね」
「ちちうえ、ははうえ、いーの?」
「良いも何もコンラードの人生はコンラードが決めるものです」
「たくさんのものに触れて決めていきましょうね」
カミラ先生とビョルンさんはエディトちゃんにオースルンド領を継がせて、コンラードくんを補佐に据えるのだと思い込んでいた。けれど、幼いコンラードくんに夢ができた今、反対することなく応援してくれている。
「私たちの両親は、私に領主になれって言ってたよね……」
「魔術を教えろとも言ってたわ」
愛情があるひとたちではないと分かっていたが、幼い子どもに制御できない魔術を教えることがどれだけ危険かは分別ある大人ならば理解できないはずがない。それなのに強行しようとしていた私たちの両親とカミラ先生とビョルンさんとの違いを見せつけられて、私とファンヌは黙ってしまった。
それからもコンラードくんは度々私が歌っている間に音楽室へやってきて一緒に歌った。お兄ちゃんへ贈る歌もすっかり覚えてしまったが、約束をしたので人前では歌わないでくれた。
お兄ちゃんのお誕生日には盛大なパーティーが開かれた。
ルンダール領の貴族たちが集まる中で、カミラ先生は宣言していた。
「来年度から、私はオースルンド領の領主となるために引き継ぎを始めます。オリヴェルが困ったときにはいつでも駆け付けるつもりですが、ルンダール領に頻繁には訪れなくなります。補佐の座も、夫のビョルン一人になります」
「ルンダール領はこれまでになく落ち着いていると思います。それは皆さんの助けがあってのことです。ルンダール領をますます栄えさせるためにも、今後とも私に力を貸してください。年若い当主と言われるかもしれませんが、できる限りのことをして行くつもりです」
カミラ先生とお兄ちゃんの言葉に貴族たちから温かな拍手が上がる。
私もファンヌもヨアキムくんもエディトちゃんもコンラードくんも、一生懸命手を叩いた。
お兄ちゃんが私を呼び寄せて肩を抱く。
「私の弟のイデオンです。これまでもルンダール領のために知恵を絞ってくれていました。これからも補佐として年は幼いですが力を合わせて統治して行くつもりです」
紹介されて私は驚いて「頑張ります」くらいしか言えなかったけれど、私にも温かな拍手が与えられた。来年度から私は15歳にしてルンダール領の補佐となる。魔術学校も卒業していない異例の若さの補佐だったけれど、向日葵駝鳥の石鹸とシャンプーの事業などで名前が知られている私の抜擢に誰の文句も出なかった。
パーティーが終わると私はお兄ちゃんの手を引いて音楽室に連れて行った。
ピアノで音をとってアカペラで歌い出すとお兄ちゃんの視線が私に集中しているのが分かる。最後まで歌い終えるとお兄ちゃんが椅子から立ち上がった。
抱き締められるかもしれない。
身構えていると、音楽室の扉がガチャリと開いた。
「イデオンにぃに、わたしもうたう!」
「コンラードくん!」
割って入ったコンラードくんを拒むわけにはいかずに、私は苦笑していた。ピアノの椅子に座って伴奏を弾き始めるとコンラードくんが私が歌ったのと同じ歌をお兄ちゃんに歌う。
上手に歌い終えたコンラードくんにお兄ちゃんは拍手をしていた.
「今年はイデオンとコンラード、二人からプレゼントをもらったね。本当にありがとう」
お礼を言われて私も嬉しかったし、コンラードくんも嬉しそうにしていた。
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