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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十章 魔術学校で勉強します! (二年生編)
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4.法案を審議するための難関

 王都では結婚に関する法案を審議するための準備に入っていた。大多数の貴族が賛成しているとはいえ、王都の貴族たちや王族、それに宰相の了承も得なければいけない。

 昨年に署名を届けたのに春になっても審議で四公爵が集められていないのは、隠居した前国王がこの法案に難色を示しているという話だった。王家の直系の中で一番魔力が高く後継者として選ばれた前国王は、前々国王の逝去と共に即位した。前々国王が年老いてからの子どもだったために、成人したばかりで国王となった前国王は、相応しい後継者が生まれるのを心待ちにしていた。

 国王という職務自体が彼には気に入らないものだった。若干身体が弱かったことも彼が退位する後押しをした。

 現国王のアンドレア陛下が12歳になったときに体が弱いことを理由にしてさっさと隠居を決めてしまって、国王の位を譲った身勝手ともいえる前国王が、この法案に何の文句を言えるのか。

 若干の怒りと共に私はその話を聞いていた。


「セシーリア殿下から、イデオンに知恵を借りたいって言われてるんだよ」

「私に? 私が何をするの?」


 前国王を説得して欲しいと言うのならば、適任者は現国王のアンドレア陛下のような気がするのだが、セシーリア殿下はそうは思っていないようなのだ。


「反対派に持ち上げられているだけかもしれないから、法案を発案したイデオンから一度話をして欲しいって」

「発案したのは、お兄ちゃんじゃない?」

「イデオンが嫌なら断ってもいいんだよ」


 発案したのは私ということになっているけれど、あれだけの情熱をもってノルドヴァル領主夫妻を説得し、この法案を通そうとしているのはお兄ちゃんに違いなかった。叔母のブレンダさんのために必死なのだろうけれど、どうして私を巻き込むのだろう。


「お兄ちゃんが誠実にお話した方がいいんじゃないかな?」

「僕も話すから、ついて来てくれない?」


 お願いされてしまうと私は弱い。お兄ちゃんの力になりたい気持ちはあるのだ。けれど13歳の私の言葉を誰もが笑わずに聞いてくれるわけではない。

 カミラ先生やビョルンさんやお兄ちゃんが特殊なだけで、私の言葉など「大人の世界に口を出すな」と退けてしまうひとがいるのも分かっていた。事実恋愛もしたことのない私が結婚について何を語るというのだろう。子どもがいる貴族の離婚に関してだって、「子どももいないのに」とか「結婚もしていないのに」と言われてしまえば返す言葉がなくなるかもしれない。


「イデオンのことは僕が守るから、お願い」


 それでもお兄ちゃんに頼まれてしまえば私は断れなかった。

 春の日に私はお兄ちゃんと一緒に王城に出向いた。茶色のチェックのスーツを着て、お兄ちゃんは焦げ茶色のスーツを着て、二人で王城の入口に立つとランナルくんが駆けて来る。


「先に応接室にご案内します」

「前国王様は?」

「まだおいでになっていません」


 前国王陛下よりは先に着けたのは良かったが応接室に通されて私は国王陛下の菫色の瞳にじっと見つめられている気がしていた。立ち上がったセシーリア殿下が優雅に一礼する。


「イデオン様、オリヴェル様、この度はおいでくださりありがとうございます」

「オリヴェル殿はルンダール領を治められているようでなによりです」


 国王陛下にも挨拶をされるのだけれど、お兄ちゃんと話しているはずなのに視線はこちらに向いている気がする。なんで国王陛下が厳しい表情を崩さないのか、私には心当たりがあった。

 大好きなセシーリア殿下と私は婚約している。そのことが国王陛下は面白くないのだろう。気持ちはよく分かるけれども、これは偽りの婚約なのだとセシーリア殿下は国王陛下に伝えていないのだろうか。私だってお兄ちゃんが仮初でも婚約をしていたら、相手に対して嫌な態度を取ってしまうかもしれないから国王陛下のことは言えないのだが。


「前国王様、いらっしゃいました」


 ランナルくんの声に私たちは立ち上がる。年のころは四十代半ばくらいの白銀の髪の整った顔立ちの男性が応接室に入って来る。セシーリア殿下と国王陛下に顔立ちはよく似ているが、雰囲気はどこか覇気がない。


「もう王城(ここ)に関わるつもりはなかったんだがな」

「父上、お久しぶりです。田舎での暮らしはどうですか?」


 国王陛下が問いかけると、前国王はふっと皮肉そうに片頬で微笑んだ。


「畑仕事をして、馬の世話をして、狩りに出て、素朴だが楽しくやっているよ。おかげで体の調子もいい。お前もさっさと次を作って譲ってしまえばいいものを」


 ぴしりと国王陛下の眉間に皺が寄った気がした。

 責務から逃れたいばかりにまだ12歳だった国王陛下に王座を譲って隠居した前国王は、国王陛下にも同じように無責任なことをしろと言っている。押し付けられた責務を12歳からこなしてきた国王陛下にとっては、侮辱ともいえる言葉だっただろう。


「その話はどうでもいいのです。父上、結婚の法案に反対しているということですが……」

「あんなものが通れば、王家はどうなる? 優秀な魔術師が生まれにくくなれば、王位を譲る相手もいなくなる」


 前国王が貴族の結婚の法案に反対する理由が見えて来た。

 血統主義のこの国においては魔術の才能が高いものが後継者となる。王族ではそれが顕著で、一定以上の魔術の才能がなければ次の子どもを望んでまで後継者を作ろうとする。


「前国王様は、今、お幸せなのでしょう?」


 口を挟んだお兄ちゃんに菫色の三対の目が向いた。セシーリア殿下と国王陛下と前国王の三人だ。


「幸せだが、何か?」

「王位を継がれる前から思い合っていた方がおられたと聞いております。その方と別れさせられてお妃様と結婚されて……今は、引き裂かれたかつての恋人と暮らしておられるとか」


 その話は私も聞いたことがあった。

 前国王には思い合った恋人がいたが、魔力が低かったがために引き裂かれて別の女性と結婚した。二人の間に産まれたセシーリア殿下と国王陛下。国王陛下が王位を継げるだけの魔力があると分かってから、前国王はお妃様とは別々の部屋で暮らし、国王陛下が育つまでの時間を心待ちにしていたのだ。


「何が言いたい、若造」

「兄上を若造と言わないでください。兄上はルンダール家の当主です」

「子どもが口を挟んで良い問題じゃない」

「いいえ、挟ませてもらいます」


 苛々と膝を握り締める前国王に私は言いたいことがあった。お兄ちゃんを矢面に立たせたくない。それくらいならば、私が立つ。


「結婚で本当に苦しんだのはあなたではないのですか? 今は思い合った方と一緒で心安らかに幸せでいられるのに」

「生意気な口を聞いてなんだ!」

「私たちは魔術師を生むことを拒んでいるわけではないのです。ただ、思い合ったもの同士が幸せに暮らせる、それが貴族社会でも普通に行われることを望んでいるのです」


 はっきりと告げた私に前国王は納得ができない表情である。


「それならば、国王に相応しい魔術師が生まれない、貴族の家の当主となるに相応しい魔術師が生まれない可能性があるではないか」

「そのことだけに拘って、父上も母上も、幸せでしたか?」


 問いかけたのはセシーリア殿下だった。

 愛のない結婚で子どもが生まれたら別々に生活を始めた夫婦の間に、セシーリア殿下と国王陛下は愛情もむけられずに育ったのだろう。


「わたくしは、愛のない結婚も、その結果として生まれた子どもも不幸だと思います」

「セシーリア、アンドレア、お前たちには申し訳ないことをしたと……」

「分かっていらっしゃるなら、どうして理解してくださらないのですか!」


 謝ろうとする前国王に国王陛下の怒号が飛んだ。

 落ち着かせるようにセシーリア殿下が国王陛下の肩を抱く。こうやって二人寄り添って生きてきたのだろう。


「前国王様、法案が通れば、あなたもお妃様と離婚ができます」

「私が……妃と?」

「そうです。子どものいる王族、貴族は離婚できないものと定められていましたが、離婚できるようになって、本当に愛する方と結婚することができるのです」


 その情報は前国王に行っていなかったようだった。私の話を聞いて前国王の表情が変わっている。


「反対派に踊らされずに、冷静な判断をなさってください」

「しばらく考えさせてほしい」


 私の言葉に前国王はそう答えて自分の領地に帰って行ったがその心は決まっていた気がする。ほっと息を吐くとお兄ちゃんが私の手を握る。


「イデオンがいてくれて良かった」

「ありがとうございます、イデオン様」


 お兄ちゃんとセシーリア殿下にお礼を言われて照れる私に国王陛下が「次の仕事があるから」と立ち上がった。


「礼を言う。ありがとう」


 部屋を出るときに国王陛下が呟いた言葉はしっかりと私の耳に届いていた。

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