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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十章 魔術学校で勉強します! (二年生編)
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28.お兄ちゃんへの愛の歌

 神聖魔術の選択授業は神聖魔術の才能がなければ受けても意味がないので、二年生になってもエリアス先生と二人きりだった。二人きりだからこそ個人的な話もできるし、相談もできる。

 発声練習をしてずっと歌っていると喉を傷めるので、適度に水分補給や休憩があるのだが、その休憩時間に私はエリアス先生に相談してみた。


「好きなひとがいるんです。そのひとに気付かれないように、愛の歌を捧げることができないでしょうか?」


 お兄ちゃんの誕生日には声楽を始めてから歌を捧げるようになっていた。ルンダール家の当主のお兄ちゃんには物質的に手に入らないものはないし、私の歌をお兄ちゃんが望んでくれたからだった。

 オースルンド領では詩を書くのだが、ルンダール領には古くから歌で愛を伝える風習がある。気付かれないようにならば私も歌でお兄ちゃんに求愛しても良いのではないだろうか。

 これは完全なる自己満足だった。

 私の話を聞いてエリアス先生はしばらく考えていたが、大量の楽譜の束の中から一枚の楽譜を抜き出した。


「大陸の歌です。発音が難しいですが、練習すれば歌えると思います」

「大陸の言語ですか?」

「古代語ならどうかと思ったのですが、イデオンくんが好きになるような相手ですから、教養があって古代語を魔術学校で習得していそうだと思いまして。それならば、大陸の言語で挑戦してみたらどうでしょう」


 すごい。

 お兄ちゃんのことを一言も口にしていないのに、エリアス先生は私の好きなひとが古代語を勉強していると見抜いてしまった。

 古代語は魔術や歴史の授業のために必要なので魔術学校では必須科目になっている。私も古代語を履修しているし、お兄ちゃんは古代語は完璧に習得しているだろう。

 古代語の歌詞だったらお兄ちゃんに意味が分かってしまうが、大陸の言語だったら分からないかもしれない。

 渡された楽譜は私の聞いたことのない旋律で、見たことのない文字が並んでいて難しそうだった。魔術で複写してもいいのだが、音楽を勉強するために楽譜を写すところからエリアス先生は始める。五線譜に楽譜を写していくうちに、この曲がかなり広い音域がないと歌えないことが分かって来た。


「低い音が出ますかね」

「今のイデオンくんなら不可能ではないと思いますよ」


 高音域の方が得意な私にとっては、この曲は難題になりそうだった。それでもお兄ちゃんの誕生日までには仕上げたい。


「休み時間も声楽室に通ってきていいですか?」

「やる気ですね、イデオンくん。大歓迎ですよ」


 協力してくれるエリアス先生に甘えることにして、私はその日から休み時間はお弁当を掻き込むように食べて声楽室に駆け込んだ。ダンくんもフレヤちゃんもイェオリくんも、私が必死になって練習しているのを特に言及せずに送り出してくれた。

 ギリギリまで練習して教室に駆け戻って、息を切らせながら次の授業を受ける。そんな日々が続いて季節も秋から冬へと変わる頃、私はその歌をほとんど歌えるようになっていた。

 残りは低い部分が聞くに値する綺麗な声で出せるかどうかなのだが、調子のいいときはちゃんと歌えるのだが、喉の調子が整っていないと上手く出せなくて綺麗に響かない。


「毎回最高の状態になればいいんですけどね」

「どうすればいいですか?」

「低い声の発声練習を増やしましょう」


 エリアス先生もこの曲の完成に向けて力を入れてくれていた。

 放課後も練習して帰るので特別にルンダール家から馬車を出してもらうことにして、私はお兄ちゃんの誕生日に向けて励んだ。

 冬休み前の試験も問題なく合格できて、神聖魔術に至っては最高得点を叩き出したが、私の歌はまだ完成していなかった。後は練習あるのみとエリアス先生も冬休みに入る私を励ましてくれた。

 ルンダール家の音楽室で一人で練習していると、扉が叩かれて私は慌てて楽譜を畳む。入って来たのはファンヌとヨアキムくんだった。


「兄様、相談したいことがあるの」

「どうしたの、ファンヌ?」

「わたくし、ドレスをデシレア叔母上にいただいたでしょう?」

「僕もスーツをいただきました。でも、僕たちは成長期なんです」


 ドレスもスーツもすぐに着られなくなってしまう。

 そのことが二人にはもったいなくて悲しいのだという。


「オリヴェル兄様のお誕生日のパーティーにも、僕のお誕生日にも着てもいいでしょうか?」

「もっともっと着る機会がないかしら」


 あれだけ素敵な衣装をもらったのだ。できるだけ着たいという二人の気持ちはよく分かる。二人ともとてもよく似合っていたし、二人お揃いのようで可愛かった。


「リメイクができないかな?」

「リメイク、ですか?」

「小さくなった衣装に手を加えてもっと長く着られるようにすることだけど」

「もっとずっと着られるの?」


 それだけ気に入っているドレスとスーツならば、長く着られるようにしてあげたいのが兄心というやつだ。私はファンヌとヨアキムくんとお兄ちゃんの執務室を訪ねた。

 カミラ先生もビョルンさんもいて、お兄ちゃんは執務用のデスクに座っていて、いつも通りの仕事風景が見える。お兄ちゃんの隣りの椅子は私が座っていないので空席になっていた。


「イデオン、勉強してたんじゃないの?」

「ファンヌとヨアキムくんが、イーリスさんとブレンダさんの結婚式で着た衣装を気に入ってて相談に来たの」

「もっと長く着られるようにできませんか?」

「とっても素敵だから、ずっと着ていたいわ」


 二人のお願いにカミラ先生がファンヌとヨアキムくんの前に出る。


「ドレスとスーツを持ってきてくれますか?」

「はい!」


 走って部屋に戻って二人はドレスとスーツを持って来た。スーツとドレスを裏返してカミラ先生が丁寧に布を見ている。


「縫い代が広く取られていますね。特に裾と袖口は折り返しがあります。これなら、裾と袖を伸ばしてもう一年か二年は着られると思いますよ」

「本当ですか?」

「でも、着ていく場所があるかしら」


 眉を下げて悩むファンヌにカミラ先生が膝を曲げて視線を合わせた。


「着たいときに着てしまえばいいのです」

「こんなに綺麗なドレスをですか?」

「もったいないから着ない間に小さくなってしまったなんて、本末転倒ですよ。ファンヌちゃんとヨアキムくんが着たいときに着ればいいのです」


 それに、とカミラ先生は続ける。


「来年はファンヌちゃんとヨアキムくんは幼年学校卒業の年です。卒業式に着れば良いではないですか。可愛い二人にみんなが注目しますよ」


 そういえばそうだった!

 来年でファンヌとヨアキムくんは幼年学校を卒業するのだ。卒業式にデシレア叔母上が選んでくれたドレスとスーツで出られるなんて、二人とも嬉しくないはずがない。


「そうだわ、卒業式!」

「ファンヌちゃん、一緒に着ようね」


 来年度の卒業のことを考えて二人はドレスとスーツの問題に決着をつけたようだった。

 正式にお兄ちゃんがルンダール家の当主となってから初めての誕生日、パーティーにはルンダール領中の貴族たちが集まっていた。そのほとんどが私たちの味方だと分かっているので、安心してパーティーを進められる。

 それでも署名に賛成しなかった貴族がいることを私は忘れてはいなかった。警戒しなければいけない貴族がまだルンダール領にいる。


「わたくしのドレス、素敵でしょう? デシレア叔母上が選んでくださったの」

「僕のスーツもです」


 話しかけて来るサンドバリ家のビョルンさんの弟さんや妹さん、ニリアン家のデニースさんとエリアス先生と娘さんに、ファンヌとヨアキムくんが無邪気に話しかけている。


「とても愛らしいですわ」

「デシレア様はセンスが良いのですね」


 褒められてデシレア叔母上がクラース叔父上の陰に隠れて照れているのも私は微笑ましく見守っていた。

 パーティーが終わると、お兄ちゃんの手を引っ張ってスーツ姿のままで音楽室に連れて行く。

 ピアノの伴奏はできないので、最初に音を取った後で私は歌いだした。

 お兄ちゃんへの愛の歌。

 素直に言葉にしてお兄ちゃんに好きだと伝えることはできないけれど、気付かれないように気持ちを歌に込めることはできる。

 これは私からお兄ちゃんへの届かない求愛の歌だった。

 低い部分もなんとかうまく響かせて歌い終えると、お兄ちゃんが驚きに目を見開いていた。


「聞いたことのない曲だね。素晴らしかったけど……」

「大陸の歌なんだって。エリアス先生が教えてくれたんだ」

「物凄く素敵な歌だったよ。ありがとう」


 ごく自然に抱き寄せられて私は心臓が口から飛び出るかと思うくらい驚いてしまった。緊張して身体をこわばらせる私に構わず、お兄ちゃんは黙って私を抱き締めていた。


「お、お兄ちゃん?」

「感動しちゃって……ありがとう、イデオン、本当にありがとう」


 耳元で囁かれる声がいつもよりも熱い気がして、私は倒れそうになっていた。解放されるとお兄ちゃんは音楽室を出て行ったが、私はへなへなとその場に座り込んでしまった。

 お兄ちゃんの抱擁の意味を私は問いただすことなどできなかった。

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