22.ダンくんの告白
私たちが住んでいるのはルンダール領の中でも開発が進んだ街で、郊外の農地に出るまでは石畳で道路は舗装されている。列車と船を乗り継いで辿り着いた小島は土煙の上がる踏み固められた土の道路だった。
宿までの道を馬車に乗って行けば、開け放した窓から海風が入って来る。時刻は夕方に差し掛かっていた。
宿は素朴な作りだったが二段ベッドが二組あって、ベッドはそれぞれカーテンが閉められるようになっていた。
「部屋割りはどうしようか」
「フレヤお姉様と同じ部屋になりたい!」
希望を言うファンヌにアイノちゃんも手を上げる。
「わたくしも、フレヤおねえさまとファンヌおねえさまといっしょがいい」
フレヤちゃんは14歳で自分のことはなんでもできる。ファンヌも11歳で自分のことはほとんどできる。しかしアイノちゃんはまだ5歳で助けが必要だった。
「女部屋にしましょうか」
申し出てくれたのはダンくんのお母さんだった。ダンくんのお母さんがいてくれるとなると私も安心してファンヌを任せられる。
「よろしくお願いします」
「温泉は男湯と女湯が分かれてるって聞いたの。一緒に入ってくださる?」
「えぇ、みんなで入りましょうね」
一部屋はこうやってダンくんのお母さんとアイノちゃんとフレヤちゃんとファンヌに決まった。
「イデオン、一緒の部屋でもいいか?」
「ダンくん、うちに来る?」
私はお兄ちゃんと離れるつもりはなかったし、ファンヌがいなくなったのならばヨアキムくんも一緒のつもりだったのでダンくんだけが私たちルンダール家の部屋に来ることになる。
「色々話したいこともあるし」
「お兄ちゃん、いいかな?」
「僕は構わないけど……構いませんか?」
ダンくんのご両親にお伺いを立てるお兄ちゃんに、ダンくんのご両親は快く了承してくれた。
ベルマン家に行った日のことを思い出す。あれから五年、ダンくんはすっかり貴族らしくなっていた。
「俺もヨアキムくんと一緒が良かったな」
「お部屋に遊びに来たら良いよ。一緒にお風呂も入ろう」
拗ねるミカルくんにヨアキムくんが誘っていた。
夕食前に温泉に入っておこうということで、ダンくんとお兄ちゃんとヨアキムくんとミカルくんと一緒に着替えを持って男湯に行く。脱衣所で脱いで腰にバスタオルを巻いて温泉に向かうと、周囲は岩で床は石で作られた大きな湯船から湯気がもうもうと立ち上がっていた。洗い場で身体と髪を洗ってお湯に浸かろうとしたのだが、とても熱い。
「あっつーい!?」
「これ、水で薄めたらいけないのかな?」
「あ、こっち! ここちょっと温度が低い!」
足を付けて熱さに慌てて引き抜いた私に、お兄ちゃんが手桶を持って佇み、湯船の周りを歩いていたダンくんが声を上げる。ざばざばと木の樋からお湯が流れて来ている近くが熱くて、端っこの方になると若干温度が下がるようだ。
それでも全身浸かるとすぐに顔が真っ赤になってしまう。
「温泉って熱いんだ……」
「自然に湧き出てるものだから、日によって熱さが違って、調整できないって注意書きに書いてあるね」
看板の立っているところで読んでいると、温泉を区切る木の壁の向こうから声が聞こえて来た。
「オリヴェル兄様の声が聞こえるわ!」
「男の子も入ってるのかしら」
ファンヌとフレヤちゃんの声にダンくんは違う意味で赤くなったようだった。ヨアキムくんが立ち上がって大きな声を出す。
「ファンヌちゃーん! こっちはすごく熱いよー!」
「わたくしの方も熱いわー! でも気持ちいいー!」
大声で話す二人には和むのだがこのまま浸かっていると逆上せてしまいそうだった。早めに上がって着替えても汗が吹き出す。部屋で冷たいフルーツティーを飲みながら、ソファに腰かけて涼しい魔術の風を浴びながら汗が引くのを待っていた。
「イデオン、フレヤちゃんは俺のこと全然気にしてないのかな?」
隣りに座るダンくんがぽつりと呟いて私はダンくんを見た。いつになく肩を落としている気がする。
「幼馴染だから友達だと思ってるんじゃないかな」
そういえばダンくんはいつからフレヤちゃんが好きなのだろう。
「ダンくんはフレヤちゃんのことが好きって気付いたのは、最近?」
「どうだろうな……ずっと友達だと思ってたけど、本当はちょっと違ったんじゃないかって思い始めて」
ずっと兄弟だと思っていたけれど、本当はちょっと違うんじゃないかと思い始めた。
私と同じでダンくんはずっとフレヤちゃんのことが好きだったのかもしれない。
「フレヤちゃんはストレートに言わないと気付いてくれないと思うよ」
「それで、態度が変わったら嫌なんだよ」
お兄ちゃんに好きなことがバレてしまって態度が変わってしまったらきっと私は耐えられない。
ダンくんの気持ちは痛いほど理解できた。
「難しいね……」
「難しいな」
私とダンくんのため息が重なった。
晩ご飯は取れたてのアジのフライだった。タルタルソースをたくさんかけてかぶりつくと驚くほど柔らかくて臭みがない。サクサクに揚がっていていくらでも食べられそうだった。
「美味しいね!」
「お代わりしたい!」
「イデオン、食べ過ぎないようにね」
大はしゃぎの私とヨアキムくんをお兄ちゃんが諫める。
アイノちゃんもアジのフライにフォークを突き立ててもしゃもしゃと食べていた。
ファンヌはフレヤちゃんが隣りに座っているせいか、いつもよりもお澄ましをしている気がする。
晩御飯が終わるとダンくんが部屋から出て行ったのに気付いた。気になって廊下を覗くとフレヤちゃんを隣りの部屋から呼び出している。
ダンくんはフレヤちゃんに告白をするのだろうか。
幼年学校の一年生からずっと一緒の私たち。今更関係が変わるのはダンくんにとってもフレヤちゃんにとっても怖いことかもしれない。それを乗り越えられる気持ちがあるのならば。
「ダンくんは?」
「ちょっと、出てる」
「フレヤお姉様もいなくなっちゃったの」
つまらないと部屋に遊びに来たファンヌに、ヨアキムくんが嬉しそうに駆け寄っていく。
「ファンヌちゃん、星を見に行かない?」
「星を?」
「ダンくん、星を見に行くって言ってたの」
そういう口実でダンくんはフレヤちゃんを誘ったのか。ヨアキムくんとファンヌだけ外に出すわけにはいかないと思っていると、お兄ちゃんも同じことを考えたようだった。
「イデオン、星を見に行こうか?」
「うん」
お兄ちゃんに誘われて、ヨアキムくんとファンヌを見守りつつ私は宿の庭に出た。庭の端の方でダンくんとフレヤちゃんが話しているが、その声は聞こえてこない。
上を見上げると満点の星空だった。
「綺麗……」
「遮る建物がないから、星がよく見えるね」
お兄ちゃんの手が私の手を握った。驚いたけれど、夜なので私がどこかに行ってしまわないように気を付けてくれているのかもしれない。お兄ちゃんにとって私はいつまでも小さな子どもなのかと考えると悲しくなってしまうけれど、手の温もりは嬉しかった。
少し離れたベンチに座ってファンヌとヨアキムくんも星を見ている。
「流れ星にお願いをしたら叶うって言うよね」
「そんなに都合よく流れ星は流れないよ」
「もし流れたら、何をお願いする?」
お兄ちゃんに問いかけられて私は少し考えてしまった。
ずっとお兄ちゃんが私の傍を離れませんように。
そんな自分勝手なお願いが許されるはずがないことは分かっている。
「ダンくんとフレヤちゃんが上手くいきますように、かな」
「イデオンは欲がないな」
「じゃあ、一攫千金とか願えば良いの?」
私の言葉にお兄ちゃんが笑った。
しばらく星を見ていたけれど流れ星が流れることはなく、私たちは部屋に戻った。ダンくんはほっぺたを真っ赤にしていた。
「どうだったの?」
聞いて良いのか分からないけれど、二人とも私の大事な幼馴染だから聞かずにはいられない。
「今はそういう風には思えないって。でも、俺のことは嫌いじゃない。だから気持ちが分かるまで待ってって言われた」
それは悪い返事ではないのではないだろうか。
全く気持ちがないのだったら待って欲しいなんて言わないはずだ。
「いい返事がもらえるといいね」
「うん……ものすごく緊張した」
好きなひとに告白できるダンくんは勇気があると思う。
私にもその勇気があったら。
お兄ちゃんとの関係を壊したくない私は告白などできるはずもなかった。
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