5.旅行の夜
お昼ご飯を食べると、海で遊んで疲れたヨーセフくんは眠くなったのか、セバスティアンさんに連れられて家に帰って行った。海の中では浮力があるので身体が軽い気がしていたが、海から出るとどっと疲れが襲って来る。
あまりお昼寝はしない年になっていたが、その日はファンヌと私はお昼寝をした。部屋が二人ずつの部屋しかなかったようで、ファンヌと私が同じベッド、お兄ちゃんが隣りのベッドで同じ部屋で、リーサさんとセバスティアンさんは別々の部屋で泊ることになっている。
鍵はかかるが、同じコテージの中で行き来ができるので、夜中に困ったことがあればリーサさんの部屋にもセバスティアンさんの部屋にも行って良いことになっていた。
おやつはセバスティアンさんがヨーセフくんを送った帰りに買ってきてくれたチュロスだった。目が覚めるといい匂いがして、リビングに出て来た私とファンヌに、揚げたてのチュロスが差し出される。
思わずセバスティアンさんが手に持ったままで齧ってしまって、ファンヌは目を輝かせた。
「おいちい!」
「ファンヌ、受け取って」
「あ、ごめんなしゃい」
紙に包まれたチュロスを持って、もしゅもしゅと食べ始めるファンヌを、さりげなくお兄ちゃんが椅子に座らせる。まだ3歳なので食欲の方が勝ってしまって、周囲を気にしないところがあるのが、ファンヌは可愛いのに玉に瑕だ。
リーサさんが入れてくれたミルクティーを飲みながら、私もサクサクのチュロスを食べる。
「おいしい……おにいちゃん、これ、つくれる?」
「レシピが分かるかな」
帰ってからもこれが食べたいし、カミラ先生にも食べさせてあげたい。
そう主張する私に、お兄ちゃんは帰るまでにレシピを探しておいてくれると約束した。私とファンヌがお昼寝をしている間、お兄ちゃんは部屋で宿題をしていたようだった。
「明日は向日葵駝鳥を見せてもらえることになったから、自由研究の課題になりそうだよ」
「ヨーセフくんのおうち、いっていいの?」
「息子夫婦は忙しくしているかもしれませんが、向日葵駝鳥は見に来ても構わないとのことでしたよ」
夏休みで幼年学校は休みになっているが、両親は忙しくて、つまらなくて家を抜け出してセバスティアンさんのところに来たヨーセフくん。同年代の子と遊んだのは初めてだったが、ヨーセフくんはどちらかといえば、私よりもファンヌに夢中だった気がする。
「ファンヌ、ヨーセフくんのことどうおもう?」
「どう? どゆこと?」
「えーっと、すきとか、きらいとか」
「ふちゅー」
あっさりと普通と言われてしまったヨーセフくん。どうやらファンヌへの気持ちは実らなさそうである。
「イデオンは、ヨーセフくんのこと、どう思うの?」
逆にお兄ちゃんに聞かれて、私は答えを用意していなかったので、動きが止まってしまった。色々と親切にしてくれるし、お兄さんぶってはいるが、なんというか、年下なのに申し訳ないが、私にとってヨーセフくんは深い関わり合いになれる相手だとは思わなかった。
「なんていえばいいんだろう……こども?」
お兄ちゃんと一緒にいるせいか、私は考えが大人びてしまったようだった。年上のヨーセフくんの言動も、なんとなく子どもっぽく感じられてしまう。それなら、ファンヌの方が根性があるし、強いし、自己主張が激しいし、私の中では存在が大きい。
「幼年学校に行ったら、あれくらいの子どもがいっぱいいるんだよ? お友達になれるかな」
「おともだちなんて、いなくていいよ。おにいちゃんと、ファンヌがいれば」
「……ごめんね、本当は、そんなこと言っちゃダメって言わなきゃいけないんだろうけど、僕もイデオンがヨーセフくんと仲良くなったら、置いて行かれるような気がしてた」
ルンダール家の次期当主だが、私の両親に疎まれて、病弱だという噂を流されていたお兄ちゃんは、学校でも腫れ物に障るような扱いで、心許せる友達がいなかったのだという。それどころか、何日もお風呂に入れなかったりすると、「臭い」とか「汚い」とか、陰口を叩いて来たり、洋服も同じものばかり着ていると、「ルンダール家の子どもなのに」と言われたり、同年代の子どもにはいい印象がないという。
魔術学校に入ってからは多少は改善されたが、それでも、貴族が下心を持って近付いてくるくらいで、友人と呼べる存在はいなかった。
「お屋敷に帰れば、旦那様と奥様はつらく当たるけど、イデオンとファンヌがいると思って頑張って勉強してたから、今更二人とは離れられない」
「オリヴェルおにぃたん、わたくち、じゅっと、いっちょ」
「わたしもおにいちゃんとずっといっしょだよ」
抱き締め合う私たちを見て、リーサさんが「もう我慢できない」と口を開いた。
「カミラ様が今回こちらに来られなかったのは、イデオン様とファンヌ様を正式にルンダールの養子に迎えるための煩雑な手続きがあったからなのです」
「わたしが、ルンダールけの、ようしに?」
「にぃたま、ようちって、なぁに?」
「ルンダールけの、こどもになるってことだよ」
「じゃあ、わたくち、いままで、どこのこどもらったの?」
産まれたときからルンダールのお屋敷にいて、カミラ先生が来るまで庭にしか出たこともなかったファンヌにとって、その疑問は当然のものだった。僅か5歳の私も、言われてみれば、その疑問に答えられない。
ルンダール家の子どもは今のところ、お兄ちゃん一人だけ。それならば、私とファンヌはどこの子どもだったのだろう。
疑問に答えてくれたのは、お兄ちゃんだった。
「イデオンとファンヌは、ケント・ベルマンとドロテーア・ベルマンの子ども、つまり、家名はベルマンだったんだ」
「ルンダールは?」
「ルンダールのお屋敷に住んでいたけど、僕が成人するまでの間ってことになっていて、本当は、ベルマン家の子どもなんだよ」
「わたくち、ルンダールのこどもじゃなかった!?」
ショックを受けているファンヌを馬鹿にできるはずもなく、私もそのことに全く思い至らなかった自分にショックを受けていた。
お兄ちゃんと血が繋がっていないことは分かっていたが、こんなにもはっきりと、私とお兄ちゃんの立場は違った。それなのに、お兄ちゃんは自分の実の弟妹のように、私とファンヌを可愛がって、お屋敷の中で待遇が良くなるように駆け回ってくれた。
「叔母上が手続きをしてくれているのなら、じきにルンダールの子どもになるよ。良かった。イデオンとファンヌを返せとベルマン家に言われても、僕は絶対に嫌だったからね」
どんなに面倒で困難な手続きがあっても、カミラ先生ならばやり遂げるだろう。両親がルンダール家の領地欲しさに前当主を毒殺した罪人だとしても、私たちには関係ないと証明してくれる。
むしろ、両親を断罪して、裁きにかけさせたのは、私たちだった。
絶対の信頼をカミラ先生には寄せていたので、養子の件に関しては安心していた。
晩御飯を食べて、お風呂に入って、歯磨きも終わらせると、ファンヌが人参のポシェットからクマのぬいぐるみを出して、テーブルの上にセットする。全員が椅子に座ってから声をかけると、カミラ先生から返事があった。
『こんばんは、可愛い子たち。楽しんでいますか?』
「あしたは、セバスティアンさんのおまごさんのおうちで、ひまわりだちょうをみせてもらえることになりました」
「向日葵駝鳥のことを、夏休みの自由研究の課題にしようと思っています」
「ちゅかまえる!」
口々に報告すると、通信機の向こうでカミラ先生が笑う。
『勉強になりそうですね。ファンヌちゃんは、蹴られないように気を付けてくださいね』
「あい!」
お手手を上げて返事をしたファンヌに、私は我慢できなくて、カミラ先生に聞いていた。
「わたしたちを、ルンダールのようしにむかえるために、カミラせんせいはおいそがしいのだとききました。ほんとうですか?」
『リーサさんは言ってしまったのですね。驚かせようと思ったのに』
「イデオンとファンヌは、正式に僕の弟と妹になるんですね?」
『そうですよ。書類の審査が通りました。みんなが帰って来る頃には、イデオンくんとファンヌちゃんは、ルンダールの子になります』
嬉しい知らせに、私はお兄ちゃんに飛び付いてしまった。
罪人の子として、いつルンダールを追われても仕方がない。それは覚悟したうえで両親を断罪したし、その後もカミラ先生とお兄ちゃんの好意でお屋敷には残れていたが、使用人にされても、両親の実家に帰されても仕方がないとは思っていた。
それが、なんの心配もなく、ルンダール家にずっといることができる。
まだ旅行は残っているが、帰ってからも、嬉しいことが待っているかと思うと、時間が過ぎるのが全く苦ではなかった。
感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。
応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。




