4.同年代の男の子
海沿いのコテージに着くと、その日はもう出かける時間でもなくなっていたので、海を見て、部屋で静かに過ごした。
翌日はリーサさんとセバスティアンさんに教えてもらって、朝から普段着に着替える。私やお兄ちゃんのスラックス、ファンヌのワンピースは、貴族があまり住んでいないこの土地では目立つし、純粋に暑かった。半袖シャツに薄い上着を着て、ハーフパンツの私と、半そでシャツと薄い上着は同じだが、スカートに下着が見えないようにレギンスを履いたファンヌ。お兄ちゃんは涼し気な白いパンツの裾を少し捲り上げて、上半身は日焼け防止に薄い長袖シャツを着ていた。
畑仕事のときにはもっと動きやすい作業着を着るのだが、海に遊びに行くということで、カミラ先生は私たちにお洒落で涼しい洋服を選んでくれていた。
「水着がありませんから、街に出て買いましょうね」
朝ご飯を食べてコテージから出たところで、セバスティアンさんの脚に男の子が引っ付いているのが見えた。男の子は背伸びをして、一生懸命セバスティアンさんに訴えかけている。
「とーちゃんもかーちゃんも、じーちゃんはおしごとっていう。おれは、じーちゃんにあいたいのに!」
「ごめんね、ヨーセフ。私は今は仕事中なんだよ」
言い聞かせると、うるりとその子の目が潤んだ。灰色の髪に灰色の目、セバスティアンさんとよく似た男の子だ。
「せばしゅちゃんしゃんの、おまごしゃん?」
「だれ、このこ! てんし!? ものすごくかわいい!」
そうだろう、そうだろう、うちの妹は可愛いだろう。
話しかけるファンヌに一目で見惚れるセバスティアンさんのお孫さんは、見る目がある。私の妹のファンヌは髪の毛もふわふわとしていて、壁画の天使と見まがうばかりに可愛いのだ。
「すみません、ファンヌ様。こちらはわたくしの孫のヨーセフです」
「じーちゃんの、ごしゅじんさま?」
「ルンダール家の次期当主のオリヴェル様、それに弟君のイデオン様、妹君のファンヌ様だよ」
紹介されて、私とお兄ちゃんはファンヌに並んだ。
「初めまして、オリヴェルだよ。君のお祖父ちゃんにはお世話になっています」
「おとうと……っていっていいの? イデオンです」
「わたくち、ファンヌ」
自己紹介をすると、真っ赤になりながら、男の子はもじもじとお尻を振り振り、名乗った。
「おれは、じーちゃんのまごのヨーセフ、ろくさいだ」
「わたしがごさい」
「わたくち、みっちゅ」
聞けば私の一つ上のようだった。セバスティアンさんもそう言っていたことを思い出す。
お祖父ちゃんと久しぶりに会えたのに、お祖父ちゃんは仕事で他の子どもを見ているなんて、面白くないだろう。
「ごりょうしんは?」
「とーちゃんとかーちゃんは、しごとだよ。はたけのひまわりだちょうが、すっごいあばれてるから、さくをつくりなおしてる」
「ひまわりだちょう! セバスティアンさん、ヨーセフくんのおうちにあそびにいってはいけませんか?」
向日葵駝鳥にはファンヌも私も興味を持っていたし、ヨーセフくんの家に行けばセバスティアンさんも息子さん夫婦と会える。
「オリヴェル様とイデオン様とファンヌ様の旅行をそんな風に使わせるわけには」
いい考えだと思ったのだが、遠慮するセバスティアンさんに、お兄ちゃんが言葉を添えた。
「向日葵駝鳥はこれから育ててみたいと思っているし、見学させてもらえたら嬉しいな。それに、ヨーセフくん、この街は詳しいの? イデオンとファンヌが着られる水着が売っているところを知らないかな?」
「おれに、まかせとけ!」
ちらちらとファンヌの方を見ながら意気揚々とセバスティアンさんの手を引くヨーセフくんに、セバスティアンさんも折れてくれた。
向日葵駝鳥の実物は見られるし、セバスティアンさんはお孫さんと一緒に行動できる。誰もにとって得しかないこの状況に、リーサさんも文句はなかった。
街の水着を売っている服飾店に連れて行ってもらって、お兄ちゃんは大人用のハーフパンツの水着を、私は子ども用のものを試着したのだが、一番小さいものでも、私の腰から抜けてしまいそうだった。
「おにいちゃんは、どう?」
「僕はぴったりだけど、イデオンのはちょっと大きいかな?」
「ひもをひっぱって、むすんで、ちょうせつするんだよ」
ヨーセフくんに教えてもらって、腰の紐を結ぶと、なんとかずり落ちないようになったので、それを買うことにした。私とお兄ちゃんが試着室の中にいる間に、隣りの試着室でファンヌは腰にひらひらとフリルのついた、胸に大きなリボンつきの水着を買ったようだった。
「ヨーセフくんも一緒に海に行かない? セバスティアンさん、ヨーセフくんの水着を持って、コテージで合流しましょう」
コテージから海までは近く、水着に上着を着れば歩いて行けそうだった。
「おまえたち……じゃない、あなたたちは、サンダルをもってないのか?」
貴族に話しかけること自体初めてなのだろう。ぎこちなく問いかけるヨーセフくんに、そういえば私たちはみんな革靴を履いていることに気付いた。よく見ると、ヨーセフくんは足首に留め具のあるサンダルを履いていた。
「そういうきれいなくつは、しおみずでぬれると、くっさーくなるんだって、くつうってるおじちゃんがいってた」
「サンダル……気付きませんでした。ファンヌ様とイデオン様のサイズがあるでしょうか?」
背は年相応にあるけれど身体は細くてひょろひょろだということに、水着の一件で気付かされた私と、明らかに小さなファンヌ。お兄ちゃんのサイズは大人と同じなのであるだろうが、私たちのサイズがあるか、リーサさんは心配してくれた。
それに関しても、ヨーセフくんが、自分がサンダルを買ったお店に連れて行ってくれて、問題は解決した。
子ども用の小さなサンダルの並んでいるそのお店で、ファンヌと私が足に合ったものを試着して買った後に、隣りにある大人用のお店で、お兄ちゃんとセバスティアンさんとリーサさんが買う。
「わたくしまで宜しかったのでしょうか?」
「おねえちゃん、そんなきれいなくつがくさくなったら、いやじゃない?」
「そうですね。ヨーセフくん、ありがとうございます」
丁寧にリーサさんにお礼を言われて、ヨーセフくんは照れて赤くなっていた。日に焼けたヨーセフくんは、海でもたくさん遊んでいるのだろう。
コテージで水着に着替えて、待っていると、水着を持ってきたヨーセフくんとセバスティアンさんが戻って来る。水着に着替えたヨーセフくんに促されて、セバスティアンさんも、水着に着替えていた。
「誰かが溺れた際に、助けられないと困りますからね」
「じーちゃんは、およぎがじょうずなんだよ」
「頼りにしています」
砂浜に出ると、サンダルと上着をリーサさんに預けて、波打ち際に歩いていく。砂が太陽を浴びて、足の裏に熱かった。
「オリヴェルおにぃたん、あちっ! あちっ!」
「抱っこする?」
「はちれまつ!」
「わたしも、はしるー!」
飛び跳ねるようにしながら、波打ち際まで来ると、水に濡れた砂が焦げた足の裏を冷やしてくれた。張り切って飛び込もうとするヨーセフくんを、セバスティアンさんが、素早く腕を掴んで止める。
「足が攣ったりしないように、準備体操をしましょうね」
「ぞんびたいしょー!」
「なんだか、物騒になってるよ、ファンヌ」
「ちがった?」
アンデットと呼ばれる魔物の大将みたいなことになっているが、ファンヌが上手に発音できなかっただけで、物騒なことはなく、足首を伸ばしたり、腕を回したりして、準備体操をしてから、私たちは海に入った。
これだけ日が照っているのだから温いかと思ったら、海は意外とひんやりとしている。特に足元が冷たく、さわさわと指の間を砂が流れるのが心地よかった。
「おにいちゃん、うみはどうして、ぬるくないの?」
「そりゃ、うみだからにきまってるだろ!」
当然のように誇らしげに答えるヨーセフくん。普通の6歳児はこうなのかもしれないが、私はもっとその先を知りたかった。しばらく考えて、お兄ちゃんはしゃがんで私と目線を合わせる。
膝くらいまでの深さにしか来ていないが、波が私の足を埋めては、帰って行く。
「波があって、動いてるからじゃないかな。表面は太陽で温かくなっても、常に水が攪拌されてる状態なんだよ」
「かくはんって?」
「混ぜられているっていうこと」
小さな頃から、お兄ちゃんは私に難しい言葉も年齢に気にせずに使っていた。その都度意味を聞かれても、必ず答えてくれるので、私の語彙力は5歳にしてはかなりある方だっただろう。
「よくわかんね」
「ちゃぷちゃぷすゆから、うみはちゅめたいの」
話についてこれていないヨーセフくんに、ファンヌが説明しているが、それが分かったかどうかも不明だ。今までも自分はこの年にしては賢い方だと自覚があったが、もしかするとかなり賢い方なのではないかと、そのときに私はやっと気付いていた。
泳ぎを教えてもらってファンヌがざばざばと大きな飛沫を立てて泳いでいく。私も泳ごうとしたが、あまり浮かなくて、沈んでしまうのをお兄ちゃんに助けてもらっていた。
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