22.ビルギットさんが結んだ縁
ヨアキムくんのお母さんのお墓参りに行くにあたって、珍しくファンヌが力説した。
「ヨアキムくんの母上と父上はカミラ先生とビョルンさんでしょう? エディトちゃんは妹で、コンラードくんは弟だし」
「そうだね、ヨアキムくんはカミラ先生とビョルンさんの養子になったからね」
「それだったら、ヨアキムくんのお母さんがゴーストになってるかもしれないことを、カミラ先生とビョルンさんが知らないのは良くないし、エディトちゃんもコンラードくんもお墓参りには一緒に行くべきだわ」
私はお兄ちゃんとヨアキムくんとファンヌだけでこの件を片付けようとしていたが、言われてみればファンヌの言葉は正論だった。ヨアキムくんの両親であるカミラ先生とビョルンさん、弟妹であるエディトちゃんとコンラードくんがこの件に関わらずに終わってしまうのは確かにおかしい。
私には両親はいないようなものだったから、そこまで考えが至っていなかった。
「僕もファンヌの言う通りだと思う。叔母上とビョルンさんとエディトとコンラードを呼ぼう」
王都で話をしていなかったのは、私もお兄ちゃんも両親というものがなく、カミラ先生とビョルンさんが知らない間にヨアキムくんのことを進められていたときの気持ちに考えが至らなかったせいだ。
ファンヌはそういうことに気付ける年齢と分別が育ったのだと思うと感慨深い。
通信でお兄ちゃんがカミラ先生とビョルンさんにお墓参りの件を伝えると、二人はエディトちゃんとコンラードくんを連れてすぐにルンダール領に来てくれた。
「せっかくオースルンド領で休んでいたのにすみません」
「いいえ、こういうことならもっと早く知らせてくれればよかったのに」
「教えてくれてありがとうございます」
王都で別れたばかりだというのに呼び出されたカミラ先生とビョルンさんは少しも嫌な顔をしていなかった。
「よーにぃにのためなの」
「ヨアキム兄様のためなら、わたくし、いつでも行くのよ」
コンラードくんもエディトちゃんも話を聞いて納得してついて来ている。
「ありがとうございます」
頭を下げて涙ぐむヨアキムくんをカミラ先生とビョルンさんが代わる代わる抱き締めていた。
「恩赦というのは式典後すぐに出るシステムなのですか?」
「いいえ、罪人を牢獄から出すわけですから、混乱を招かないように二か月から三か月かけて行われます」
「牢獄から出される罪人には、位置が分かる魔術や悪事を働けないように魔術を制限する魔術をかけたりする期間もあるようです」
カミラ先生とビョルンさんに説明してもらって私は恩赦のことを理解する。恩赦のせいでヨアキムくんのアシェル家の両親が牢獄から出てくるかもしれない。そのことをヨアキムくんのお母さんが心配してゴーストになってまで伝えに来たのだとしたら、そこまでしなくても大丈夫だと教えなければいけない。
「ひとは死んだらどうなるのでしょう?」
私の呟きにお兄ちゃんが答える。
「天国があるって言うひとも、地獄があるって言うひともいるけど、本当のところは分からない。でも、アンデッドにされたひとは死の瞬間の苦しみを味わい続けて、逝くこともできずに苦しんで、狂って自我を失い、ひとを襲うって聞いたことがある」
そんな酷い状況にヨアキムくんのお母さんを置いておきたくない。それはみんなの気持ちだった。
お昼ご飯を食べてから馬車でヨアキムくんのお母さんの墓地に行くと、背の高い目深にマントを被った人物と、もう一人帽子で顔がよく見えないようにした人物がいた。
呪術師かと身構えると、マントの方が軽く手を上げた。
「はぁい! お久しぶり。元気だった?」
その声に聞き覚えがある。
自分の弟子に刺されてアンデッドになってしまった後で、弟子の使い魔となることで自我を失わず、弟子の魔力だけを吸って生き延びることになった『闇の魔術師』フーゴさんである。もう一人の帽子の男性はアーベルさんだった。
「どうして、ここに?」
「お世話になったルンダール家のことは気にしてて、害があるものが来ないか監視していたんだ」
「そしたら、妙なのが引っかかったのよね」
「妙なの?」
アーベルさんとフーゴさんはアンデッドを自分たちで作って貴族たちを脅したり殺したりしていた過去がある。今は呪術を使えないようにしているようだが、私たちには恩を感じてくれて私たちが害されないように見守ってくれていたようだ。
アンデッドの専門家である二人の言葉は聞くに値すると私は判断した。
「信用してよいのでしょうか」
「『闇の魔術師』ですよ?」
カミラ先生とビョルンさんは警戒しているが、私は二人が始祖の竜に誓ったのを見ていたのでもう呪術は使えないと分かっていた。
「妙なのって、何ですか?」
「害するつもりもなければ、ひとの生気を吸ったこともない、消えかけてるゴーストよ」
私たちを害するつもりもなければ、ひとの生気を吸ったこともない、消えかけたゴースト。
それに私は心当たりがないわけではなかった。
「お母さん? お母さんはゴーストになっているのですか?」
身を乗り出すヨアキムくんをカミラ先生が抱き留める。
「呪いのせいでゴーストにされてしまったみたいだけれど、ずっと彷徨っていたのね」
誰を害するわけでもなく、ただ彷徨っていたヨアキムくんのお母さんのゴーストが私たちの前に姿を現した理由。
それを聞けるものならば聞いてみたかった。
「フーゴさん、ゴーストの言葉が分かりますか?」
「分からなくもないけど、ここから先は取り引きよ」
「取り引き?」
警戒したお兄ちゃんが私を抱き寄せてフーゴさんから守ろうとするが、アーベルさんが前に出た。
「俺たちが平和に暮らせる場所をルンダール領に作って欲しい」
「荒野で暮らしたけど、不便すぎて飽きちゃったのよね。もちろん、ルンダール領のために働くわよ?」
『闇の魔術師』としてフーゴさんが犯した罪は許されるものではない。本来ならばフーゴさんは牢獄に入れられているはずなのだ。それができなかったのは、フーゴさんがもう死んでいるから。アンデッドとなったフーゴさんを使役する主人すら持たせず野放しにした方が自我を失い、見境なくひとに襲い掛かり、危険だった。
「お兄ちゃん、フーゴさんとアーベルさんは始祖の竜に誓ってる。信じて良いと思う」
「イデオン……『闇の魔術師』だよ?」
「だからこそ、利用してやらないと」
私の言葉にお兄ちゃんは心を決めたようだった。
「分かった。要求を飲もう。だから、ゴーストの言葉を通訳してくれ」
秋の風の吹く墓地にお兄ちゃんの声が響くと、アーベルさんがビルギットさんの墓地に手を翳した。昼下がりの太陽の光を受けながら、きらきらと白い影が立ち上る。
黒髪に白い死に装束のビルギットさんだ。
「お母さん!」
駆け寄ろうとするヨアキムくんをカミラ先生が止める。
「ゴーストに触れると生気を吸い取られます!」
「でも、お母さんが……」
がっちりとヨアキムくんを抱きかかえているカミラ先生の腕からは逃れられない。
『ヨアキム様……ヨアキム様は、どこ……助けないと……』
消え入りそうな声が私たちの耳に聞こえて来た。アーベルさんはゴーストになったビルギットさんの声が私たちにも聞こえるようにしてくれたようだった。
「お母さん、僕はここです!」
『ヨアキム様……私の可愛い赤ちゃん……』
通じていないのか、自我が失われかけているのか、ゴーストはヨアキムくんを認知できていないようだ。
「ヨアキムくんは私たちが守ります。どんなことがあろうと、大切にします」
「どうか、安らかに眠ってください」
「お母さん……僕、カミラ先生とビョルンさんの養子になったんです。妹と弟もいて、とても幸せなんです。家族で力を合わせて生きていきます、お母さんの分も」
ふっと透ける黒髪のビルギットさんの目がヨアキムくんを見た。それからカミラ先生を見て、ビョルンさんを見て、エディトちゃんとコンラードくんを見る。
花の咲き零れるような笑顔を浮かべて、ビルギットさんが深々と頭を下げた。
「ヨアキムくんのことは任せてください」
「よーにぃに、わたしのにぃに!」
「わたくしの兄様、あぶないめにあわせないの!」
カミラ先生にコンラードくんもエディトちゃんも主張する。
「祓ってくれって言ってるよ」
「そうね、それが一番幸せでしょうね」
心残りはなくなったのか、ビルギットさんは祓って欲しいと願っているようだった。震えながら私が前に出て歌いだす。
私のマンドラゴラと南瓜頭犬、ファンヌの人参マンドラゴラ、エディトちゃんのマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃん、コンラードくんのスイカ猫と人参マンドラゴラが踊る中、ビルギットさんは白い光となって天に昇って行った。
ヨアキムくんの危機を感じ取ったビルギットさんが呼びよせたフーゴさんとアーベルさん。この二人がアシェル家の両親が恩赦で出て来たときに役に立ってくれる。
それを私は確信していた。
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