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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
二章 呪われた子を助けながらお兄ちゃんと楽しく暮らします!
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7.正式なルンダール家の養子に

 荷物を纏めて、コテージから駅まで馬車で向かう。窓の外を見るためにはお尻を浮かさなければいけなくて、そうすると馬車が揺れると座席から落ちてしまう大きさの私と、それより更に小さなファンヌ。行きの馬車でそのことが分かっていたので、帰りは最初からお兄ちゃんが私を膝の上に乗せて、リーサさんがファンヌを膝の上にしっかりと抱っこしてくれていた。


「うみ、ばいばい。ひまわりだちょう、ばいばい」


 窓の外に手を振りながら、ファンヌが旅の名残を惜しんでいる。駅に行くと、待っていたのは、カミラ先生だけではなかった。


「またこいよ。ファンヌちゃんもいっしょにな」

「うん、ヨーセフくん、どうやってここまできたの?」

「とーちゃんにあさ、おくってもらった」


 仕事があるからお父さんは帰ったようなのだが、ヨーセフくんはわざわざ見送りのために残ってくれたようだ。昼にはお父さんがまた迎えに来るから、それまでは駅で列車を見て遊んでいるという。

 私より一つ年上で幼年学校に行く年齢の子だが、お兄ちゃんが魔術学校に行くのですら自分で歩いていくのはおかしいとリーサさんがこぼしていたくらいなのに、ヨーセフくんはこの年で一人で出歩いている。これが貴族と普通の家庭との違いなのだろうか。

 馬車で送り迎えされないおかげで、お兄ちゃんは薬草市に寄れていたので、結果としては良かったんだが、誘拐や人攫いの観点からすると、身体が大きくて大人くらいあるお兄ちゃんでも、安全のために守られなければいけない。

 自由なヨーセフくんが羨ましいような、危険ではないか怖いような、複雑な気持ちに私はなってしまった。これを口に出しても、ヨーセフくんには伝わらないのだろう。

 幼年学校に行く6歳というのは、世間ではこれだけ大人と認識されているのに、ヨーセフくんの言動は幼くて、どこか世界の歪のようなものを、私は幼いながらに感じ取っていた。

 子どもが子どもらしくあること。それがこの国では許されていないのだと。

 セバスティアンさんと別れがたい様子のヨーセフくんを、セバスティアンさんが抱っこしようとすると、「そんなとしじゃねぇよ」と拒まれてしまう。ファンヌの目を気にしているのかもしれないが、ファンヌは何も気付いておらず、「ばいばい」と手を振っていた。

 また来年の夏もこの海に来られるだろうか。


「お帰りなさい、は、まだ早いかしら」

「カミラせんせい!」

「カミラてんてー!」


 優雅につば広の帽子を被って両腕を広げたカミラ先生に、私とファンヌは飛び付いていく。行きも列車だけ一緒だったが、帰りもカミラ先生は列車に一緒に乗って帰ってくれる。

 個室席に座って、当然のようにファンヌがカミラ先生の膝に座って、私はお兄ちゃんの膝に抱っこされる。列車が汽笛を上げて動き出すと、カミラ先生が嬉しい報告をしてくれた。


「イデオンくんとファンヌちゃんが、正式にルンダール家の養子になりました」

「よーち! とーたまと、かーたまはだぁれ?」

「ご両親に当たるひとはいないけれど、成人までの間は、私が保護者として責任を持つことになっています」

「カミラてんてーがかーたま?」

「そうじゃないけど、そんな感じです」


 説明が難しくなったので、ファンヌに分かるように言えば、ファンヌの白い頬がぱっと薔薇色に染まる。


「うれちい。オリヴェルおにぃたんも、にぃたまも、じゅっといっちょ」

「ファンヌとわたしはさいしょから、ずっといっしょだよ」

「そーなの?」

「ちがつながってるのが、ファンヌとわたし。つながってないのが、おにいちゃん」


 そこまで言ってから、私はやっと自分が道中ずっと「おにいちゃん」と言い続けていたことに気付いた。本当は「あにうえ」と言わなければいけないはずなのに、完全に気が緩んでいた。

 真っ赤になって俯く私に、お兄ちゃんが顔を覗き込んでくる。


「どうしたの?」

「ごめんなさい、あにうえのこと、ずっとおにいちゃんって、よんじゃった。ヨーセフくんのまえでも、ヨーセフくんのおとうさんとおかあさんのまえでも」


 これまでも貴族の子息として礼儀作法は習っていたし、お兄ちゃんは小さな頃から私に喋り方を教えてくれていた。それなのに、すっかりと気が緩んでしまった自分が恥ずかしい。

 5歳の幼児が自分が恥ずかしくて半泣きになっていることに、お兄ちゃんも驚いたようだった。


「旦那様……と今は言わなくてもいいね。あのひとたちの目があったから厳しくしてたけど、僕はお兄ちゃんって呼ばれるのは嬉しいよ。正式な場では貴族として『兄上』と呼ぶべきだけど、今回は家族旅行だったんだから、平気だよ。そうですよね、叔母上」

「そんなに泣きそうな顔をすることはないのですよ。私やリーサさんやセバスティアンさんの前では、気にせずに『お兄ちゃん』と呼んでいいことにしましょうね」


 慰められて、私はようやく涙が引っ込んだ。

 逆に、対面の席に座っているカミラ先生の膝の上のファンヌが、変な顔をしている。


「にぃたまも、オリヴェルおにぃたんも、あにうえ……あにうえが、ふたちゅ……どっちがどっち?」


 目が回るほど悩んでいるファンヌに、お兄ちゃんが優しく語り掛ける。


「今、僕を『オリヴェルお兄ちゃん』って呼んでるみたいに、イデオンのことは『イデオン兄上』、僕のことは『オリヴェル兄上』って呼べばいいんだよ。普段は、『兄様』と『オリヴェルお兄ちゃん』でいいけどね」

「ファンヌちゃんはまだ小さいのだから、難しく考えないでください。自分のことを『わたくし』と言えているだけで、充分ですよ」


 カミラ先生も言葉を添えてくれて、髪を撫でてくれたので、ファンヌは納得したようだった。


「わたくち、じゅーぶん。カミラてんてー、あちたも、うみにいける?」


 3歳児は往々にして時間の感覚が曖昧なものだ。ファンヌの言う「明日」は「また今度」に相当するものだと思われる。


「来年、行きましょうね」

「らいねんって、いちゅ? おひるねしたら、らいねん?」

「今は夏ですよね。夏休みが終わって、オリヴェルが学校に行きだして、秋に畑の種の収穫をして、冬休みでオリヴェルの誕生日が来て、春にイデオンくんとファンヌちゃんのお誕生日が来て、ファンヌちゃんが4歳になって、また夏が来たら、ですね」


 一つ一つ、生活に即した例を出して一年の時間経過を教えてくれるカミラ先生。分からないなりに、ファンヌはそれで納得した。

 列車の中でお弁当を食べて、少し眠って、おやつも食べ終わる頃には、お屋敷の近くの駅についている。


「移転の魔術では一瞬ですが、たまにはゆっくりと列車での旅も良いものですね」

「来年は叔母上と海に行きたいです」

「実は……私、泳げないんですよね。練習しなければ」


 叔母と甥の仲の良い会話に和みながら、馬車に揺られて、お屋敷に戻った。二泊三日しかお屋敷を空けていないのに、帰って来ると妙に懐かしい気分になる。

 肩掛けのバッグを開けて、洗濯物などを出していると、中からマンドラゴラが飛び出してきた。


「ぴょわ」

「きゃるるるる」

「きょえ」


 どこか鳴き声も元気がなく、葉っぱが萎びて来たような様子に、私は慌てた。ファンヌのポシェットから出て来た人参マンドラゴラも元気がない。

 旅行に夢中で私たちはすっかりマンドラゴラのことを忘れてしまって、水も栄養剤も上げていなかった。


「カミラてんてー! にんじんたん、ちなびたー!」

「人参マンドラゴラですか?」


 ファンヌの悲鳴にカミラ先生が子ども部屋に来てくれる。萎びた人参マンドラゴラをしっかりと抱き締めて、涙をぽろぽろと流すファンヌと、「私はもうダメです」とばかりにぐったりとしている人参マンドラゴラ。


「イデオンくんのマンドラゴラもですか?」

「はい、げんきがありません」

「まず、お水に浸けましょうね」


 平たい深皿を持ってきて、マンドラゴラたちを浸けると、水遊びをするようにぱしゃぱしゃと根を浸からせて動き出し始めた。続いて栄養剤を渡すと、優雅に飲んで、色艶を取り戻す。


「にんじんたん、ちなない?」

「もう平気ですよ」

「あ! はたけのまんどあごあ!」


 止める間もなく裏庭の畑に走って行くファンヌを、私とお兄ちゃんで追いかける。畑のマンドラゴラも薬草も、萎びるどころか青々と茂って元気だった。

 カミラ先生が私たちの不在の間に面倒を見てくれていたのだろう。

 元気になったマンドラゴラたちも追いかけてきて、ファンヌと私の周りで踊りだす。

 二泊三日の旅行の終わりは、ちょっとした騒動になったが、カミラ先生のおかげで何事もなく終わった。

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