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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
二章 呪われた子を助けながらお兄ちゃんと楽しく暮らします!
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2.列車の旅

 当主代理をしているカミラ先生は長期間は休めない。それでも、カミラ先生は列車で行く先で私たちを遊ばせたいようだった。


「子どもは遊ぶのが仕事ですからね。たくさん遊ばないと健やかに育ちません」

「僕は子どもという年ではありませんよ?」

「オリヴェル、あなたは私から見れば十分子どもですし、子ども時代がなかったに等しいではないですか。イデオンくんとファンヌちゃんと、存分に楽しんでいらっしゃい」


 カミラ先生がいない間も、私たちについていてくれる大人として、リーサさんとセバスティアンさんが選ばれた。二人がいてくれれば、カミラ先生がいなくても平気だろう。


「びぎょ」

「ぎょぎょ」

「びゃー」


 荷造りをしていると、当然のように大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラとジャガイモマンドラゴラが、私の肩掛けのバッグに入り込んだ。薬草市に行ったときもだが、両親との対決のときも、マンドラゴラは私の味方でいてくれた。

 魔術で無意識に筋力強化を行えるファンヌと違って、私は普通の5歳児なので、身を守る手段がない。そういうときに『死の絶叫』を使って、聞いた相手に吐き気や頭痛をもたらして、動けなくするマンドラゴラは、強い味方だった。

 マンドラゴラが護衛代わりになってくれるのを知って、カミラ先生は私とお兄ちゃんとファンヌにも魔術具を作ってくれた。三人色違いのミサンガのような紐を編んだ魔術具。赤色を中心に編んだものを私の手首に、黄色を中心に編んだものファンヌの手首に、青を中心に編んだものをお兄ちゃんの手首に、カミラ先生は結んでくれた。


「これはマンドラゴラの『死の絶叫』を防御する魔術がかかっています。薬草畑で、抜くときにも防御しますから、ずっと着けていてください」

「おふろも?」

「えぇ、ファンヌちゃん。これは濡れても平気な素材で作りましたよ」


 決して外さないようにと言われて、ファンヌがコクリと頷く。

 肌身離さずつけるお揃いの魔術具。お守りのようで、嬉しくなる。綺麗な紐を編んだ魔術具に、様々な防御の魔術がかかっていることを、そのときの私たちは知らずに、無邪気に喜んでいた。

 手首をかざして何度も見ていると、隣りでファンヌもずっとそれを撫でている。

 ファンヌの人参のポシェットには人参マンドラゴラが入って、出かける準備が整う。


「行き先は決まりましたか?」


 準備をしている間に、列車の路線図を見て、行きたいところを決めておくようにとカミラ先生から言われていた私とファンヌとお兄ちゃん。行きたい場所は三人とも同じだった。


「海に行きたいです」

「うみを、みたことないから」

「おみじゅ、いっぱい、ちゃぷちゃぷなの!」


 家庭教師としてカミラ先生が来てくれるまで、屋敷の中と裏庭だけが私たちの世界だった。課外授業で外に連れ出してくれるようになって、私たちの興味は広がった。

 本では読んだことのある「海」というもの。広い広い水たまりがあるというイメージだが、実際にはどうなのだろう。


「海だったらかなりの時間乗らなければいけませんね」

「乗っているのも楽しいと思います」

「おにいちゃん、おひざにすわってもいい?」

「カミラてんてー、おひじゃ、いい?」


 5歳にもなってお兄ちゃんのお膝に座るのは恥ずかしいかもしれないが、離れていた時間がある分、私はお兄ちゃんに甘えたくて仕方がない。ファンヌの方は、カミラ先生に完全に懐いてしまったようだ。


「窓際の席は二つしかありませんからね。外が見えるようにしてあげましょうね」

「叔母上は列車に乗ったことがあるんですか?」


 移転の魔術を使える魔術師は、移動にわざわざ列車を使ったりしない。

 そう思い込んでいたが、カミラ先生も列車に乗ったことがあるようだ。お兄ちゃんが聞けば、カミラ先生が答える。


「弟妹が小さい頃に、移転の魔術が使えずに、家族で列車で旅をしましたよ。レイフ兄上がまだ結婚する前で……」


 亡くなったレイフ様の話になると、カミラ先生の表情が曇る。私もお兄ちゃんを亡くすなんて考えられないが、カミラ先生もレイフ様が大好きだったのだろう。結婚して数年で亡くなったというレイフ様。お兄ちゃんに似ていたとカミラ先生は言っていた。

 カミラ先生は長身で細身で、物凄く美人なのだが、お兄ちゃんはどちらかといえば骨格ががっしりとしていて、骨太で、体付きがしっかりしている。顔立ちも繊細なカミラ先生と、整ってはいるが男らしいお兄ちゃんでは全く違う。

 お兄ちゃんも背が高くなりそうなのだけは、同じだった。


「列車の個室(コンパートメント)席のチケットを取りましたから、全員で座れますよ」

「こんぱーとめんと?」

「行ってからのお楽しみです」


 列車の駅までは、馬車に乗って向かった。馬車が揺れるたびに座席からずり落ちそうになるのを、手すりに掴まって、私とファンヌは必死に耐える。カーブで曲がるときに、お尻を軸にくるりんと滑ってしまって、一回転しても、ファンヌは何事もなかったかのようにスカートを整えて、座り直した。

 魔術で内容量を拡張してある私の臙脂と紺の肩掛けのバッグと、ファンヌの人参のポシェット。お兄ちゃんにもカミラ先生は肩にかけられる皮のバッグを渡していた。旅行中の荷物は全部そこに入っているので、かさばることもない。

 リーサさんとセバスティアンさんは、カミラ先生からもらった魔術のかかった小さなトランクを膝の上に乗せていた。

 列車の駅に着くと、ひとが大勢いた。お兄ちゃんくらいの年齢の少年が、新聞を売っていたり、お弁当を売っていたりする光景も見られる。

 魔術学校に進めない子どもたちは、幼年学校を卒業すると働くのが普通のことになっていた。

 魔術師は血統でしか引き継がれないので、貴族がそれを独占した時代があって、領民の中で魔術の才能が高いものが産まれる方が稀なのだ。


「まじゅつしだけが、ひつようなのでしょうか……」

「いいえ、国には様々な学問を修めたものが必要です。魔術の才能には関わりなく」


 私の魔術の才能が低いことを口にしたときに、カミラ先生は「特別に低いわけではない」ということと「魔術以外のことでも役に立てる」ということを教えてくれた。今のところ、ルンダール領には幼年学校を卒業したら、魔術師になる魔術学校か、それぞれの専門の工房に直接弟子入りするかしか、学ぶ道がない。

 魔術師になる以外の選択肢のある学校があってもいいのではないか。

 働く少年たちを見て、私はそのとき思っていた。

 黒い鉄の列車が蒸気を上げながら到着すると、カミラ先生がファンヌを抱き上げて、お兄ちゃんが私を抱き上げて、列車が良く見えるようにしてくれる。

 思っていたよりも大きな列車に、私は圧倒されていた。


「にぃたま、れっちゃ! ほんものの、れっちゃ!」

「すごいね、ファンヌ。これにのれるんだよ」


 興奮する私たちに一番先頭まで行って、列車の全容を見せてくれてから、お兄ちゃんとカミラ先生とリーサさんとセバスティアンさんは列車に乗った。

 個室席というのは、それぞれに部屋のように区切られた席で、カミラ先生がチケットを取ってくれたのは6人が座れる個室だった。

 向かい合わせに三人ずつの座席があって、お兄ちゃんとカミラ先生が向かい合って窓際に座り、私とファンヌを膝の上に乗せてくれる。窓ガラスの向こうには、駅の雑踏が広がっていた。窓の外に夢中になっている間に、リーサさんがカミラ先生の隣りに、セバスティアンさんがお兄ちゃんの隣りに座る。


「実は、わたくしも列車に乗るのは初めてで、緊張しています」

「じょぶよ、リーサしゃん。わたくち、いまつ」

「ファンヌ様が一緒で心強いですわ」


 大丈夫だと胸を張るファンヌに、リーサさんはころころと笑う。両親がいた頃は泣いていたし、お兄ちゃんが捨てられてからはずっと厳しい表情だったリーサさんも、今は心から笑えている。


「海の方には、わたくしの息子夫婦が住んでおります。孫に会えるかもしれませんね」

「セバスティアンさんのおまごさん?」

「ちょうど、イデオン様とファンヌ様より少し上くらいの年ですよ」


 同年代の子どもと遊んだことのない私は、セバスティアンさんの言葉に、期待するような、ちょっと怖いような、不思議な気分だった。

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