18.お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様にお礼を
お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様とお兄ちゃんと私でオースルンド領に帰り付いたのは昼食の前くらいだった。お妃様の叔父上の件で手伝ってもらったファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんは私たちの帰りを待っていてくれたようだった。
「えーねぇね、フライッ! パーーーーン! って、ちた。かっこよかったの」
「わたくしがわるものをたおしたの。ディックくんにおはなししたのよ」
にこにことしているコンラードくんと誇らしげなエディトちゃんと対照的に、カミラ先生はげっそりとした表情だった。
「ファンヌちゃんもおてんばだとは思っていましたが、実の娘と息子となるとこんなに大変だなんて思いませんでした」
「私たちの苦労が分かったのではないかしら」
「母上……私とレイフ兄上とカスパルとブレンダ、苦労されたでしょうね」
「親になって初めて分かることですね」
カミラ先生は自分たち兄弟の過去を振り返って、考えることがあるようだ。お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様は「カミラはもっと酷かったですよ」とか「カスパルとブレンダは倍大変でした」とか言っている。
「ばぁば、じぃじ!」
「ディック、ただいま帰りましたよ」
「らっこ!」
「抱っこしましょうね」
お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様はディックくんにとっても、コンラードくんにとってもエディトちゃんにとってもお祖父様とお祖母様である。抱っこされてお祖父様にぎゅっとしがみ付いているディックくんに、コンラードくんも寄って行ってお祖母様に抱っこされていた。
「法案は可決されたのですか?」
「ブレンダさんはイーリスさんと結婚できるの?」
ヨアキムくんとファンヌの問いかけにお兄ちゃんが静かに頷く。
「法案は施行はもう少し先になるけど、審議会で可決されたよ。ブレンダ叔母上とイーリスさんは、二人の気持ち次第だけれどね」
結婚したいという気持ちがあれば同性同士で結婚できる世の中になる。同時に子どもがいても貴族同士の結婚で離婚ができるようになる。子どもがいると離婚ができなかったのは、再婚後に産まれた子どもとの跡継ぎ争いや財産分与の問題があったのだが、その辺の細かい法もこれから整備されて行くことだろう。
法案は可決されたが施行されるのは夏休み明けからなので、それまでに結婚の準備や離婚の準備をする貴族がたくさん出ることだろう。
「今年の秋は結婚ブームが来るかもしれないですね」
「オースルンドのウエディングドレスとタキシード用の織物と、ヴェールの生産量を上げておかないと」
こうやって先読みをして商売を潤滑にするのもオースルンド領の領主としてお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様が長年の経験で得た知識なのだろう。ルンダール領もこのブームに乗れないだろうか。
「結婚式にはお花も使いますよね。ブーケとか、ブートニアとか」
「ルンダール領には生花を育てている領地がありましたね」
「デシレア叔母上に相談しなければ!」
ボールク家の領地では生花の栽培が盛んだ。結婚式には花の注文も増えるだろうから、私はデシレア叔母上に秋までにブーケやブートニアになる生花の生産を増やすように連絡をすることにした。
「結婚式の引き出物にお茶はどうかな?」
「ノルドヴァル領の茶器と一緒に売り込んでいく?」
商売の話になると活き活きとしだす私とお兄ちゃんに、お兄ちゃんのお祖父様がディックくんを抱っこしながら、お祖母様がコンラードくんを抱っこしながら微笑ましそうに私たちを見ていた。
オースルンド領の滞在は私たちにとって穏やかで幸せなものだった。
ディックくんは私たちの仲間に入りたいのか、話していると必ず誰かのお膝の上に乗って来る。お兄ちゃんも私もファンヌもヨアキムくんも、ディックくんがお膝の上に乗っても全く気にしなかった。
「お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様には今回、物凄くお世話になっちゃったね」
「毒蛇をバスルームに紛れ込まされたときも、すぐに僕たちを一緒の部屋にしてくれてすごく助かったよね」
「夕食会からパンも持ち帰ってくれてたし」
ナプキンに包まれて持ち帰られたパンのおかげで私は空腹のままで寝落ちずに済んだ。オースルンド領にヨアキムくんとファンヌも呼んでくれていたので、王城に行っている間も二人の心配をする必要もなかった。
ルンダール家のお屋敷に使用人さんたちがいると言っても、魔術を使える大人がいないのはやはり心配だし、暴走するファンヌを止められない。カミラ先生やビョルンさんがいる環境の方が安心して私たちは王城に出向けた。
「お祖父様とお祖母様はそういうところもよく考えてくださるから」
年の功なのだろうがどこまでも細やかな気遣いのできるお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様に私たちは本当に助けられていた。
「僕のお祖父様とお祖母様でもありますし、なにかお礼ができませんかね」
「わたくしもお祖父様とお祖母様にお礼がしたいわ」
「こーも!」
「わたくしも!」
「うっ!」
ルンダール家でお礼をするつもりだったが話に混じっているコンラードくんとエディトちゃんとディックくんもいつの間にかお礼をすることになっていた。
ここで「コンラードくんはいいよ」とか、「エディトちゃんはしなくていいんだよ」とか、「ディックくんは関係ないよ」などと口にしたら三人を傷付けてしまうことは私にも分かっている。何よりもコンラードくんをひっくり返って泣かせたくはなかった。
「こー、よっつになるよ」
そういえばもうすぐコンラードくんのお誕生日だ。お誕生日まではオースルンド領に滞在しないけれど、私たちはコンラードくんをお祝いしたい気持ちはあった。
くりくりと緑色の見開いて主張するコンラードくんに私が思い付いたのは、コンラードくんの大好きなひとをこのお屋敷に招くことだった。
「デシレア叔母上をここに招いたらダメかな?」
「お礼のお花を持ってきてもらうんだね」
「それに、私たちの大事な叔母上をお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様に紹介するんだ!」
「デシレアおばうえ!」
上手に言えるようになっていたコンラードくんが目を輝かせて手を上げた。
秋に受注が増えるであろう生花の件もあったので、私とお兄ちゃんはデシレア叔母上に通信で連絡を取った。
「オースルンド領にお祖父様とお祖母様へのお礼と、コンラードのお祝いのお花を持ってきてくれませんか?」
『私が、直接ですか? 私はアンネリ様を毒の呪いで死なせたドロテーアの妹なのですよ?』
「デシレア叔母上が関係していないことは分かっています。それに、コンラードくんもエディトちゃんもデシレア叔母上が大好きです」
『イデオン様……私でよろしければ』
お花を選んでデシレア叔母上は持ってきてくれると約束してくれた。
ついでに秋の話をする。
「貴族の結婚に関する法案が可決されました。施行は秋からになりますので、その頃に結婚のブームが来るのではないかと計算しています」
「その時期に合わせてブーケやブートニアに使われる生花の生産量を増やすことができますか?」
お兄ちゃんと私の言葉に、デシレア叔母上の立体映像が力強く頷く。
『心得ました。ボールク家の全力をかけて挑みましょう』
心強い言葉に私はほっと息をついた。
「兄様、あのお歌を歌いましょう」
デシレア叔母上との通信が終わるとファンヌが私に話しかけて来た。通信の間は話しかけるとデシレア叔母上との話を邪魔してしまうので待っていてくれたようだった。
「あの歌?」
「アンネリ様の思い出の歌」
お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様にお花を渡すときに、みんなでカミラ先生とビョルンさんとリーサさんとカスパルさんとブレンダさんに感謝を示したあの歌を歌う。練習はあのときにしっかりしたので、歌詞も旋律も覚えているはずだ。
「みんな、歌える?」
私の問いかけにお兄ちゃんがちょっと不安そうに答える。
「下のパートを忘れたかもしれない」
「よし、練習しよう」
子ども部屋にみんなで集まって歌の練習をすると、私の蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラと南瓜頭犬、ファンヌの人参マンドラゴラ、エディトちゃんのマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃん、コンラードくんのスイカ猫のスーちゃんと人参マンドラゴラのニンちゃんが踊り出す。
賑やかなマンドラゴラたちの踊りに合わせてディックくんもお尻をふりふり楽しそうに踊っていた。
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