4.ミカンちゃんの出産
ミカンちゃんの妊娠を知らされた翌日、魔術学校に行くとダンくんが詳しいことを話してくれた。
「お医者さんは規格外に大きいウサギだから出産もどうなるか分からないけど、母親を刺激せずに自然に産むのに任せてたら大丈夫って話なんだ」
「ミカンちゃんはリンゴちゃんが傍にいても大丈夫? 気が立ってたりしない?」
「リンゴちゃんは一生懸命ミカンちゃんのところに食べ物を持って行ってるよ。今のところは警戒されてないみたい」
ミカンちゃんは自分の厩舎に巣のような場所を作ってそこに籠っているので、リンゴちゃんが毎食食べ物を持って行っているのだとダンくんは教えてくれた。通常のウサギは夫婦で子育てをする習性はないようなのだが、リンゴちゃんはミカンちゃんのお世話をしっかりとしているようだ。
「リンゴちゃんの分も食べ物持って行っちゃうから、リンゴちゃんがちょっと痩せたかな」
「リンゴちゃん……ちゃんとお父さんしてるんだね」
夫としても父親としても責任感を持って動けているリンゴちゃんに私は感動してしまった。話を聞いていたフレヤちゃんも興味津々である。
「たくさん生まれたら、うちにも一匹分けてくれるかな?」
「何匹生まれるか分からないんだよな。普通だと数匹、多かったら十匹以上生まれることもあるってお医者さんは言ってたし」
「たくさん生まれたら貰い手を探さなきゃいけないけど、ある程度はルンダール家とベルマン家でも育てられるよ。オースルンド家でも一匹欲しいって言われてるし、フレヤちゃんも一匹もらってくれるみたいだし」
「ウサギの赤ちゃん、楽しみだわ」
ウサギの妊娠期間は一か月程度なので、来月にはもう生まれて来ると言う。ミカンちゃんを刺激しないように出産に立ち会うことはできないが、困ったことがあったらすぐに分かるようにしなければいけない。
出産が命懸けの行為だということを私はカミラ先生でよく分かっていたし、ダンくんもミカルくんが産まれたときのことを思い出しているようだ。
「リンゴちゃんなら近寄れるみたいだから、リンゴちゃんの首に魔術具を付けよう」
「それで映像が見られるようにすればいいね」
「出産が近くなったらダンくんの家に泊まり込んでも良い?」
「ヨアキムくんとファンヌちゃんも一緒に来いよ」
話は纏まりかけたところで、フレヤちゃんの発言がダンくんを動揺させた。
「私も見たい! 泊まり込んで良い?」
「ふ、フレヤちゃんが、うちに泊まり込むのか!?」
14歳のフレヤちゃんは年頃の女の子である。ダンくんは誕生日が来て既に15歳になっている年頃の男の子である。他の家族がいるとはいえ二人が同じ屋根の下というのは意識してしまうものだろう。
特にダンくんはフレヤちゃんのことが好きで告白の返事を待っている最中だった。
「ダンくん、卒業のとき、私をプロムに誘ってくれる?」
プロム。
いわゆる、プロムナードと言われる卒業の年度に行われるダンスパーティーのようなもの。参加は自由なので私はお兄ちゃんが参加していないことをしっていたが、パートナーとして誘う相手は学年が違っても、学外の者でも構わないので、毎年卒業生がフォーマルな格好をして夜に魔術学校に集まる日であるという認識が私にはあった。
パートナーがいないので私は卒業のときもお兄ちゃんと同じように不参加を貫こうと思っていたが、ダンくんはフレヤちゃんにパートナーとして選ばれている。
それは告白の答えなのではないだろうか。
「誘う。ジュニア・プロムにも誘う!」
「そのときまでは、特別な友達のままでいましょう」
「分かった」
ジュニア・プロムとは卒業の前の年に行われるプロムの小規模版のようなもので、そのときにもパートナーを選んで生徒は夜に魔術学校に集まってダンスやお喋りを楽しむ。
社交界に出る前の練習のようなものだと認識しているが、パートナー選びが将来に関わってくることもあるのだ。そのパートナーにダンくんを選んだということは、フレヤちゃんはダンくんが好きだということだ。
ただ、まだお付き合いするには早いので、成人するまで待って欲しいと言っているように私には感じられた。
「私もシベリウス家の後継者になって、ベルマン家のダンくんに並べるようになるから、それまでは待っていてね」
「う、うん」
嬉しいのかダンくんはそれ以上何も言えなくなっている。
私の大事な幼馴染が目の前で両想いになった。そのことに私も感動していた。
「それで、泊まりに行って良いか、聞いてくれるの?」
「聞くよ。フレヤちゃんのうちの子になるかもしれない子ウサギが生まれるんだもんな」
いい返事をもらってダンくんは上機嫌だった。
これからダンくんとフレヤちゃんの邪魔をしないように、馬車も別にした方が良いのかと考えたけれど、二人ともその辺は気にしないようだった。
「イデオン、いてくれよ。二人きりだと意識しすぎて変なこと口走りそう」
「今までと変わらないのが一番嬉しいわ」
ダンくんには縋り付いてお願いされるし、フレヤちゃんにはあっさりと言われるしで、私はその後も変わりなくフレヤちゃんとダンくんの馬車に乗って登下校することになる。
それも来年までのこと。
来年には移転の魔術が自由に使えるようになる。そうなれば私は魔術学校に入学してくるヨアキムくんとファンヌを連れて移転の魔術で魔術学校に通うことができた。
馬車で登下校する最後の一年。
これも大事な思い出になりそうだった。
リンゴちゃんの首に魔術具を取り付けて、ミカンちゃんを見張ること二週間、ミカンちゃんのお腹は大きくなって動くのが億劫そうに藁を敷いた厩舎の端に横たわっていた。
そろそろだという知らせを受けて、私はヨアキムくんとファンヌを連れてベルマン家に行く。お兄ちゃんも執務が終わったら合流する予定だった。
ベルマン家に着くと、リンゴちゃんが厩舎から出て来た。ヨアキムくんにすり寄って、ヨアキムくんもしっかりとリンゴちゃんを抱き締める。
「ミカンちゃんを応援して! 頑張ってきて!」
ウサギは鳴かないので返事はしないが、リンゴちゃんは決意した目で厩舎の中に入って行った。私たちは先に着いていたフレヤちゃんと一緒に、リビングでリンゴちゃんの首についている魔術具から送られてくる映像を見る。
リンゴちゃんが運んできたキャベツにミカンちゃんはもう手を付けていない。
「ウサギの出産は夜になるんだって」
「それなら、晩御飯を食べておいた方がいいよな」
調べていたフレヤちゃんに言われて、ダンくんがサンドイッチなど映像を見ながらでも食べられるものを用意してもらう。食べているとお兄ちゃんがベルマン家に到着した。
「もう生まれた?」
「まだだけど、ミカンちゃん苦しそう」
苦しそうにしているミカンちゃんを刺激しないようにリンゴちゃんは少し離れて見守っているようだ。後ろを向いてしまったのでよく見えないけれど、ミカンちゃんはお腹を舐めているようだ。
大きなミカンちゃんの背中しか映っていない映像をじっと見ていると、ミカンちゃんが何か食べているのが分かった。
「赤ちゃん!?」
「赤ちゃんを食べちゃったのか!?」
ヨアキムくんの声に慌てて厩舎の方に走ろうとするミカルくんを、お兄ちゃんが止めた。
「多分、胎盤を食べてるんだと思うよ」
「たいばん?」
「赤ちゃんを包んでいる血のベッドみたいなもの。母乳を出すために草食動物でも、出産の後は必ず食べるんだ」
ミカルくんに説明するお兄ちゃんを見て、私はお兄ちゃんが教えてくれた後産という言葉を私は思い出していた。胎盤が出て来たということは、赤ちゃんが産まれたということなのだろう。
寝そべるミカンちゃんのお腹に吸い付いて、お乳を飲んでいる赤ちゃんがいる気がする。
「一匹、二匹、三匹……三匹だけ?」
ウサギは多胎妊娠で数が多い。十匹以上になるかもしれないと聞かされていた私は拍子抜けしてしまった。その後も観察していたがミカンちゃんのお腹から赤ちゃんが産まれる気配はなくて、ミカンちゃんは赤ちゃんにお乳を上げた後リンゴちゃんが運んで来ていたキャベツをむしゃむしゃと食べて眠ってしまった。
眠ったミカンちゃんを労わるようにリンゴちゃんが鼻をすり寄せて、それから私たちの元へ戻ってくる。
「リンゴちゃん、お父さんになったね。おめでとう」
ヨアキムくんがリンゴちゃんの好物の林檎をお祝いに渡すと、リンゴちゃんは真っすぐに厩舎に戻ってミカンちゃんに届けていた。立派な父親の姿に私は涙が出てきそうになる。
「ミカンちゃんの元に一匹、オースルンド領に一匹、フレヤちゃんのところに一匹かな」
「嬉しいわ。でも、あの子たち、すごく大きくない?」
フレヤちゃんに言われるまで気付かなかったが、生まれて来た赤ちゃんはリンゴちゃんとミカンちゃんの大きさで誤魔化されていたが、既に大人のウサギくらいはあった。
しばらくはリンゴちゃんに食事を運ぶのを任せて子ウサギには会えないけれど、育ってミカンちゃんと一緒に厩舎から出てくるようになった子ウサギがどれくらいの大きさに育っているのか。
楽しみなような、怖いような、私は複雑な気持ちだった。
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