27.縁は異なもの味なもの
ルンダール領、オースルンド領、スヴァルド領、ノルドヴァル領、全ての貴族からは無理だったがそれぞれの領地の過半数以上の貴族から署名が集まったことが分かった秋も深まった日、私たちはアンネリ様とレイフ様のお墓参りに出かけた。
「デシレアさんも来るなら、イーリス嬢もお誘いしていいかな?」
「法案を審議するのは来年になりそうですが、レイフ兄上とアンネリ様にイーリスさんを紹介せねばなりませんね」
カミラ先生に言われてブレンダさんは急遽イーリスさんをスヴァルド領から呼び寄せた。亡くなっているがブレンダさんの兄夫婦に紹介されるとあってイーリスさんは黒いレースの清楚なドレスでやってきた。
「イデオン様にはこれからお世話になります」
「署名の件、私にできることでしたら協力しますよ」
集まった署名を持ってくる必要もあったのでイーリスさんが来たのはちょうど良かった。署名を受け取って全部の領地の分を揃える。セシーリア殿下の御都合が良ければ明日にでもお届けすることになりそうだ。
リーサさんもディックくんを抱っこしてカスパルさんにエスコートされて馬車に乗り込む。
「ディックを初めてアンネリ様とレイフ様に紹介しますね」
「僕の兄上と兄上の奥方様だよ。オリヴェルの父上と母上」
「うー?」
まだ1歳にもならないディックくんは丸いお目目をくりくりさせながらカスパルさんの説明を聞いていた。
庭の赤い薔薇を切ってもらって花束にして、ブルースターは今年はデシレア叔母上が用意してくれた。生花を育てて売っているデシレア叔母上の領地ではブルースターも育てているのだ。
お花を持って林に囲まれた墓地に行くと、墓守さんが掃除をしてくれていても毎日落ち葉が降り積もるのだろう、風で飛んできた落ち葉を私たちは片付けた。
「レイフ兄上、イーリス嬢です。私の大切な方です」
「イーリス・スヴァルドです。ブレンダ様と結ばれるために国の法を変える署名をしています。ブレンダ様と幸せになりたいのです」
ブレンダさんがレイフ様のお墓の前でイーリスさんの肩を抱いている。ブレンダさんの方が背が高くて、イーリスさんの方が小柄で華奢な二人。寄り添う姿はとてもお似合いだった。
「父上、母上、今年度で研究課程を卒業します。最終的にどうなるかは分かりませんが、来年度から当主として叔母上の力を借りながら頑張ってみます。見守っていてください」
お兄ちゃんがアンネリ様の墓石の前に薔薇の花束を置いた。カミラ先生がレイフ様の墓石の前にブルースターの花束を置く。
「オリヴェルのことを助けてくれたイデオンくんの叔母様からお花をいただきました。ボールク家の領地は生花の栽培で立ち直りつつあります。デシレアさんはエディトもコンラードも大好きなとても良い方です」
「デシレア・ボールクです。姉のことは謝罪しても許されることではないと分かっています。姉の借金も全てルンダール家にお返しするつもりです。どうか……」
深々と下げた頭を上げないデシレア叔母上に、私はエディトちゃんとコンラードくんの背中を押した。デシレア叔母上の脚にエディトちゃんとコンラードくんが飛び付く。
「ルンダール領にとってはなくてはならない方で、私たちも大好きな叔母上です。アンネリ様、レイフ様、お兄ちゃんを頑張って支えていきますので、見守っていてください」
それ以上謝ることはないのだとデシレア叔母上に伝えられただろうか。カスパルさんとリーサさんはディックくんを抱っこして見せていた。
「アンネリ様、レイフ様、カスパル様との間に授かった男の子です。ディックといいます」
「リーサさんと幸せな家庭を築いています。それもイデオンくんとオリヴェルがルンダール領に招いてくれたおかげです」
カミラ先生が妊娠で体調を崩したときに、カスパルさんとブレンダさんに補佐を頼まなければ、カスパルさんがリーサさんと出会うことはなかったかもしれない。
「わたくしもイデオン様とオリヴェル様のおかげでブレンダ様と出会えましたわ」
バックリーン家の子息と婚約していたイーリスさんの身代わりをブレンダさんに頼まなければ、イーリスさんとブレンダさんも出会っていなかったかもしれない。
そう考えると縁というものは本当に不思議なものだった。
ファンヌとヨアキムくんも墓石の前で祈っていて、それをエディトちゃんとコンラードくんがデシレア叔母上の脚にくっ付きながら真似していた。
「わたくし、生まれなかったら良かったと思ったことはないの」
行きも帰りもカミラ先生とビョルンさんとコンラードくんとエディトちゃんとヨアキムくんのオースルンド次期領主一家、カスパルさんとリーサさんとディックくんのカスパルさん一家、ブレンダさんとイーリスさんのカップル、そして私とお兄ちゃんとファンヌとデシレア叔母上に別れて馬車に乗った。帰りの馬車の中でファンヌがしみじみと言う。
「ケントとドロテーアのしたことは許せないけど、わたくし生まれてなかったら、オリヴェル兄様と出会うこともなかったし、ヨアキムくんと出会うこともなかったのよ」
「そうだよね。私もアンネリ様が生きていて、私たちが生まれていない今を考えたことがあるけど、そうなるとファンヌも生まれないことになるのか」
「それは困りますわ」
「うん、困るよ。僕にとっては二人とも大事な可愛い弟と妹だからね」
血が繋がっていないのに私とファンヌを最初からお兄ちゃんは弟と妹として受け入れてくれた。私はもうお兄ちゃんが初めて私と出会った年になっている。この年で2歳の私と1歳にもなっていないファンヌの面倒を見ていたお兄ちゃんは、私よりも体が大きかったとはいえ本当に大変だっただろう。
「姉のことは一生心に残っていると思います。それと同時に姉が生んだ子どもたちがこんなに立派に育っていることを誇りに思います」
「私、デシレア叔母上が大好きです」
「わたくしも、大好きですわ」
私とファンヌに飛び付かれてデシレア叔母上は照れ臭そうにしていた。
お屋敷に戻ると着替える前にセシーリア殿下に魔術具で通信をする。
「ルンダール家のイデオンです。署名が集まりました。明日にでもお持ちしてよろしいでしょうか?」
『この日を首を長くして待っておりましたわ。明日、お待ちしています』
快い返事をいただいて、着替えながらお兄ちゃんに確認する。
「明日、王都に署名を持って行くんだけど、お兄ちゃん一緒に来てくれるよね?」
「ルンダール家の当主として初めての仕事になるかな」
「よろしくお願いします」
私の保護者として、ルンダール家の当主として、王都に行ってくれるというお兄ちゃんに私は深く頭を下げた。
翌日も魔術学校も研究課程も休みの日で、前日よりもきっちりとしたスーツを着て私とお兄ちゃんは署名を纏めて準備をした。
「私が付いて行かなくて大丈夫ですか?」
「これを僕の当主としての初仕事にしたいと思います」
「オリヴェル、立派になって」
カミラ先生に送り出されて私とお兄ちゃんは移転の魔術で王都に行った。王城の前でランナルくんが待っていてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。セシーリア殿下がお待ちです」
ノルドヴァル領の領主の娘の投獄からセシーリア殿下に引き取られて、スイカ猫の事件があって、あれから数年、ランナルくんは貴族としての振る舞いを身に着けていた。ランナルくんに案内されて応接室で待っているセシーリア殿下の元に行く。
「結婚の法律を見直すということで、わたくしも王都の貴族たちの署名を集めていました」
「セシーリア殿下、こちらが私たちが集めた署名になります」
「これを国王陛下に提出して、まずは宰相を説得して、本格的な審議に入るのは来年になりそうですね」
「そんなにかかりますか?」
「法を変えるのですから、時間はかかります」
来年になるということはお兄ちゃんがルンダール領の当主になっている頃かもしれない。それを見越してお兄ちゃんは自分の手で署名を持って行きたいとカミラ先生に申し出たのだろう。
「これだけの署名が集まっているのですから、審議にかけられることは決まったようなものです。ルンダール領、オースルンド領、ノルドヴァル領、スヴァルド領の領主が集められて、大会議が開かれるでしょうね」
「その折りにはどうぞよろしくお願いいたします」
「ルンダール領の当主としての初仕事には荷が重いかもしれませんが、王都に頻繁に通うことになりそうですね」
「覚悟はしています。国を動かそうというのですから」
凛とセシーリア殿下の前で答えるお兄ちゃんはとても格好いい。これが当主としてのお兄ちゃんの姿なのだと思うと胸がどきどきしてくる。
「審議には発起人のイーリス様とイデオン様も来ていただく可能性があります」
「え? 私が発起人?」
「そう聞いておりますよ」
セシーリア殿下の言葉に私はきっと間抜けな顔をしていただろう。
「発起人はイーリスさんとおに……兄上では?」
「イーリス様は同性同士の結婚の法案を変えようとしていて、それにイデオン様が貴族の結婚全体の法案の見直しをと発案したと聞いておりますが」
嘘ー!?
発案したのはお兄ちゃんのはずなのに、いつの間にか私になっている。ちらりとお兄ちゃんの顔を見上げると、にっこりと微笑んでいる。最初からお兄ちゃんは私を巻き込む気だったのだ。
「精一杯、頑張ります」
まだ12歳の私に何ができるか分からないけれど、お兄ちゃんは私を頼りにして巻き込んだわけだ。頑張らないといけない。
来年は大変な年になりそうな予感がしていた。
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