19.マンドラゴラたちの群舞
王城に戻って披露宴会場に行くと私とお兄ちゃんとお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様は同じテーブルだった。他にも王族が座っているが、見知ったひとがいるので安心はできる。
飲み物が給仕されている間、お兄ちゃんは使用人さんにきっちりと言ってくれていた。
「私と弟はノンアルコールの飲み物にしてください」
「畏まりました」
運ばれてきたのはぷつぷつと小さな気泡が上がるシャンパンに似せたミントの飾られたローズソーダだった。王城のバルコニーから手を振って挨拶を終えた国王陛下とマルクスさんが入場してきた。
国王陛下はオースルンドの織りの菫色のパンツスーツを纏っていて、マルクスさんは緑がかったスーツに着替えていた。乾杯をするために二人が白い手袋を付けた手でグラスを取る。
朝ご飯は軽くしか食べていなかったのでお腹が空いてきていた私は、早くローズソーダを飲みたくてたまらなかったが乾杯まで待つ。
「私たちの結婚式に来ていただいてありがとう」
「心より感謝いたします」
国王陛下とマルクスさんがグラスを持ち上げると私たちもグラスを持ち上げて、乾杯をして着席した。冷たく冷やされたローズソーダは薔薇の香りがして甘くて美味しい。
ごくごくと飲んでいると使用人さんがすぐに次のグラスを持ってきてくれた。
四公爵がそれぞれにお祝いを述べる場面では、まずオースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様が立ち上がった。
「オースルンド領では代々夫婦で領主を務める風習があります。それは領主という地位が一人で背負うにはあまりにも重すぎるからです」
「互いに道を誤らぬように監視しつつ、支え合いながら私たちは長年オースルンド領を治めてきました」
「マルクス様は父上の後を継いで宰相になられると聞いております。互いに支え合って、間違ったことは指摘し合える夫婦となれますように」
「オースルンド領よりお祝い申し上げます」
領主となってからの時間が一番長い、統治が一番安定していると言われるオースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様の言葉には重みがあった。
続いてお兄ちゃんの名前が呼ばれて、私もお兄ちゃんと一緒に立ち上がった。
「ルンダール領は母の死後、荒れていた領地でした。それを叔母のカミラが中心となって立て直し、弟のイデオンが知恵を絞ってくれました。私たちはまだまだ復興の途中にあります。国王陛下とマルクス様の新しい門出に、私たちもルンダール領の更なる発展を誓ってお祝いの言葉とさせていただきたいと思います」
奢らない、飾らない、等身大のお兄ちゃんを表すようなお祝いの言葉に、私は感動して一同から上がる拍手に自分もルンダール領側なのに拍手をしてしまった。
苦笑したお兄ちゃんに背中をポンと叩かれて慌てて手を引っ込める。
椅子に座ると続いてノルドヴァル領、スヴァルド領と挨拶が続いた。
挨拶が終わると遂に私たちの出番だった。
食事が運ばれている間に私は席を立って、部屋の端で待機していたヨアキムくんとファンヌとエディトちゃんとコンラードくんを呼びに行く。カミラ先生とビョルンさんと目が合うと、こくりと頷いて応援してくれた。
アントン先生がピアノの椅子の前に立っている。
作られた小さな壇上にファンヌとヨアキムくんが上がり、下にエディトちゃんとコンラードくんが立つ。
会場の方を見て私は深々と頭を下げた。
「ルンダール領とオースルンド領の子どもたち、そして神聖魔術を使うイデオン様より国王陛下へのお祝いの歌を披露させていただきます」
アントン先生の声が響いて私は顔を上げて壇の方に向き直った。
ファンヌもヨアキムくんもエディトちゃんもコンラードくんも真剣な眼差しで私を見つめている。さっと手を上げるとアントン先生と目が合った。お互いに頷き合って、指揮を始める。
ピアノの音が響き、そこに歌声が乗る。誰も出だしに入り損ねることはなかった。歌っていると背中に気配がした。
「マンドラゴラですわ」
「南瓜頭犬とスイカ猫もいます」
「なんて素晴らしい踊り」
歌っているので振り返ることができないが、どうやら私たちの後ろで私のマンドラゴラと南瓜頭犬、ファンヌの人参マンドラゴラ、エディトちゃんのマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃん、コンラードくんの人参マンドラゴラのニンちゃんとスイカ猫のスーちゃんが踊っているようだった。
最後の四小節長く伸ばすところで、ファンヌもヨアキムくんも見事に一オクターブ上げて歌って、エディトちゃんとコンラードくんは元の音で歌い上げた。
伴奏が終わって振り向いて頭を下げようとすると、ポーズを決めていたマンドラゴラたちと南瓜頭犬とスイカ猫が、ビシッと気を付けをしていた。私が頭を下げるとそれに合わせて頭を下げる。
「さすがルンダール領の歌は違いますね」
「あんな粋な演出までしてくれて」
「ルンダール領のマンドラゴラを買いたくなりましたな」
拍手の中声が聞こえるけれども、これは私が計算したことでもなんでもなかった。勝手にマンドラゴラたちがやったことで私は関与していない。私たちが退場するのに合わせてマンドラゴラたちと南瓜頭犬とスイカ猫も退場したけれど、席に戻った私は歌った緊張よりもマンドラゴラたちのことが気になっていた。
「お兄ちゃん、何が起きたの?」
「マンドラゴラと南瓜頭犬とスイカ猫が群舞を踊っていたんだ」
「群舞?」
「全員揃って、綺麗に合わせて」
練習する暇なんてなかったはずだ。それなのにマンドラゴラと南瓜頭犬とスイカ猫は本番でいきなり合わせて踊っていた。驚いているとお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様が微笑んでくれる。
「とても素晴らしかったですよ。マンドラゴラたちも合わせて」
「イデオンくんの歌はマンドラゴラを操るのでしたね。みんな演出と思っているから大丈夫ですよ」
演出と思ってくれているのは有難いのだが、私は自分の歌がマンドラゴラを操ることなどすっかりと忘れていたのだ。発表会のときもマンドラゴラは反応しなかったから大丈夫だと思っていたら本番でいきなり来るとは思わなかった。
「ルンダール領のマンドラゴラはこれでまた売れ行きが伸びますね」
お兄ちゃんのお祖父様はおっとり言っているけれど、そういう思惑がなかったのにそうなってしまったことが私は若干不本意ではあった。それでもマンドラゴラが売れるのならば悪くはないかもしれない。
運ばれてきた料理を食べてローズソーダを飲んでいると緊張が解けたせいか眠くなってきていた。これまで毎日練習してきた疲れもピークに達している。
「イデオン、披露宴が終わったら晩餐会まで休憩があるから、そのときにお昼寝したらいいよ」
「ごめんなさい、私、そんなに疲れてるように見える?」
「頑張ってきたことがやっと終わったんだもの、疲れも出るよ」
お兄ちゃんにはお見通しのようだった。
欠伸を噛み殺していると、宰相殿下からのお祝いの言葉があり、セシーリア殿下もお祝いの言葉を述べる。
「即位したときにはわたくしも14歳、陛下も12歳で共に幼く、国を支えるには苦しいこともありました。それが今、人生の伴侶と共に歩みだそうとしているのを見ると、感慨深くもあります。姉として、これからも陛下を支えていければと思っております」
深々と頭を下げたセシーリア殿下に近くの席の王族が声をかけた。
「セシーリア殿下の結婚はどうなっているのですか? 婚約者はなぜセシーリア殿下の隣りにいないのですか?」
酒に酔った風情の王族を周囲が窘めるが、彼は止まらない。
「ルンダール領の当主と一緒に来ているんでしょう? 婚約者様の座る席はこちらでは?」
挑発されていると分かっても私は動きようがなかった。
こんな大事な席をセシーリア殿下に絡む王族に台無しにされたくない。
お兄ちゃんの方を見ていると、お兄ちゃんが立ち上がった。
「セシーリア殿下が本当に結婚したいのは、私の弟ではないはずです! 私の弟を巻き込むのはもうおやめください!」
「どういうことですか?」
「ランナル・ノルドヴァル! 愛しいひとがこのような状況なのに何も思わないのですか?」
凛と響くお兄ちゃんの声に、セシーリア殿下の従者として傍に控えていたランナルくんがびくりと肩を震わせた。国王陛下もマルクスさんも、会場の全員がランナルくんを見ている。
「婚約を、破棄してください」
ランナルくんの震える声が会場に響いた。
床に膝をついて額を擦り付けるようにして懇願している。
「セシーリア殿下、どうか、私と婚約を」
水を打ったように会場は静まり返った。
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