1.国王陛下の結婚式に向けて
国王陛下の結婚式は夏に挙げられることになった。
ルンダール領には既に注文が来ていた。
「国王陛下の結婚式の晩餐会で、テーブルに飾る花がアバランチェに決まったって!」
「早速? デシレア叔母上に連絡しなきゃ」
「ブレンダ叔母上とイーリスさんの結婚式のブーケとコサージュが評判が良かったみたいなんだ」
ルンダール領から贈った白い大輪の薔薇アバランチェとブルースターのブーケとコサージュ。四公爵の娘同士の結婚ということで国王陛下直々には来られなかったが王都からも王族が来ていた。それでブーケとコサージュのことを国王陛下に話されたのだろう。
華やかで清楚なアバランチェを選んだデシレア叔母上の目は確かだったということだ。
「食事の合間で飲まれるお茶に花茶が選ばれてるよ」
「花茶も!?」
「デザートのときにはスヴァルド領のフルーツの香りのついた紅茶だね」
一つ一つ注文を確かめるお兄ちゃんと私はこの大きなチャンスに心を躍らせていた。国王陛下の結婚式で使われる花、食器、お茶、お酒、小物まで、どの領地のものが選ばれるか。それによって今後のルンダール領がこの国でどれだけ存在感を出せるかがかかっている。
食器はノルドヴァル領のもの、ドレスやタキシードはオースルンド領の生地を使って仕立てる方針のようだった。
「ドレスと合わせられるブーケやブートニアの売り込みもしなくちゃ」
「デシレア叔母上と相談だね」
妊娠しているデシレア叔母上に無理をさせたくない気持ちはあったけれど、デシレア叔母上のセンスが確かなのはブレンダさんとイーリスさんの結婚式で証明されている。
候補を挙げてもらって、私たちが王都に売り込みに行く計画も立てられる。
完全に商売にばかり気を取られていた私は、お兄ちゃんが悩ましい表情で私を見ていることに気付いていなかった。
魔術学校に行っても、私たちの話題は国王陛下の結婚式のことばかりだった。
「ルンダール領からはオリヴェル様とイデオンくんが招かれるんでしょう?」
「私が!?」
すっかりと忘れていたけれど、お兄ちゃんは王都で何かあった場合には、自分には伴侶がいないので代わりに私を連れて行くと宣言していた。結婚式もそうなると一緒に出席することになるかもしれない。
「イデオンくんはセシーリア殿下の婚約者だもの」
そっちもあった。
セシーリア殿下の婚約者として国王陛下の結婚式に参列するのならば、私はセシーリア殿下の隣りに立たなくてはいけない。小柄なセシーリア殿下よりも背が低くて細身なのも劣等感を煽るし、何よりもお兄ちゃんの隣りではないというのに緊張感で耐えられる気がしない。
国王陛下の結婚式までにセシーリア殿下と婚約解消しなければいけない。そのことでお兄ちゃんは悩んでいたのかもしれないと頭を過ったがルンダール家に帰った私は、お兄ちゃんと二人きりで執務室に籠っていた。
カミラ先生もビョルンさんも席を外してもらってお兄ちゃんが話したいこととは何なんだろう。
「恩赦が出るかもしれないんだ」
「恩赦?」
聞きなれない言葉に私はお兄ちゃんに聞き返してしまった。
「恩赦って言うのは、国の祝い事に合わせて罪人の刑を軽くしたり、なくしたりさせる制度だよ」
「罪人の……え!? なんで!?」
罪人の刑を軽くしたり、なくしたりさせることになんの意味があるのか。
私の両親はお兄ちゃんのお母様であるアンネリ様を殺した罪人だし、コーレ・ニリアンも、ベンノ・ニリアンも、ヨアキムくんのアシェル家の両親も罪人として牢獄の中にいる。ランナルくんの両親も使用人さんを殺したり、私の殺害未遂で牢獄にいる。
そういうひとたちの刑を軽くしたり、なくしたりして、牢獄から出てきたら私たちはどうなるのだろう。
「イデオン、殺人は終身刑か死刑だから、イデオンの両親やニリアン家の二人が出てくることはないと思うんだ」
「そ、そうなんだ……良かった」
「でも、ヨアキムくんの両親のアシェル家の夫婦は、まだ誰も殺していなかった」
禁呪である呪いを蓄積させる魔術をヨアキムくんにかけて、暗殺用に育てようとしていたが、ヨアキムくんは早いうちにルンダール家に引き取られて呪いも既に抜けている。乳母さんでヨアキムくんのお母さんのビルギットさんが亡くなったのはヨアキムくんのかけられた呪いのせいで、あの夫婦は間接的にしか関与していない。
「つまり、ヨアキムくんの両親って言いたくないけど、アシェル家の夫婦は出てくる可能性があるってこと」
「アシェル家は呪いの家系だから、ルンダール家を恨んでいる貴族がアシェル家の夫婦を受け入れるかもしれないのか」
ルンダール領にもまだルンダール家の味方とは言えない貴族が少数だが残っている。そういう貴族からしてみれば、アシェル家の夫婦は利用できる駒に思えるのだろう。
ヨアキムくんはもうあの二人に会っても何か感じることはないだろうが、あの二人は確実にヨアキムくんと私たちルンダール家の人間を恨んでいる。
「警戒しなきゃいけないってことか」
恩赦なんて言う制度があったことを知らなかった私にとっては、お兄ちゃんが悩んでいたことがようやく理解できてヨアキムくんとファンヌを守らなければいけないという決意に心を燃やした。
話を切り替えてお兄ちゃんが国王陛下の結婚式に言及する。
「国王陛下の結婚式では、イデオンは僕の隣りに座ってくれるんだよね?」
それを私に聞かれても答えに困ってしまう。
私が決められることではないのは分かっているのに、なぜかセシーリア殿下の件になるとお兄ちゃんは急に子どもっぽくなる気がする。
「私もお兄ちゃんのお隣りに座りたいけど……って、私が出席するのは決定なの?」
「国王陛下にどんなときもイデオンを連れて行くって約束したよ」
「それはそうだけど……」
審議のときだけでなく、招かれていない結婚式に行って良いものなのだろうか。
セシーリア殿下の婚約者として出席なんて考えるだけで気が遠くなる。緊張で倒れてしまうに決まっているから、どうしても出席しなければいけないのならばお兄ちゃんと一緒が良い。
「直談判しよう」
私は通信具を手に取った。
立体映像が浮かび上がってセシーリア殿下の形になると、まず挨拶をする。
「ルンダール領のイデオンです。国王陛下の結婚式の件ですが、私はセシーリア殿下の婚約者として出席しなければいけないのでしょうか?」
『セシーリアです。わたくしの婚約者として出席するのになにか問題が?』
「婚約は破棄したいと私はお伝えしたつもりですが」
『イデオン様の好きな相手をわたくしはまだ聞いておりませんわ』
白状しないと婚約は破棄させてもらえない!?
私の隣りにはお兄ちゃんがいて、事の成り行きを見守っている。そんな状況で「お兄ちゃんのことが好きです」なんて言えるわけがない。
お兄ちゃんにはこの気持ちは隠しておきたいのに、セシーリア殿下はなぜか暴こうとする。
「セシーリア殿下、横暴ではありませんか?」
「お兄ちゃん!?」
『わたくしを横暴とは、失礼な物言いですね』
「新しい法案が成立して、施行されて、貴族同士の政略結婚は認められないことになっております。セシーリア殿下のなさっていることは、時代錯誤では御座いませんか?」
とても丁寧な言葉でお兄ちゃんがセシーリア殿下を貶している。
いつも穏やかで優しいお兄ちゃんの青い瞳が、冷たい青い炎のように燃えていた。
『ルンダール領の若き当主は遠慮がありませんこと。分かりました、わたくしの負けです。オリヴェル様のお隣りで参列されたら良いでしょう』
「ありがとうございます! 婚約の件は……」
『それでは、失礼します』
婚約破棄の件には触れないままセシーリア殿下は通信を切ってしまった。お兄ちゃんがぎりっと奥歯を噛み締める音がする。
「お、お兄ちゃん、とりあえず結婚式はお兄ちゃんのお隣りで良いみたい」
「セシーリア殿下はイデオンのことが好きなんじゃないかな」
「いや、それはないと思う」
「イデオンは賢くて可愛くて頼りになるから」
まるでお兄ちゃんは嫉妬しているようだ。
そんなはずはない。
あのときに見た夢でお兄ちゃんは女の子に「パパ」と呼ばれていた。お兄ちゃんはいつか女の子の父親になるのだ。私に興味があるわけがない。
私は頭を振って思考を切り替えた。
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