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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
九章 魔術学校で勉強します! (一年生編)
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28.七年間のお礼

 王都の応接室で出されたお茶はルンダール産の花茶で、茶器はノルドヴァル産の白い陶器に花の描かれた美しいものだった。お茶をいただきながら茶器を眺めているとセシーリア殿下が菫色の目を煌めかせる。


「ルンダール領の花茶には取っ手のついていない白く華奢な湯呑がよく合います」

「ノルドヴァル領から買われたのですね」

「王都でも花茶とカレー煎餅と茶器が貴族だけでなく平民の間でも流行っているんですよ」


 花茶とカレー煎餅、それにノルドヴァル領の茶器の流行は貴族にとどまっていなかった。平民の中でも裕福な家は花茶とカレー煎餅を楽しんでいるようだった。


「カレー煎餅を乗せるお皿もノルドヴァル産の茶器とお揃いのものが出ているんです」


 ノルドヴァル領は徹底的にルンダール領が流行らせようとしているものに合わせて来ているようだ。それでノルドヴァル領も儲かるし、ルンダール領との関係が修復されるならば悪くはない。

 海苔の巻かれた一口サイズのカレー煎餅を食べて、花茶をいただいてお兄ちゃんと私は王城を辞した。

 ルンダール領に帰って来るとブレンダさんが玄関近くで結果を待っていた。


「ただいま帰りました」

「どうだったんだい?」

「審議には必ずかけられるようですよ、ブレンダ叔母上」

「いい結果になるように私も頑張ります」


 お兄ちゃんと私で報告をするとブレンダさんは息を吐いていた。部屋に戻って着替えているとビョルンさんが部屋を訪ねて来た。


「イデオンくんの年を考えずに働かせすぎたのではないかと、カミラ様が心配しています」

「それは、大丈夫です」

「セシーリア殿下から通信が入って、結婚の法案の審議にも参加するという話を聞きました。魔術学校に通いながら仕事もするというのはイデオンくんにはハードすぎるのではないでしょうか」


 魔術学校で熱を出してしまったことに関して、カミラ先生とビョルンさんはものすごく心配をしてくれているようだった。イェオリくんのことがあってお兄ちゃんとのことを考えすぎて熱が出てしまったなんてこと言えるわけがない。

 何より、ファンヌやヨアキムくん、エディトちゃんにコンラードくんも朝から茶畑で世話をして幼年学校や保育所に行って、帰ってきたらお兄ちゃんの領地のお屋敷で過ごしているのに、私だけが熱を出すほどひ弱だと思われてしまうことが情けなかった。


「ヨアキムくんもファンヌも、エディトちゃんもコンラードくんも、同じように過ごしています。あのとき偶々体調を崩しただけのことで……」

「ヨアキムくんやファンヌちゃん、エディトやコンラードは、執務に手を出していないでしょう?」


 ビョルンさんに言われて、私は初めて気付いた。

 ヨアキムくんやファンヌの年……いや、エディトちゃんの年から私は普通に思い付いたことをお兄ちゃんやカミラ先生に伝えて領地経営に参加していた。けれどファンヌやヨアキムくんはお兄ちゃんの領地のお屋敷にいるが、していることは幼年学校の宿題や遊びで執務には関わっていない。エディトちゃんもコンラードくんも当然のことだが執務には関わっていなかった。

 茶畑の世話を同じようにしているので、私はすっかりファンヌもヨアキムくんもエディトちゃんもコンラードくんもみんなで領地を治めている気になっていた。


「私は領地経営に口出ししない方が良いってことですか?」

「それは困るよ。僕にはイデオンがいてくれないと」


 お兄ちゃんはそう言うけれどビョルンさんの表情は厳しかった。


「イデオンくんが幼いのに頼り過ぎていたところがありますね」

「ですが、イデオンは僕の唯一の頼れる相手なんです」


 はっきりとお兄ちゃんが言えば、ビョルンさんが困ったように眉を下げる。


「イデオンくんとオリヴェル様の絆は強いですからね。イデオンくんはくれぐれも無理をしないようにしてくださいね。魔術学校の一年目でカリキュラムが詰まっていて疲労していたところもあったと思いますので」


 私とお兄ちゃんを引き離すことはできない。

 結局ビョルンさんはそう判断したようだった。

 安心して着替え終えるとお兄ちゃんの領地のお屋敷に、お兄ちゃんと手を繋いで移転の魔術で飛んでいく。玄関から入ってルームシューズに履き替えると、ファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんが走って来た。


「セシーリア殿下はなんと仰ってましたか?」

「法案の改正の審議が行われるだろうって。ルンダール領、オースルンド領、ノルドヴァル領、スヴァルド領の四領主も交えてね」

「オリヴェル兄様も行かれるのね?」

「多分、審議までに時間がかかるから来年になるんじゃないかって言ってた。僕も行くし、イデオンも行くよ」


 ヨアキムくんとファンヌの問いかけに答えると、エディトちゃんとコンラードくんがぴょんぴょんと飛び回る。


「らいねん、わたくし、ようねんがっこうににゅうがくします!」

「こーは? こーは、どこにいくの?」

「こーちゃんは、ほいくしょよ」

「やぁー! こーもよーねんがっこ、いくぅー!」


 来年の話になるとコンラードくんは泣き出しそうになる。しかも、アイノちゃんと別のオースルンド領の保育所に行くと伝えたら本格的にひっくり返って泣き出しそうだったので、私はそっと口を噤んだ。


「コンラードくん、来年からオースルンド領に帰るとか分かってないよね」

「コンラードにとってはルンダール領で生まれて、ずっとルンダール領で過ごしてきたから、オースルンド領が本当は自分の故郷だと言われても困っちゃうよね」


 執務の椅子に座ったお兄ちゃんに小声で言えば、お兄ちゃんはぽりぽりと頭を掻いていた。

 ルンダール領で生まれて育ったのに、来年から急にオースルンド領に帰ると言われてもコンラードくんは理解が追い付かないだろう。姉のエディトちゃんですらオースルンド領で夏にその話をしたときに驚いていたのだ。

 あのときはエディトちゃんが納得していたからなんとなく納得していたコンラードくんも、実際にオースルンド領に戻るときになったら暴れて泣いて大変かもしれない。


「幼年学校と保育所が終わったらルンダール家のお屋敷に来るとはいえ、二人がいなくなるのは寂しいなぁ」


 お兄ちゃんの呟きに私は全くの同感だった。

 生まれたときから見ているエディトちゃんとコンラードくんがオースルンド領に帰って別々に暮らすようになる。カミラ先生とビョルンさんとカスパルさんとブレンダさんもオースルンド領に帰って、カミラ先生とビョルンさんが補佐として通ってくることになる。

 来年度はお兄ちゃんと私とファンヌとヨアキムくんだけのルンダール家になる。5歳でカミラ先生と出会ってから約七年間もずっと一緒にいたのだ。私の人生の半分よりも多い年月だった。


「私とエディトちゃんのお誕生日まではいてくれるかな」

「みんなでお祝いして、お礼を言いたいね」


 その後も通ってきてくれるとしても、カミラ先生は今年度までで当主代理ではなくなって、お兄ちゃんが来年度から正式な当主となる。今まで七年以上もお兄ちゃんと私たちを守り、育て、愛情を注いでくれたカミラ先生とビョルンさん、それにブレンダさんとカスパルさんにお礼をしたい。カスパルさんと一緒にオースルンド領に行ってしまうリーサさんにもお礼をしなければいけない。


「ファンヌ、ヨアキムくん、相談があるんだけど」


 私は別の机で勉強をしていたファンヌとヨアキムくんを呼び寄せた。ノートと筆記用具を片付けて椅子から飛び降りてこちらにやってきた二人に私も椅子から降りた。


「今年度まででカミラ先生の一家はオースルンド領に帰っちゃうでしょう?」

「僕もですか!?」

「ヨアキムくんはルンダール領に残るよ」

「良かった……」

「今までいっぱいお世話になったから何かお礼をしたいと思うんだけど、何がいいかな?」


 カミラ先生の一家と聞いて驚くヨアキムくんに、そういえばヨアキムくんもカミラ先生の養子となってオースルンド家の一員となっていたことを思い出した。最初からカミラ先生はヨアキムくんがルンダール家にいられるように養子にしたのであって、オースルンド領に連れて帰るつもりはなかったようだ。


「お歌がいいわ! オリヴェル兄様も歌えるあの歌!」


 アンネリ様の思い出の歌を全員で合唱してお礼にする。

 オースルンド領の次期領主のカミラ先生は物質的に足りないものはないだろうし、アンネリ様の思い出の歌がお礼になるのならばとても素敵なことのように思えた。


「ファンヌ、名案だね!」

「僕、練習しないと」


 私とお兄ちゃんはファンヌの提案に飛び付いていた。

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