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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十一章 魔術学校で勉強します! (三年生編)
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12.音楽堂の視察

 起きて来たコンラードくんに音楽堂に行く説明をすると、こくこくと頷きながら聞いてくれた。


「わたしがあーちゃんとミカルくんにおうたうたうばしょ、みにいきたい」

「舞台で練習もしたいよね」


 補修工事が外側だけならば舞台で練習ができるのではないかとそこも確かめたかった。内側の補修工事がほとんどないのであれば、実際の舞台に立って私たちは練習できる。


「なんでしたっけ、りー……りー……」

「なんでしたかしら、リーサルウエポン?」

「ファンヌ、なんか物騒になってるー!?」


 正解はリハーサル。

 保育所から発表会を何度も経験しているファンヌもヨアキムくんもリハーサルを経験したことはあるが、言葉が上手く出て来なかったようだ。


「リハーサルだよ」

「そう、それよ!」


 私が言えばファンヌは納得していた。

 いや、むしろどこからリーサルウエポンが出て来たのか教えてほしい。

 致命的な凶器(リーサルウエポン)なんて言葉をファンヌとヨアキムくんの年齢で覚える方が恐ろしい気がするのは私だけだろうか。

 ちなみに私がその単語を知っていたのは、魔術学校の歴史学で何度か戦争の歴史も習っていて、大陸の諸国との争いで使われた魔術兵器のことをそう呼んでいたからだ。


「ファンヌの包丁のことかな?」

「私のまな板かもしれない!?」


 言い間違えが面白かったのか笑いながらお兄ちゃんが言うのに、私は背後に気配を感じてボディバッグを振り返った。ボディバッグからまな板が覗いている。


「ファンヌちゃんは、人参さんのポシェットを気に入っていますね」

「えぇ、ちょっと小さくなってしまったけれど」

「来年は魔術学校に入学しますし、秋には王都で国王陛下の結婚式で歌うので、そろそろ買い替えませんか?」


 カミラ先生がルンダール家にやってきたファンヌが3歳のときから使っているポシェットは、さすがに紐が短くなってファンヌの身体に合わなくなっている。ずっと使っていたので表面も若干汚れてくたびれている。

 気にしてくれるカミラ先生にファンヌは問いかけた。


「人参さんのついたのが作れるかしら?」

「人参さんの刺繍が入ったのが良いですか?」

「あ……そうだわ、わたくし、持っているの!」


 部屋に走って戻ったファンヌが持って来たのは、デシレア叔母上から貰った飴色の革の小さなリュックサックだった。それをカミラ先生に見せると、カミラ先生がポシェットからリュックサックに中身を入れ替えてくれて、空のポシェットを手に取った。


「これをチャームになる小さなバッグに作り替えてもらいましょう」

「チャームってなぁに?」

「鞄に付ける飾りですよ。小物入れにもなります」


 小さなポシェットをチャームになる小さなバッグに作り替えてもらってリュックサックに付ければ、ファンヌのポシェットも無駄にはならない。


「カミラ先生よろしくお願いします」


 大喜びでファンヌはポシェットを預けてリュックサックを背負った。使い込むほど色合いに深みが出るというミノタウロスの革のリュックサックで今後はファンヌは物を持ち歩くようだ。


「私も王都に行くときはお揃いのリュックサックにしようかな」

「兄様と髪の色も、お顔も、リュックサックもお揃いね」

「くるくるの癖毛はお揃いじゃないけどね」


 兄妹で顔を見合わせて笑う。

 急遽アントン先生も呼んで音楽堂の視察が行われた。

 おやつを食べた後でお腹も空いていなくて心地よい昼下がり、馬車に揺られていると眠くなってしまう。大きな欠伸を噛み殺した私に、お兄ちゃんがくすくすと笑っている。


「寝ちゃうと汗だくになるよ」


 窓を開けているので風が入って来るけれど、馬車の中は結構に蒸し暑かった。それも馬車の揺れと共に眠気を誘う。


「ほら、飲んで。冷たくて目が覚めるから」

「ありがとう」

「寝ちゃったら熱中症になるよ」


 水筒を差し出されて私はお兄ちゃんにお礼を言って冷たい花茶を飲んだ。喉を通る冷たさに少しは目が覚める。うとうととし始めていたファンヌとヨアキムくんにも水筒を渡した。


「最近歌の練習を頑張ってるから、疲れてるんだね」

「そうか……それで眠いんだ」


 お昼寝をする年でもないのになんでこんなに眠いのかと思っていたら、お兄ちゃんが答えをくれた。毎日の特訓で腹筋が割れそうなくらい私は鍛えられていて、ファンヌもヨアキムくんもそれについて来ているのだから疲れていないわけはない。


「音楽堂で発表会をしたら、ちょっと休んだ方がいいかもね」

「本番まで頑張らないと!」

「わたくし、いけますわ!」


 私はどうやら負けず嫌いで、血の繋がっているファンヌも同じようだ。顔も髪の色も瞳の色も似ている私たち。性格も似ているのかもしれない。

 音楽堂に着くと天井はシートがかけてあって屋根も補修工事がされていた。中に入ると豪華なロビーがあって、重い扉を押してホール内に入ると天井が高くて声が良く響きそうだった。


「広いですね」

「百人以上は入りそうでしょうか」


 座席の数を数えるカミラ先生とビョルンさんの横を通って、私は舞台に向かっていた。ファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんもついて来ている。

 舞台の上は少し埃っぽかったけれど、板が腐っているところもなく、若干反って補修が必要なところはあったけれど、床も綺麗だった。


「ピアノの調律が必要ですね」


 舞台の上に上がったアントン先生がピアノにかけられた布を外して鍵盤を押して見ている。響く音は少し狂っているように聞こえた。


「ピアノの調律は手が回っていませんでした」

「今日、来てみて良かったですね」


 ホールの隅々まで見ながらカミラ先生とビョルンさんがアントン先生に返事をしている。その声も良く響いていた。


「これが音楽堂……」

「イデオン様、歌ってみますか?」


 促されて私はアントン先生を見た。続けてファンヌを見て、ヨアキムくんを見て、エディトちゃんを見て、コンラードくんを見る。みんなの目はやる気に満ちていた。

 アントン先生に頷いてから私は両手を挙げた。ファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんの意識が私に集中するのが分かる。伴奏はないけれど、私は手を振って指揮を始めた。

 ファンヌの高い声が、ヨアキムくんの細い声が、エディトちゃんの真っすぐな声が、コンラードくんの大きな声が、私の高く旋律の違う声が、音楽堂に響いて行く。

 歌い終えたときには物凄い達成感があった。


「舞台の上で歌うのは、こんなに気持ちいいなんて」


 驚いている私にアントン先生が微笑んでいた。

 この感触を掴ませるためにアントン先生は音楽堂で発表会をしようと提案してくれたのだ。

 音楽堂の魅力に私たちは夢中になってしまった。

 ここで歌を歌いたい。ここで歌われる歌を聞きたい。ここで演奏される楽曲を聞きたい。ここで演じられる演劇を観たい。

 帰りの馬車の中ではその話題でもちきりだった。

 帰ってからも興奮している私にお兄ちゃんが部屋で着替えながら話しかけてくる。


「イデオンはルンダール領に音楽まで取り戻してくれたね」

「私の功績じゃないよ」


 否定する私にお兄ちゃんは「イデオンの功績だよ」と穏やかに言う。


「僕は母方の祖父母を奪われ、父を奪われ、母も奪われ、居場所もなかった。僕はずっと寂しかったんだ」


 5歳から12歳の間お兄ちゃんは孤独だった。

 12歳で私と出会ってから、お兄ちゃんの世界は変わったという。


「濡れたオムツで彷徨ってたイデオンは、僕を孤独から救い出してくれた。それだけじゃない、僕の居場所を取り戻してくれて、母方の祖父母の件も、父の件も真相を暴いてくれた」

「お兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんとカミラ先生とビョルンさんがいたからだよ」

「僕はずっと孤独だったから、イデオンやファンヌやヨアキムくん、エディトやコンラードが自分が孤独だと思わないようにしようと気を付けてた。でも、本当は僕の孤独をイデオンが救ってくれてたんだ」


 小さな私はお兄ちゃんに可愛がられたからこそ、捻くれなかったし、身体も丈夫に育つことができた。それを感謝こそすれ、お兄ちゃんが私のおかげで孤独じゃなかったなんて驕ることはなかった。

 けれどお兄ちゃんは音楽堂のことでしみじみと私に感謝をしてくれる。


「私にとってはお兄ちゃんが全てだった……私の世界はお兄ちゃんを中心に回ってた」


 好きで好きでたまらなかった。

 小さな頃からお兄ちゃんだけを追いかけていた。

 これからもお兄ちゃんを追いかけ続けるのだろう。


「お兄ちゃんの弟で良かったよ」

「イデオン、僕もイデオンの兄で良かった」


 抱き締められて違う感情が生まれそうだったけれど、私はそれを無視して、お兄ちゃんの「可愛い」弟でい続けることを選んだのだった。

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