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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十章 魔術学校で勉強します! (二年生編)
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12.ダンくんのための計画変更

 夏休み前の試験は終わって結果も出た。

 フレヤちゃんは奨学金をもらえる程度の成績を維持できたし、私も実技科目以外では成績優秀者に入れた。ダンくんとイェオリくんは何教科か合格点ギリギリのものもあったが、全員が冬休み前の進級試験を受けられるだけの点数は取れた。


「フレヤちゃんは今年の夏はどうするんだ?」

「カリータ様のお屋敷に住み込みで働くのよー! すっごく楽しみー!」

「それ以外の予定はないのか?」


 ダンくんはフレヤちゃんを誘いたそうにしているが、フレヤちゃんはカリータさんのお屋敷で過ごす夏休みを楽しみにしていて話が通じる状態じゃない。がっくりと肩を落とすダンくんにイェオリくんが背中を撫でている。


「恋が通じないって悲しいよね……」

「気付かれてもないんだもんな」


 はぁっとため息を吐いたダンくんに、イェオリくんが私の方を見てくる。


「イデオンくんはどうなのさ」

「え? 私は普通……」


 と言ってしまいたかった。

 何も変わらない。

 これまでと同じくお兄ちゃんと弟で仲良くしている。

 そう答えられたらどれだけ良かっただろう。


「お兄ちゃん、私のこと反抗期だと勘違いしてるんだ……」

「反抗期でもおかしくない年齢だけど」

「お兄ちゃんに反抗したりしないよ! 手を繋いだり、撫でられたり、手が触れたりするとドキドキしちゃってびっくりすることはあるけど。それで、一度茶器をひっくり返しちゃって、それ以来私は反抗期ってことになってるみたい」


 お兄ちゃんの中で反抗期ということになってしまった私。

 ダンくんの話は聞いていないが、フレヤちゃんは私とお兄ちゃんの話になるとすかさず混ざって来る。


「イデオンくんから告白したら?」

「できないよぉ。お兄ちゃんとの関係が気まずくなっちゃったら嫌だもん」

「既にオリヴェル様は反抗期と思って関係がおかしくなってるんでしょう?」


 それを言われてしまうと私は泣きたくなる。

 結婚の法案のために王都で協力しているのに、お兄ちゃんに誤解されたままなんて悲しすぎる。このまま距離ができて、お兄ちゃんが誰かと結婚するのを見送らなければいけなくなったら私は心が引き裂かれるようにつらいだろう。

 それでもお兄ちゃんはいつか誰かと結婚するだろう。ルンダール家の当主として周囲はそれを望んでいる。


「イデオンくんのことが好きなんだと思うけどなぁ」


 そんなはずはない。

 フレヤちゃんの呟きを私は聞こえなかったことにして無視をした。本当にそうだったらどれだけいいだろうと思わずにはいられない。期待した分だけそれが外れたときの衝撃は大きいから、私は自己防衛に走ったのだ。

 イェオリくんにさよならを言って私はダンくんの馬車に乗せてもらう。


「イデオンは夏休みはどう過ごすんだ?」

「ヨアキムくんとファンヌはオースルンド領に行きたいみたい。私も行きたいから行くつもり。それから、温泉のある小島に行くよ」

「温泉かぁ。俺も入ってみたいなぁ」


 先日話し合った夏休みの過ごし方についてダンくんに話していると、フレヤちゃんが話に入って来た。


「温泉って、男湯と女湯があるんだって」

「男湯と女湯?」

「そう、男のひとしか入れない場所と、女のひとしか入れない場所」


 そうなるとますますカミラ先生とビョルンさんとエディトちゃんとコンラードくんを誘わなければいけなくなる。私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんだけだったら、ファンヌだけが女湯に入ることになってしまうからだ。

 気が強いファンヌでも一人きりで女湯に入るのは寂しいだろうし、せっかくの旅行なのにつまらないかもしれない。


「ファンヌのためにもカミラ先生一家を誘わなきゃ」

「もう誘ったのか?」

「どうなんだろ? お兄ちゃんにお願いしてあるから」


 王都に行ってから数日しか経っていないが平日の執務にはカミラ先生とビョルンさんは来てくれていた。そのときにお兄ちゃんがもう誘っているかもしれないが、お兄ちゃんからカミラ先生一家が一緒に行くという話はまだ聞いていなかった。


「温泉、俺たちと一緒に行かないか?」

「ダンくん一家と?」

「フレヤちゃんも一緒に行ったら、ファンヌちゃん喜ぶんじゃないか?」


 ファンヌはフレヤちゃんをお姉様と呼んで慕っている。オースルンド領に行くことはもう決定しているのだから、温泉までカミラ先生と一緒でなくていいかもしれない。


「ダンくん一家と一緒ってことは、アイノちゃんも一緒よね。いいわね、行きたいわ。温泉にも興味があるし」


 これはダンくんのお誘いが成功する瞬間なのではないだろうか。私もダンくんとフレヤちゃんの仲が深まるのは応援したかった。私たちルンダール家の一家が邪魔かもしれないけれど、ダンくんはそれも我慢して最後の手段に出たのだろう。


「温泉って疲労回復や健康促進の効果があるんですって。暖かなお湯に浸かるだけでも血行が促進されて身体に良いって言うし、行ってみたかったのよね」


 フレヤちゃんは乗り気だ。

 これは私も一肌脱ぐしかない。


「決まったら魔術の通信で教えるね」

「よろしく。いい夏休みを」

「お願いね」


 一番最初に着くルンダール家の門の前で馬車を降りて私はダンくんとフレヤちゃんに手を振った。

 馬車の中は風が心地よかったがそれでも夏の暑さは厳しく汗びっしょりになっていたので、帰るとまずシャワーを浴びる。制服は洗濯籠の中に入れて、涼しいハーフパンツの部屋着に着替えてルームシューズを履くと、私は濡れた髪を拭きながらお兄ちゃんの執務室に入って行った。執務室にはお兄ちゃん一人しかいない。


「お兄ちゃん、夏休みの温泉のことなんだけど、ダンくんとフレヤちゃんが一緒に行きたいって言ってるよ」

「ベルマン家で一緒に行くの? それともダンくんだけ?」

「ベルマン家で一緒に来るんだと思う」


 わしゃわしゃとバスタオルで髪を拭きながら扉を開けたままお兄ちゃんに話しかけていると、後ろからファンヌとヨアキムくんに飛び付かれた。私は体が大きくない方で、ファンヌもヨアキムくんも年齢にしては小柄な方なのだが、二人に飛び付かれたらひとたまりもない。

 前につんのめってこけそうになったところを、大急ぎで椅子から立ち上がったお兄ちゃんが受け止めてくれた。

 むぎゅっとお兄ちゃんの胸に顔を埋めて、お兄ちゃんの逞しい腕に抱き締められる。


「イデオン、どこも打ってない?」

「へ、へいき」


 抱き締められたのは一瞬で、お兄ちゃんは私を立たせるとすぐに離れて行った。それでもお兄ちゃんの匂いが私の鼻孔に残っている。


「ヨアキムくん、ファンヌ、バスタオル被ってるイデオンは二人が見えてなかったんだよ。そういうときに飛び付いたらだめだよ。イデオンがまた頭を打ったらどうするの?」

「ごめんなさい、兄様」

「ただいまを言おうと思ったんです、ごめんなさい」


 お兄ちゃんに叱られてファンヌとヨアキムくんは素直に謝ってくれた。


「こけなかったから平気だよ。お兄ちゃんが助けてくれたし」


 久しぶりにしっかりとお兄ちゃんに抱き締められて私はふわふわと幸せな気分になっていた。

 叱られてしょんぼりしているファンヌとヨアキムくんに少し屈んで視線を合わせる。


「温泉にダンくんたちと、フレヤちゃんが一緒に行こうって言ってくれたんだ」

「ダンくん? ミカルくんやアイノちゃんも一緒ですか?」

「フレヤお姉様も一緒なの?」


 反省して落ち込んでいた二人の目がきらりと光る。

 嬉しそうなファンヌとヨアキムくんの様子に私はお兄ちゃんを振り向いた。


「叔母上にはまだ言ってないから、ダンくん一家とフレヤちゃんと行こうか」

「やったー!」

「嬉しいです」


 飛び跳ねて喜ぶファンヌとヨアキムくん。温泉旅行は楽しいものになりそうだった。


「ファンヌ、フレヤちゃんにお手紙書く?」

「フレヤお姉様に書いて良いの?」

「僕、ミカルくんに書いていいですか?」

「うん、私がお祖父様とダンくんにお手紙を書こうね」


 執務室に集まってみんなでお手紙を書いていると、エディトちゃんとコンラードくんを連れたカミラ先生とビョルンさんが執務室にやって来た。ちょうど保育所と幼年学校のお迎えの時間で、執務室を空けていたようだ。


「叔母上、夏休みはベルマン家とフレヤちゃんと一緒に温泉に行くことにしました」

「母上、父上、オースルンド領にも行きますよ」

「楽しそうで何よりです。温泉でしっかり療養して英気を養ってくださいね」


 カミラ先生の言葉に私は首を傾げた。


「カミラ先生は温泉に行ったことがありますか?」

「えぇ、独身時代に一人旅でしたが。あれはあれで楽しかったですよ」

「温泉って本当に温かいお湯が沸いているんですか?」

「それはヨアキムくん、自分で確かめてください」


 夏休みの計画が決まって嬉しそうな私たちに、一人、物凄く不満そうな顔をした男の子がいた。


「こー、いく……」

「コンラード、イデオンくんはお友達と行くのです」

「こー、いきたい!」

「ダメですよ。誘われていませんからね」

「こーも、おんてん!」


 眉を八の字にして主張するコンラードくんに、「一緒に行こうか」と言いそうになってしまうが、ビョルンさんが先に間に入ってくれた。


「コンラード、ディックくんとカスパル様とリーサさんをお誘いして、私たちも行ってみようか?」

「こー、おんてん、いける?」

「イデオンくんと一緒ではないけれど、ディックくんとカスパル様とリーサさんは一緒だよ」

「わたくしも、おんせんいける?」


 エディトちゃんもどうやら行きたかったようだ。

 ビョルンさんの提案が早かったのでコンラードくんはひっくり返って泣くことなく納得してくれた。

 魔術学校に入学して二回目の夏休みが始まろうとしていた。

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