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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
九章 魔術学校で勉強します! (一年生編)
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31.卒業論文発表の日

 研究課程というものには卒業するための卒業論文というものがある。研究テーマを決めてそれに関する論文を書くのだ。


「僕のテーマは薬草栽培の実験畑だったよ」


 魔術学校時代からお兄ちゃんと私たちはルンダール家の裏庭の薬草畑で毎年違うものを育てていた。

 石鹸やシャンプーの事業を立ち上げるきっかけとなった向日葵駝鳥。

 滋養にいいハチドリイチゴは小屋を建ててその中で育てた。

 ニワトリメロンは熱中症防止のために役立った。

 色変わりキャベツは煮出した汁で感知試験紙を作った。

 清め草はアンデッド対策の聖水作りでヨアキムくんとファンヌが夏休みの自由研究で賞をもらった。

 お茶畑では烏龍茶という半発酵したお茶にジャスミンの香りを付けて花茶にしたり、緑茶に果物の香りを付けて売り出したりした。


「こんな風にルンダール領で育てられる植物や薬草にどれだけの可能性があるかを纏めていったんだ」

「論文は合格したの?」

「発表はこれからなんだ」


 新年のパーティーも終えて一年で一番寒い季節を迎えたルンダール領。研究課程も魔術学校も幼年学校も授業が始まり、保育所もお預かりが始まっていた。

 昼休みに中庭でお弁当を食べるにはちょっと寒すぎるので魔術学校の空き教室で魔術の火が点されたストーブの周りに集まって生徒たちはお弁当を食べている。暖かなストーブのオレンジっぽい灯りに照らされてお兄ちゃんの横顔を私はじっと見つめていた。

 初めて会ったときから大人みたいに大きいと思っていたけれど、お兄ちゃんは今や他の大人たちよりも頭一つ背が高くて精悍な顔立ちで体付きも大人らしく逞しくなっている。

 男らしい姿なのだがこちらを見て目が合うと、柔らかく微笑んでくれて、12歳のときから変わらないお兄ちゃんだと思わせてくれる。


「午後に発表?」

「教授の審査は通ったんだけど、最終的な発表は今日の午後からだよ。結構厳しい質問が来るらしいから、イデオン、応援して」

「お兄ちゃん、頑張って」


 お兄ちゃんだけではない。お兄ちゃんと一緒に裏庭の薬草畑の世話をして、お茶畑にも通った私たち兄弟全員の集大成ともいえる発表だった。

 手を握って応援するとお兄ちゃんの指先が冷たいのが分かる。それだけ緊張しているのだ。

 水筒を取り出して暖かな紅茶を蓋のカップに注いでお兄ちゃんに渡す。普段はお兄ちゃんの方がお茶を注いでくれるけれど、今日は私がお兄ちゃんを力づける番だった。


「きっと大丈夫」

「ありがとう、イデオン。頑張るね」


 お昼休みも終わりの時間になってお兄ちゃんは紅茶を飲んで、お弁当を片付けて研究課程の校舎に戻って行った。お兄ちゃんの発表の結果が素晴らしいものであるように私は祈ることしかできなかった。

 中庭までお兄ちゃんを送り出してから教室に戻るとフレヤちゃんとダンくんが並んで座って選択科目の記入用紙を睨んでいた。フレヤちゃんもダンくんも私も年末の試験で合格しているので進級は決まっているが、次は二年生から履修する科目を決めなければいけない。

 基本的に一年生で受けた科目をそのまま続けることが多いのだが、変えたい場合には対応してくれる。


「歴史学を追加で取るか……」

「肉体強化を追加で履修しようかしら」


 更に二年生になると教養科目が減るので追加で選択科目を履修したい生徒は申し込めば履修できるシステムになっていた。バイトで学費や生活費を稼ぐのに忙しい生徒は追加の科目までは手が回らないが、ダンくんはそういうこともないし、フレヤちゃんは魔物研究の助手として役に立つためにどうしても肉体強化の専門的な技術まで習得したいようだった。

 攻撃や防御、肉体強化の基礎は一年生のときに習う。原理として知っているだけで私やダンくんは才能がないのでほとんど使えないのだが、フレヤちゃんは攻撃や防御、肉体強化にも才能があった。

 魔術とは元々持っている資質を伸ばすだけで、持っていない才能まで増やすことはできない。魔力の強さも生まれながらに決まっていて、それ以上増えることはなかった。魔術の才能自体血統でしか受け継がれず、生まれながらに持っている、持っていないというのが決まっているのだ。

 非常に不公平だが魔術師の世界とはそういうものである。


「私も歴史学は気になってたんだよね。政治学だけじゃどうして今の政治が作り上げられたのか分からないし」

「イデオン、法学はどうする?」

「もちろん、履修するつもりだよ」


 科目が多少増えても私は平気なのだが、ダンくんは勉強に付いて行けるかが心配なようだった。フレヤちゃんはバイトと両立できるかを心配している。

 これだけ恵まれた環境なのだから、学べるときにできるだけ学んでおきたい。それが私の考えだった。


「イデオンが教えてくれるなら、法学も取ろう」

「私も法学取りたかったのよね」

「もしかして、私のノート狙い!?」

「自分でもノート纏めるけど、足りないところがあるかもしれないから、イデオンくん、頼りにしてるわ」


 秀才で奨学金をもらっているフレヤちゃんにまで頼りにされてしまった。私の成績は上位に入るがそれも働かずに勉強に集中できる環境だからだと分かっている。フレヤちゃんみたいに働きながら勉強をしていると、どうしても時間が取れなくて成績が落ちてしまうこともあるが、それでも奨学金がもらえる順位を維持しているフレヤちゃんは非常に優秀だった。


「イデオンとはほとんどの科目が被ってるから安心するよ」

「ダンくんとはそうだよね」

「私は実技科目が多いからなぁ。イデオンくん、実技は取らないでしょう」

「できる限り取りたくないね」


 本当は自分を守るために多少は体術なども取っておいた方が良いのだろうが、体格的にも華奢で背も高くない私は取っ組み合いなんて絶対にできそうになかった。苦手なことをするよりも得意分野を伸ばした方が良い。


「ま、まな板あるし……」


 私にはまな板があるし、ファンヌには菜切り包丁がある。

 伝説の武器があればルンダール家は守られるだろうと普段はまな板を冷遇しているのにこういうときだけ調子のいい私だった。

 選択科目を決めて提出すると午後は授業がないので、エリアス先生のところに寄って歌を聞いてもらって、楽譜を受け取ってからクリスティーネさんと待ち合わせをする。


「イデオンくん、歌の練習は上手くいっていますか?」

「みんな上達しています。ありがとうございます」


 カミラ先生一家にお礼として歌うアンネリ様の思い出の歌を三部合唱に編曲してくれたエリアス先生はそのことも気にかけてくれていた。

 校門近くで待ち合わせをしていたクリスティーネさんに移転の魔術でお兄ちゃんの領地まで連れて行ってもらう。


「オリヴェル様が卒業されたら、わたくしが送り迎え致しますね」

「クリスティーネさんも六年生になるから、忙しかったら馬車を呼ぶので言ってくださいね」

「お気遣いありがとうございます」


 お兄ちゃんが送ってくれる期間ももうあと少しになっている。そのことに寂しさを感じるけれど、お兄ちゃんが立派なルンダール領の当主様になるのは私の夢でもあったのだから、喜ばなければいけない。

 ファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんも帰ってきて、お兄ちゃんの領地の部屋は賑やかになった。お兄ちゃんの帰りを待ちながら執務用の机の端で私は宿題を終わらせる。別の机でファンヌとヨアキムくんも二人並んで座って宿題をしていた。

 エディトちゃんとコンラードくんは子ども用の椅子に座ってお絵描きをしている。


「ただいま」

「お帰りなさい、お兄ちゃん!」


 お兄ちゃんの声が聞こえると私は椅子から飛び降りて玄関に走って行った。両腕を広げたお兄ちゃんに確りと抱き留められる。ハグをして、ルームシューズに履き替えるお兄ちゃんに問いかける。


「発表どうだった?」

「問題なかったよ。これで卒業できる」

「おめでとう、お兄ちゃん」

「ありがとう、イデオン」


 途中の部屋で着替えるかと思ったら、お兄ちゃんはそのまま奥の執務室まで廊下を歩いて行った。机で宿題をしていたファンヌとヨアキムくん、お絵描きをしていたエディトちゃんとコンラードくんに声をかける。


「ルンダール家のお屋敷に戻るよ」

「オリヴェル兄様のお仕事はどうするの?」

「残りの仕事はヨアキムくんのお祖父様とお祖母様にお任せして、僕は今日からルンダール領の統治の引継ぎに入る」


 論文の発表が終わって卒業が決まったらそうしようとお兄ちゃんは決めていたようだった。

 急なことに驚いてお目目を丸くしているファンヌ。ヨアキムくんは椅子から飛び降りた。


「もう、このお屋敷には来ないんですか?」

「ときどき顔は出すし、ヨアキムくんのお祖父様とお祖母様に会いに来るのは構わないよ。でも、この領地での仕事は終わり」


 ヨアキムくんのお祖父様とお祖母様にほとんどの仕事は引継ぎがなされていたことを私はそこでようやく知った。

 みんなでルンダール家のお屋敷に戻ってお兄ちゃんは執務室に、私は自分の部屋に、ファンヌとヨアキムくんも自分たちの部屋に、エディトちゃんとコンラードくんは子ども部屋に戻る。

 これから春までお兄ちゃんはルンダール家で引継ぎをすることになった。

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