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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十章 魔術学校で勉強します! (二年生編)
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19.オースルンド領からの帰還

 強い香りのする白い百合、細かな花弁が愛らしいピンクのアスター、鮮やかなオレンジのマリーゴールドの三種類の花束を持ってデシレア叔母上はオースルンド領にやってきた。一緒に来たクラース叔父上はカレー煎餅やおかきをお土産に持ってきていた。


「イデオンくんにお招きいただきました。デシレアの夫のクラース・ヘルバリです」

「デシレア・ボールクです。私の姉がしたことは許されるとは思っておりません」

「イデオンくんとファンヌちゃんの叔母上なのですね」

「二人にそっくり。二人は叔母上に似たのですね」


 申し訳なさそうなデシレア叔母上の表情を吹き飛ばすようにお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様は笑顔でデシレア叔母上とクラース叔父上を歓迎した。お土産の包みを開けてエディトとコンラードに見せる。


「このお煎餅とおかき、エディトとコンラードの好物なんですよ」

「おやつに出しましょうね」

「デシレアおばうえ、いらっしゃいませ。クラースおじうえ、ありがとうございます」


 頭を下げるエディトちゃんにデシレア叔母上とクラース叔父上の緊張も解けたようだった。


「デシレアおばうえ、こーとけこんちなかったの」

「コンラードはデシレアさんがお好きだったのですか?」

「だいすきだったの」


 自分の失恋を訴えるコンラードくんにお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様は微笑ましそうにしていた。百合とアスターとマリーゴールドの花束を受け取ってお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様はそれを花瓶に生ける。


「綺麗に咲いていますね。本当にありがとうございます」

「ルンダール領の生花は国一番ですからね」


 お礼も言われてデシレア叔母上もクラース叔父上も落ち着いたところで私は二人をお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様に紹介する。


「ルンダール領で私たちを支えてくれている大事な私の叔母上と叔父上です。お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様に紹介したくて」

「イデオンくんもファンヌちゃんも私たちの家族のようなものです。デシレアさんもクラースさんも家族同然ですね」

「姉君とその夫君のせいでつらい思いをなさったと思います。イデオンくんやファンヌちゃん、エディトやコンラードがこれだけ懐いているひとが悪いひととは考えられません」

「どうぞ、私たちのことも家族と思ってくださいね」


 年齢的にはデシレア叔母上やクラース叔父上の親に当たる世代になるのだろうか。両親がドロテーアばかりを可愛がっていた過去のあるデシレア叔母上にしてみれば、お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様の懐の深さは信じられないものだったのだろう。

 口元を押さえて涙ぐんでいる姿に、デシレア叔母上もずっとつらかったのだろうと伝わって来た。お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様に受け入れられて、デシレア叔母上を呼んでよかったと私は心の底から思った。


「この夏はお祖父様とお祖母様に本当にお世話になりました」

「アンネリ様が歌っていた思い出の歌をお礼に歌います。聞いてください」


 お兄ちゃんと私で、ファンヌとヨアキムくんとコンラードくんとエディトちゃんを挟んで並ぶ。高いパートを私が、低いパートをお兄ちゃんが歌って、主旋律をファンヌとヨアキムくんとコンラードくんとエディトちゃんが歌った。

 ピアノがなかったのでアカペラだったけれど音を外すことなく上手に歌える。

 カミラ先生とビョルンさんとリーサさんとカスパルさんとブレンダさんがオースルンド領に帰るときにお礼に披露した歌は、泣いてしまって旋律もめちゃくちゃだったけれど、四か月近く経って改めて歌うととても上手に歌えた。

 歌い終わるとカミラ先生もビョルンさんも拍手をしてくれている。リーサさんに抱っこされていたディックくんは床の上に降りて上機嫌でお尻を振って踊っていた。


「素晴らしい歌でしたね。ありがとうございます」

「イデオンくんは神聖魔術を使えるから、魔術学校で声楽を習っているのですね」

「そうです。担当の先生が偶然、アンネリ様も昔教えたことがある先生だったんです」

「それは素敵なめぐり逢いですね」


 お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様も手を叩いて褒めてくれて、私の魔術学校の授業まで気にかけてくれた。


「イデオン様もファンヌ様も、歌がとても上手なのですね」

「デシレア叔母上には披露したことがなかったですか?」

「結婚式のときにイデオン様には歌ってもらいましたが、ファンヌ様まで上手とは知りませんでした」

「カミラ先生とビョルンさんとリーサさんとカスパルさんとブレンダさんにお礼をするときに、すごく練習したの」


 褒められてファンヌも誇らし気である。エディトちゃんとコンラードくんとヨアキムくんはカミラ先生とビョルンさんにたくさん褒められていた。

 これだけ褒めて認めて育ててくれるひとたちがいたからこそ、私たちは伸び伸びと育つことができた。

 ほとんど毎日のようにカミラ先生もビョルンさんもエディトちゃんとコンラードくんを連れて来てくれるが、今年度から別々に暮らすようになってから私は今までの自分たちがどれだけ恵まれた環境にいたのかを痛感した。

 研究課程を卒業してお兄ちゃんがしっかりと大人になるまでカミラ先生は当主代理を立派に務めて私たちを守ってくれていた。まだその守護の元にいるけれど、そのうちに離れる時期が来る。それまでにしっかりと自立できるようになっておくことが恩返しなのかもしれない。

 花を贈って、歌を歌って、お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様にお礼をした後で、私たちはルンダール家への帰り支度を始めていた。


「ヨアキムくんやファンヌちゃんはもう少し残ってもいいのに……」

「二人がいなかったら、イデオンくんやオリヴェルが寂しいよ」


 残念そうなお兄ちゃんのお祖母様にお祖父様が引き留めるのを止める。ファンヌやヨアキムくんがいなくて私とお兄ちゃんだけのルンダール家は確かに寂しいだろう。


「お祖父様、お祖母様、また来ます」

「早く魔術学校に入学して、移転の魔術が使えるようになりたいわ」

「お祖父様とお祖母様のところにもいつでも来られるもんね」


 名残惜しいのはお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様だけではない。ファンヌとヨアキムくんもだった。


「楽しいひと時をありがとうございました」

「デシレアさんもクラースさんもいつでも訪ねて来てください」

「デシレアおばうえ、きていーよ!」


 コンラードくんがデシレア叔母上のスカートを掴んで緑のお目目で見上げている。可愛いコンラードくんを抱き上げて、デシレア叔母上は「また来ます」と言っていた。

 お兄ちゃんの移転の魔術でルンダール家のお屋敷に帰ると、使用人さんたちが妙に騒がしい気がする。庭で何人もの使用人さんたちが走り回っている。


「何があったんですか?」

「お帰りなさいませ、オリヴェル様、イデオン様、ファンヌ様、ヨアキム様」

「数日前の晩に急にマンドラゴラたちが畝から抜け出してどこかに行ったと思えば帰ってきて、庭を走り回っているのです」

「あぁ!?」


 そうだった。

 お妃様の叔父上を捕まえるために私はドラゴンさんを経由してマンドラゴラを呼んだのだった。呼んだまま忘れていたマンドラゴラをドラゴンさんはルンダール家のお屋敷までは戻してくれたようだった。その後でマンドラゴラたちは畝に戻らずに自由に走り回っているので、使用人さんたちが私たちが帰る前に捕まえてくれようとしていたのだ。


「ごめんなさい! 私が呼んじゃったから!」

「出番よ、人参さん!」


 ファンヌに呼ばれてポシェットから人参マンドラゴラが飛び出してくる。不思議と年季が入っているのに大きくも筋肉質にもなっていない小柄な人参マンドラゴラは庭中に響く声で叫んだ。


「びぎゃーーー!」


 走り回っていたマンドラゴラたちがびしっと整列する。


「びゃびゃ!」

「びゃい!」


 ファンヌの人参マンドラゴラの号令に合わせて、マンドラゴラたちは並んで自分たちで畝に戻って行った。


「イデオン様たちの大事なマンドラゴラですから、一匹も逃さないようにしないといけないと追いかけ回っておりました」

「本当にごめんなさい! すっかり呼んだ後のことを忘れてました」


 何日もマンドラゴラと追いかけっこを続けさせられた使用人さんたちに心から謝った。


「お兄ちゃん、申し訳ないから、使用人さんたちに夏休みを取ってもらうのはどうかな?」

「良いと思うよ。夏休みだし、最低限の使用人さんだけで大丈夫だから」


 使用人さんたちには夏休みを取ってもらうことにして、最低限厨房やお世話をしてくれるメイドさんたちにだけ残ってもらって、数日間私たちでできることはやっていく形になった。


「洗濯物もちょっとくらい溜めても平気だし」

「お洗濯してくれるメイドさんが少しは残ってくれるみたいだよ」

「わたくし、お洗濯してみたい!」

「僕、お掃除します」


 茶畑の領地にいた頃は掃除も大きくない家だったので自分たちでしていたし、お茶だって自分たちで淹れていた。できることはしていこうという私たちに残るメンバーに入っているセバスティアンさんが近寄って来た。


「どうぞ、メイドたちの仕事は奪わないであげてください」


 仕事をしなければ使用人さんたちはお金がもらえない。夏休みを取る使用人さんたちにも給料は払うが、残っている使用人さんたちには特別手当が払われる。それを目的としている使用人さんたちにとっては、仕事が与えられなければ困るというのだ。

 私たちには私たちの仕事があって、使用人さんには使用人さんの仕事がある。セバスティアンさんに言われなければ私たちは使用人さんの仕事を奪っていたかもしれない。


「わたくし、お勉強します」

「僕も」


 仕事を奪うのではなく、自分のするべきことをするのが正しい姿なのだとセバスティアンさんは教えてくれた。

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