25.お墓参りとクラース叔父上の教え
ランナルくんはセシーリア殿下が好きで、セシーリア殿下はそれを試すために私を当て馬にした。膝に乗せられて失神して床に落とされた事件については許していないけれど、セシーリア殿下は自分がランナルくんと結婚するときのために法案にあれだけ協力的だったのだと私は思っていた。
それがどうも違うようなのだ。
「ドグラス・ルンベック宰相閣下の息子さんのマルクス・ルンベックさん……年齢は38歳だから国王陛下よりかなり年上だね」
宰相閣下がいずれ宰相の職を譲ろうと考えている非常に優秀な研究課程を卒業した末の息子さんと、国王陛下は思い合っていた。身分の差と年齢差で結婚を猛反対されることが分かっていたので隠していたが、法案が可決されて施行されたので公にした。
国王陛下もセシーリア殿下も結婚の法案に乗り気だったはずだ。国王陛下には結婚したい相手がいた。
「国王陛下はお兄ちゃんの一つ年下だから、21歳?」
「誕生日が来ているから、22歳になられていると思うよ」
「それでも17歳差か」
17歳と言えば国王陛下のご両親は19歳でセシーリア殿下を授かっているので、親子のような年齢差とも言える。なかなか国王陛下が公にできなかった理由も分かる気がした。
私とお兄ちゃんは学年が9つ、年齢は10歳くらい離れている。13歳と22歳だから差が大きいように思えるのかもしれないが、23歳と32歳でもやっぱり差は変わらない。
それでも年の差があっても結婚していいという例を国王陛下が示してくれることは他のもののためにもなるような気がした。
「結婚式は国を挙げて行われますから、来年になるでしょうね」
「どの領地も最高のものを用意して式に挑むでしょう」
カミラ先生とビョルンさんはルンダール領の目線でも、オースルンド領の目線でも国王陛下の結婚式に備えられるように考えているようだった。オースルンド領からはウエディングドレスやヴェール、タキシードの生地が国王陛下の結婚に際して贈られる。ルンダール領からは生花やお茶を売り込んでいかなければいけない。ノルドヴァル領は宝石や茶器を売り込むだろうし、スヴァルド領は式で飲まれる果実酒や食べられる果実を売り込んでいくだろう。
忙しい一年が始まる前に私たちはやっておかなければいけないことがある。
「カミラ先生、今年のお墓参りはご一緒しますか?」
お兄ちゃんの母上のアンネリ様が亡くなられたのは初夏だったが、私たちは毎年ヨアキムくんの実のお母さんだった乳母さんの墓参りと同時に秋にお参りに行っていた。
去年はヨアキムくんとお祖父様とお祖母様が水入らずでお墓参りをしたけれど、今年はカミラ先生はどうするつもりなのだろう。カミラ先生とビョルンさんはヨアキムくんを養子にして、ヨアキムくんの両親になっていた。
「そのことを話そうと思っていたのですよ」
「オースルンド領のカミラ様のご両親が、一度ヨアキムくんのお母様のお墓参りに行きたいと仰っているのです。うちの両親も行きたいと言っています」
「ヨアキムくんのお祖父様とお祖母様ともご挨拶をしたいということで」
そうなると今年はオースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様、サンドバリ家のビョルンさんのご両親も一緒ということになる。
「お墓参りの後でルンダール家で身内だけの簡単なお茶会を開いてはどうでしょうか?」
せっかく集まるのだから身内同士が親密になって欲しい。提案するとカミラ先生もビョルンさんも賛成してくれる。
「それは良いですね。私の両親に伝えましょう」
「私の両親にも」
ヨアキムくんのお祖父様とお祖母様にもお伝えするとして、今年のお墓参りは大勢になりそうだった。
秋が深まる頃には結婚の法案が施行された影響で結婚式も増えるだろうから、お墓参りは今年は早めに行くことになった。
ルンダール領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様、ヨアキムくんのお祖父様とお祖母様、ビョルンさんのご両親と弟さんと妹さん、デシレア叔母上とクラース叔父上、イーリスさんとブレンダさん、カスパルさんとリーサさんとディックくん、カミラ先生とビョルンさんとエディトちゃんとコンラードくん、私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくん。総勢二十三名の集団に墓守さんも驚いていた。
お花を供えてそれぞれに黙とうをして、ルンダール家に戻るとお茶会をする。よく晴れて空が高く澄んでいたので、庭でのガーデンパーティーになった。暑さもすっかりと落ち着いて涼しい風が吹いている。
「私たちは貴族でもないのによろしいのでしょうか?」
「大事な孫のヨアキムくんのお祖父様とお祖母様です」
「オースルンド領の領主様に言われるとは恐れ多い」
「同じ祖父母という立場で話してください」
オースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様は、気後れするヨアキムくんのお祖父様とお祖母様を話の輪の中に連れて行っていた。そこにサンドバリ家の家族が合流する。
「ヨアキムくんは本当にいい子で」
「ビョルンの息子になってくれて嬉しい限りです」
話題になっているヨアキムくんはもじもじしながらファンヌと軽食を取って食べていた。
私もお兄ちゃんとサンドイッチやスコーン、焼き菓子をお皿にとって、お茶と一緒に食べる。おにぎりが置いてあるスペースもあって、コンラードくんが「んぎぎぎぎぎぎ!」と噛み千切れない海苔と格闘していた。
「今年も私たちを招いてくださって良かったのですか?」
「デシレア叔母上とクラース叔父上は、私とファンヌの大事な家族です」
「いらしてくださって嬉しいですわ」
気にしているのはヨアキムくんのお祖父様とお祖母様だけではない。不安そうなデシレア叔母上には特に今日は来て欲しかった。
「これから結婚ラッシュが始まるかもしれません。そのときの生花の準備についても打ち合わせをしたかったですし」
「準備はもう始めております。ピンクッションやダリアにケイトウなど季節のお花に、ブルースターやデルフィニウムなど青い花も用意しています」
「青いお花ですか?」
「結婚式には何か青いものを身に着けると幸せになるという言い伝えがあるのですよ」
それでブーケやブートニアには青い花が混ぜられることが多いのだとデシレア叔母上は説明してくれた。
「ヘルバリ家の領地でもカレー煎餅やおかきを結婚式のお茶請けに選んでもらえるように売り込む準備をしています」
「クラース叔父上は抜かりがないですね」
「デシレア様と一生幸せに共にいるためには、ルンダール領が安定して潤っているのが一番大事ですからね」
大切なひとのために自分たちの住む領地を豊かにさせる。そんな考えがあるのだと私は驚いた。
私がルンダール家の補佐となるのはお兄ちゃんの仕事の負担を減らすため、ルンダール領が豊かになるためで、私とお兄ちゃんが幸せに暮らすためにルンダール領を統治するなんて言う考えはなかった。
「自分たちの幸せのために領地を統治するなんて、いいんですか……」
両親が重税で荒廃させたルンダール領をもう一度豊かにする。それを贖罪のように考えていたところが私にはあった。
領地が豊かになれば私やお兄ちゃんが幸せになれるなどという利己的な考えを持って良いのだろうか。
「領地が荒れればひとも荒れます。領民は領主のことなど考えてない。考えているのは自分たちの暮らしのことです」
「領民は領主のことを考えていない……」
「領主はそれでも領民を豊かにせねばならない。反乱が起きては元も子もないですからね。それだったら、領民を豊かにすることによって、領主が利益を得ても悪くはないではないですか」
授業をするように話してくれるクラース先生の言葉に私は目から鱗が何枚も落ちる思いだった。
お兄ちゃんが幸せになるために領地を豊かにする。それならば私が補佐をすることにも違う意味が出て来る。贖罪ではなく、自分たちの幸せのために領地を治めて良い。その結果として領民が豊かになって、ルンダール領全体が落ち着けば何よりではないか。
「勉強に、なりました」
「イデオンくんは、一番大事なことを教えてもらっていなかったのですね」
「一番大事なこと、ですか?」
「自分が幸せになる道を、選んで良いということです」
私が幸せになる道を選んでいい。
そう言ってくれるクラース叔父上は、デシレア叔母上がドロテーアのことで悩んでいても幸せになって良いのだと言ってくれるだろう。改めてデシレア叔母上の相手がクラース叔父上で良かったと思った。
「お兄ちゃんを、幸せにするために」
私のルンダール領統治への心構えが変わった瞬間だった。
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