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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十章 魔術学校で勉強します! (二年生編)
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23.コンラードくん、4歳の誕生日

 温泉旅行は帰りも船に乗った。

 一泊だけだったけれどその間にダンくんとフレヤちゃんの関係は変わったのだろうか。二人とも前と同じようにしているけれど、ダンくんはフレヤちゃんに気持ちを伝えて、フレヤちゃんはダンくんに自分の気持ちが分かるまで待っていて欲しいと答えた。

 早朝の海は風が涼しく、デッキに出た私たちは揺れと風に飛ばされないようにしながら遠ざかる小島を見ていた。


「また来たいね」

「次はコンラードくんとエディトちゃんも一緒に行きたいですね」


 ファンヌとヨアキムくんが話している。帽子が飛ばないように押さえているのが怠くなって船室に入るとお兄ちゃんが敷物を敷いて準備をしてくれていた。


「港町に着いたらカリータさんが合流してくれるって通信があったよ」


 海辺の領地はシベリウス家が統治している場所だ。私たちが来ていることをカリータさんは聞いたのだろう。


「カリータ様が!」

「帰りは移転の魔術で送ってくれるって」

「助かるわ。カリータ様、私が助手として通ってる間も迎えに来て、送って行ってくれるの」

「女の子だからね」


 女性が危険なく行動できるような治安の良い領地にしたいものなのだが、実際には今の状況ではそれは難しいことは分かっている。取り潰しになったバックリーン家の子息のような輩がいないわけではないのだ。

 それにフレヤちゃんの家から列車で通うにはシベリウス家の領地までは半日かかってしまう。それでは仕事にならないので移転の魔術で送り迎えしてもらっているのだろう。

 お兄ちゃんとフレヤちゃんが話しているとダンくんがフレヤちゃんを誘って船室の端に行った。二人で何か話しているようだ。

 漏れ聞こえてくるのは「夏休みの課題」とか「バイトが休みの日」とかだから、フレヤちゃんのバイトが休みの日にベルマン家でダンくんと二人で課題をしようと誘われているのかもしれない。ベルマン家の書庫をフレヤちゃんは使えるし、悪い話ではないはずだ。

 ほっぺたをちょっと赤くして一生懸命話しているダンくんにフレヤちゃんの表情は柔らかい。ずっと幼い頃から一緒なので警戒心はないのかもしれない。警戒された方がダンくんはショックを受けるからその方が良いだろう。


「私は……」

「イデオン?」


 私はお兄ちゃんに妙な反応をして飛び上がってしまったり、お茶をかけてしまったりしたが、お兄ちゃんは傷付いていないだろうか。隣りに座るお兄ちゃんの顔を見ると首を傾げている。


「変な態度を取っちゃってごめんなさい」

「ん? いつのこと?」

「手を振り払ってお茶をかけちゃったり、お兄ちゃんが近付くと飛び上がっちゃったりしたこと……」

「気にしてないよ。どうしたの、急に」


 逆に問い返されて私は言葉に詰まってしまった。

 お兄ちゃんにとっては私は弟でずっと一緒にいた相手なのに、急に態度を変えられたら嫌だったのではないかと思ったのだ。

 けれどお兄ちゃんの対応は大人だった。何事もなかったかのように流してくれている。

 それが意識されていないということなのかとちょっと落ち込んでしまう。お兄ちゃんにとって私はただの弟で、態度が変わったのも反抗期としか思われない。

 お兄ちゃんが好きだ。

 ダンくんのように私は勇気を出して言うことができない。

 もやもやとした胸の内を抱えたままに船は港について港でカリータさんと合流した。


「旅行は楽しかったですか?」

「とても楽しかったです。カリータ様、明日からバイトに行きますね」

「明日からまたお迎えに行きますね」


 カリータさんとフレヤちゃんは良き師弟関係を築けているようだった。

 お祖父様とカリータさんがベルマン家とフレヤちゃんを移転の魔術で連れて行き、私とファンヌとヨアキムくんはお兄ちゃんに移転の魔術で連れて帰ってもらうことになった。

 手を繋いで準備をしてから、フレヤちゃんとベルマン家の一行に挨拶をする。


「温泉楽しかったです。ありがとうございました!」

「アイノちゃん、また遊ぼうね!」

「ミカルくんも遊びましょうねー!」


 ファンヌとヨアキムくんも笑顔で挨拶をして移転の魔術でルンダール家のお屋敷まで連れて行ってもらった。

 夏休みももうあと少し。

 オースルンド領でもコンラードくんは祝われるがルンダール領でもお祝いしたくて私たちはケーキを作ってコンラードくんの訪問を待っていた。日程をずらして小島に旅行に行っていたカミラ先生とビョルンさんとエディトちゃんとコンラードくんも無事に帰ってきて、カミラ先生とビョルンさんは執務を手伝ってくれるためにルンダール家に来ていた。

 コンラードくんもエディトちゃんも楽しかったのか、身振り手振りを加えてファンヌとヨアキムくんに説明していた。


「おんせん、あちちだったの。ディックくんと、ちちうえと、カスパルおじうえと、いっちょにはいったの」

「わたくしは、ははうえとリーサさんといっしょだったのよ」

「おさかな、おいちかったの」

「ははうえのぶんもわけてもらっちゃった」


 行きたがっていただけあって二人とも小島旅行を楽しんだようだった。従弟のディックくんと一緒だったのも良かったようだ。


「こー、ディックくんに、はしっちゃめーよ、っていったの」

「ディックくんとはべつのおへやだったけど、ごはんはいっしょだったのよ」

「わたくしもヨアキムくんと別のお部屋だったのよ」

「ファンヌねえさまも?」


 仲良く話している姿はとても可愛い。

 見守っているとおやつの時間になってカミラ先生とビョルンさんとお兄ちゃんも揃って、厨房からケーキが運ばれて来た。透明なレモンゼリーとレアチーズケーキの二層になっているケーキにコンラードくんとエディトちゃんが歓声を上げる。


「きれー!」

「おいしそう!」


 ケーキをコンラードくんの前に置いてみんなでお祝いの歌を歌った。小さな手をぱちぱちと叩いてコンラードくんは喜んでいた。


「おめでとう、コンラードくん」

「4歳おめでとうー!」


 ヨアキムくんとファンヌに大きな声で祝われてコンラードくんが両手を挙げて万歳をする。


「ありがとーごじゃいます!」


 切り分けられたケーキは紅茶と一緒にみんなのお腹にあっという間に納まってしまった。


「こー、よっつになったから、じぶんのことは、わたしっていう!」

「まぁ、急に立派になりましたね」

「わたし、ようねんがっこうにいける?」


 貴族の子息なのだから正式な場では自分のことは「私」と言わなければいけない。それをコンラードくんは分かっているのだろう。

 その後に続いた問いかけにカミラ先生もビョルンさんも返答に困っていた。


「アイノちゃん、らいねんからようねんがっこうにいくって。わたしは?」


 詰め寄られて、カミラ先生とビョルンさんも渋々答えた。


「コンラードは再来年ですよ」

「さらいねん、いつ?」

「アイノちゃんが二年生になったら、ですかね」


 見る見るうちにコンラードくんの眉が下がって、口がへの字になってくる。ふるふると震えて涙をこらえるコンラードくんにエディトちゃんが止めを刺した。


「ようねんがっこうにはいっても、アイノちゃんとおなじがっこうじゃないわよ」

「びぇぇぇーーー!!!」


 4歳になって、自分のことも「私」と言い出したとしても、そんなにすぐにコンラードくんが変わるわけがない。海老ぞりになって床に転がって泣き喚くコンラードくんをビョルンさんとカミラ先生が抱っこしようとしたが、もがいて逃げて無理そうだった。


「こーちゃん、けっこんすればいいのよ!」

「けこん?」

「ヨアキムにいさまとファンヌねえさまは、しょうらい、けっこんするでしょう? わたくしとミカルくんもしょうらい、けっこんするでしょう? けっこんしたら、ずっといっしょにいられるわ」

「アイノちゃんとけこん……」


 コンラードくんが泣き止んだのは良いが、エディトちゃんのアドバイスが最適だったかどうかは分からない。コンラードくんなりに結婚ということを考えているようだが、4歳で結婚の意味が本当に分かるかどうかも疑問だ。


「そうなると、うちの子は二人ともベルマン家の子と結婚することになりますねぇ」

「カミラ様!? 良いのですか!?」

「両者が思い合っていれば良いのではないですか」


 落ち着いているカミラ先生とは対照的にビョルンさんは取り乱している。息子と娘の結婚の話なのだ。しかも娘はまだ6歳で、息子はまだ4歳になったばかり。


「結婚かぁ」


 いつかお兄ちゃんもするのかと考えると気持ちが落ち込みそうだったので、私はそれを考えないようにした。


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