26.アバランチェのブーケを
国を挙げての結婚式となるから式自体は来年になるが国王陛下とマルクスさんは婚約をして結婚の準備が着々と進められている。国王陛下が結婚されるのだから他の貴族たちは結婚を控えるべきなのだろうが、その点に関しても国王陛下はよく考慮されていた。
「法案が可決されてこれまで離婚できなかった夫婦、結婚できなかった恋人同士がようやく自分たちの意志に添うことができるようになった。国王に配慮して結婚や離婚や再婚の時期を遅らせるというのも、もう時代遅れと言える。誰もが自由にこの法案に従って欲しい」
国王陛下の宣言でルンダール領には既に生花や引き出物のお茶やカレー煎餅などの注文が入って来ていた。オースルンド領も同じくである。
その中でブレンダさんとイーリスさんが直々にルンダール領を訪れて注文をしていった。
「ウエディングドレスはオースルンド領に注文致しましたの」
「ブーケとドレスを飾る花の注文と、引き出物のお茶とお茶請けの注文に来たよ」
大事な叔母上のためにお兄ちゃんは法案の成立に尽力していたのだ。ブレンダさんとイーリスさんの結婚の報告と注文は嬉しくないはずがない。
「ブレンダ叔母上、イーリスさん、おめでとうございます」
「二人ともウエディングドレスなの?」
「お二人はオースルンド領で結婚式を挙げるのですか? スヴァルド領ですか?」
ファンヌとヨアキムくんに質問攻めにされてブレンダさんとイーリスさんは目を細めている。
「私が細身のドレスで、ボレロを着て胸に花をつけるんだ」
「わたくしが、ヴェールを被って裾の広がったウエディングドレスで、ブーケを持ちます」
「式はオースルンド領で挙げて、新婚旅行にスヴァルド領に行くことになっているよ」
「結婚後もわたくしはスヴァルド領に通って外交の仕事を続けます」
二人の話にファンヌとヨアキムくんが目を輝かせて聞いている。
結婚後は新居をオースルンド領に構えるようだが、イーリスさんは平日はスヴァルド領に仕事に通うという。片方の領地に捉われない。これも新しい結婚の形なのかもしれない。
「結婚のお祝いにお花はルンダール領から贈らせてもらおうよ」
「ブレンダ叔母上には本当にお世話になったからね」
私とお兄ちゃんが話していると、ブレンダさんが「とんでもない」と手を振る。
「可愛い甥にそんなことさせられないよ」
「オースルンド領の領主の娘と、スヴァルド領の領主の娘の結婚式ですから、みんなが注目します。ルンダール領にとっても宣伝になるいい機会です」
「父上と母上と同じようなことを言って」
どうやらブレンダさんとイーリスさんはウエディングドレスとヴェールも、オースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様からプレゼントされているようなのだ。
「スヴァルド領からは結婚式で出す果実酒や果物をたくさんいただく予定になっているし」
「わたくしたちをそれだけ祝ってくださっているということですわ。喜んでいただきましょう、ブレンダ様」
これまで許されなかった貴族の同性同士の結婚が許されるようになって、ブレンダさんとイーリスさんが祝福されて結婚することができる。そのことが何よりも二人は幸せそうだった。
法案の発起人としても尽力していたブレンダさんとイーリスさんは、貴族の同性同士の結婚の第一号になりそうだったし、何よりも四公爵家の娘同士の結婚ということで注目を集めること間違いなしだった。
注文を受けるためにデシレア叔母上を呼べば、幾つかのサンプルを持ってきてくれていた。
「お二人をイメージして、こちらをお持ちしたのですが」
デシレア叔母上の持って来たのは大輪の白い薔薇だった。ほんのりと緑を含む爽やかな白い色と凛とした大きな花が特徴的だ。
「アバランチェという薔薇の品種です。これにアクセントにブルースターを添えるのはいかがでしょう?」
「ブルースターはレイフ兄上の好きだった花です」
「ブレンダ様の兄上のお好きだったお花とこの美しい白い薔薇を一緒にするなんて、なんて素敵なんでしょう」
お墓参りのときにデシレア叔母上はレイフ様のお墓に供えられていたブルースターを見逃してはいなかった。さすが生花の栽培が盛んな領地を治めているだけはある。
ブレンダさんもイーリスさんもデシレア叔母上の提案に感激していた。
「アバランチェ……こんな大きな薔薇の花があるのですね」
「とても綺麗。ヨアキムくんの薔薇園にも植えられないかしら」
元はレイフ様がアンネリ様のために作った薔薇園は、すっかりとヨアキムくんのものになっている。その件に関してお兄ちゃんも文句はないようだった。
「苗木を分けますよ」
「デシレア叔母上、ありがとうございます」
すっかりとアバランチェに一目惚れしてしまった様子のヨアキムくんは、苗木をくださるというデシレア叔母上に深々と頭を下げてお礼を言っていた。
結婚できるようになるまでが長かったので、結婚式までの期間はできるだけ短くして、ブレンダさんとイーリスさんは大急ぎで準備をしていた。二人が祝福されて結婚する日も近い。
王城に戻ったお妃様は無事に前国王と離婚ができたという話を、私はカミラ先生とビョルンさんから聞いた。
「前国王様は自分の再婚のことばかり考えていらっしゃるようで」
「お妃様の叔父上も離婚されたそうですね」
私の暗殺を企んだり、お妃様に呪いのかかったイヤリングを贈って脅迫したお妃様の叔父上は、王都の牢獄に捕えられていたが、無事に奥方様はお妃様の叔父上と離婚できたようだった。成人している子どもたちは全員奥方様の籍に残っている。
王城に戻ったお妃様は政治について勉強をしているのだと聞いた。
「お妃様は聡明な方で、それで前国王様の妻として選ばれたのです。宰相閣下と共に国王陛下とセシーリア殿下を支えて行くことでしょう」
カミラ先生の言葉に私は頷いていたのだが、ふと自分のことを顧みる。法案が変わってしまったのだが、その前に婚約をしていたセシーリア殿下と私のことはどうなったのだろう。
セシーリア殿下に聞いてみようと通信をすれば、立体映像のセシーリア殿下は何かを企んでいるような笑顔をしていた。
『婚約を即座に解消したいくらい、わたくしのことがお嫌いですか?』
「嫌いとか、そういうわけじゃなくて、私との婚約は無理やり政略結婚をさせられないための仮初のものだったわけじゃないですか」
『イデオン様のこと、賢いですし、可愛いですし、わたくし、気に入っておりますのよ?』
立体映像の後ろに映っているランナルくんが眉を顰めているのが見えた。振り向くと私の後ろでお兄ちゃんも眉を顰めている。
どうすればいいのだろう。
「私、好きなひとがいますから!」
勇気を出して口にすると、セシーリア殿下が目を細めたのが分かった。
『わたくしのライバルはどなたですの?』
「い、言えません!」
『わたくしと婚約を解消して、その方と婚約をなさいますの?』
お兄ちゃんと婚約。
そんなことできるわけがない。
思わずお兄ちゃんを振り向いてしまうと、お兄ちゃんがものすごく驚いた顔をしているのが分かった。
「イデオン、好きなひとって……」
「な、内緒!」
お兄ちゃんに短く答えて、私はセシーリア殿下の立体映像と向き直る。
「セシーリア殿下も、ご自分を想ってくださる相手と結ばれてください」
『イデオン様はわたくしを想ってはくださらないのですか?』
「私の好きなひとは、セシーリア殿下ではありません」
『堂々と名前も言えない相手にイデオン様を譲るなど考えたくありませんわ。婚約は続行ということで』
そんな!?
待って欲しいという前にセシーリア殿下はさっさと通信を切ってしまった。
私を膝に乗せてランナルくんに見せつける程度にはセシーリア殿下はランナルくんのことを気にしているのではないだろうか。
それなのに私との婚約は続行したいなんて訳が分からない。
「イデオン、好きなひとがいるって、どういうこと? そのひとと一緒になってルンダール領を出て行くつもり?」
「お兄ちゃん、私はどこにも行かないよ」
いつになくお兄ちゃんの表情が真剣な気がする。
子どもだと思っていた弟に好きな相手がいるのが信じられないのだろうか。
それはお兄ちゃんなのに、私はそのことをお兄ちゃんに打ち明けるわけにはいかない。
お兄ちゃんにとって私は弟でしかないのだから。
「報われない恋だよ。諦められるかどうかは分からないけど」
「イデオン、僕にも話せないこと?」
詰め寄るお兄ちゃんにビョルンさんが間に入る。
「オリヴェル様、イデオンくんは微妙なお年頃なのですよ」
「はい……ごめんね、イデオン。つい、気になっちゃって」
諫められて謝るお兄ちゃんに告白できるものならしたかった。
それでも兄弟という関係を壊したくなくて、弟のままならばずっと傍にいられる気がして、私はどうしてもこの気持ちを口にはできなかった。
感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。
応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。