25.水入らずのお墓参り
熱は翌日には下がっていて、私はいつも通りに魔術学校に行った。お兄ちゃんと手を繋いで移転の魔術で飛んできて、中庭でハグをして「行ってらっしゃい」と「行ってきます」をする間も周囲の視線が気になってしまう。
私とお兄ちゃんが付き合うはずがないのに、周囲は昨日はお兄ちゃんと私がイェオリくんを遠ざけて告白し合ったと勘違いしているのだとフレヤちゃんとダンくんに教えられた。お兄ちゃんには友達はいないから気付いていないかもしれない。気付いて欲しくないし意識して欲しくないと願っていると、お兄ちゃんは手を振って爽やかに階段を登って行った。
残された私が一般教養のための授業の教室に歩いて向かっていると、イェオリくんから声をかけられた。
「イデオンくん、やっぱりオリヴェル様と付き合ってるんだ」
「やっぱりって何!? 付き合ってないよ!?」
「オリヴェル様は絶対にイデオンくんのこと好きだと思うけどな」
「お兄ちゃんはちょっと変わってるだけなんだよ」
友達がいなかったのでお兄ちゃんは兄弟に対する距離感が近いだけで、私のことが恋愛的に好きなわけがない。否定する私にイェオリくんは懐疑的な瞳を向けてくる。
「本当に? 僕、ものすごく牽制された気がするんだけど」
「気のせいだよ」
優しいお兄ちゃんがイェオリくんを牽制するはずがない。
確信して答えて私は教室に入った。ダンくんとフレヤちゃんの近くに座るとイェオリくんは離れて後ろの方に座ってしまう。フレヤちゃんが前の方の席をとって先生に質問しやすい方が好きなので、私たち三人は前の方の席に座るのが毎日のことだった。
「熱は平気だった?」
「過労じゃないかって言われたよ。毎週末、結婚式や署名集めの仕事が入っていて、朝も休まずにお茶畑の世話に行ってたから疲れたんじゃないかって、ビョルンさんは言ってた」
「知恵熱じゃなかったんだ」
「知恵熱?」
告白したとか、付き合っているとか言われて、お兄ちゃんと私のことを考えすぎて熱を出してしまったのだろうとフレヤちゃんに指摘されて、私は眉根を寄せる。医者のビョルンさんが言っているのだからそれが正しいと私は思いたかった。
私とお兄ちゃんはなんでもない、ただの兄弟だ。血の繋がりはないけれど、ルンダール家でずっと一緒に育ってきたかけがえのない相手だ。
それが恋愛とは結びつかないことを、そのときの私は知っているつもりだった。
「オリヴェル様も報われないわね」
「お兄ちゃんが? どうして?」
「イデオンくんの賢い頭で考えてみたら」
珍しくフレヤちゃんが突き放すようなことを言ったので私は驚いてしまった。
午前中の授業を終えて、お昼休みに中庭に行くと周囲の視線が痛い気がする。何も気付いていないのか、先に来ていたお兄ちゃんは笑顔で私を迎えてくれて、ベンチの隣りに座らせてくれた。
「イデオン、熱はもう平気なの?」
「うん、頭もスッキリしてる」
「それなら良かった」
水筒から花茶を注いでお兄ちゃんが渡してくれる。ジャスミンの香りがふわりと鼻腔をくすぐって、爽やかなお茶が喉を通って行った。
「そろそろお墓参りの季節だね」
「今年はヨアキムくんのお祖父様とお祖母様もお誘いしようね」
ヨアキムくんのお母さんであるビルギットさんのお墓にはヨアキムくんのお祖父様とお祖母様は行ったことがあるようだが、ヨアキムくんと一緒には行っていない。
「今年は僕の両親のお墓参りと日程をずらして、ビルギットさんのお墓参りに遠慮なくヨアキムくんのお祖父様とお祖母様が来られるようにしよう」
お兄ちゃんの提案に私も賛成だった。
最初はただヨアキムくんの乳母さんと呼んでいたひとが、ヨアキムくんの本当のお母さんで、ビルギットさんという名前も分かった。ご両親が健在でお兄ちゃんの領地のお屋敷に住んでもらって茶畑の世話をしてもらったり、書類の手伝いをしてもらうようになった。
初めてヨアキムくんが来た頃と全く変わってしまったが、それは誰にとってもいい変化だと言えるだろう。
週末にはヨアキムくんとヨアキムくんのお祖父様とお祖母様でルンダール家の庭の薔薇を庭師さんに切ってもらって、花束を作っていた。
「ビルギットは明るい色が好きでした」
「メイドの服は暗い色で、時々は明るい色の服を着たいと手紙で言っていました」
懐かしそうに目を細めているヨアキムくんのお祖父様とお祖母様。幼年学校を卒業してからアシェル家のメイドとして雇われたビルギットさんは、自分の好きな服を着る機会もなかっただろう。ヨアキムくんのお祖父様とお祖母様が薔薇の刺を取って花束にしながら目頭を押さえる。
中央がピンクで外側が黄色の薔薇は明るく咲き誇っていた。
「父上、母上、エディトちゃん、コンラードくん、ファンヌちゃん……イデオン兄様にオリヴェル兄様、行ってきます」
ヨアキムくんのお祖父様とお祖母様と馬車に乗ってヨアキムくんはお墓参りに出かけて行った。
「こー……いきちゃい……」
「こーちゃん、きょうはおじいさまとおばあさまと、ヨアキムにいさまの、みずしらずなのよ」
「エディト、惜しいですね。水入らず、ですよ、正しくは」
「まちがえちゃった?」
門まで追いかけて行きたそうにしているコンラードくんをエディトちゃんがしっかりと襟を掴んで引きずって連れ戻している。言い間違いはカミラ先生がしっかりと訂正した。
ちょっと首が苦しそうなので、お兄ちゃんが途中でエディトちゃんを止めてコンラードくんを抱き上げている。
「今日はお留守番だよ」
「こー、おるつばん」
「ヨアキムくんはすぐに帰ってくるから」
いつも一緒にいるのでいないことの方が珍しいからか、コンラードくんは落ち着かない様子で玄関に何度も確かめに行っていた。
おやつの時間までにはヨアキムくんは帰ってきて、その日はお兄ちゃんの領地に行かずに待っていた私たちにヨアキムくんのお祖父様とお祖母様と報告をしてくれた。
「お母さんにお話ししました。お祖父様とお祖母様と、僕が将来治める領地で過ごしていると」
「ヨアキムくんが迎えに来てくれて、幼年学校が終わってから一緒に過ごせるようになってから生活が明るくなりました」
「本当にビルギットそっくりに育ってくれて」
目頭を押さえながらヨアキムくんのお祖父様とお祖母様がビルギットさんを懐かしむ。亡くなってから八年近くになるがヨアキムくんとお祖父様とお祖母様が揃ってお墓参りに行けたのは初めてである。
「ビルギットは大人しいけれど頭のいい子でした」
「魔術の才能もあったから目を付けられたのでしょうが、あの子を魔術学校に行かせてやりたかった」
「僕が魔術学校に行きます」
「ビルギットが死んでから私たち夫婦に喜びはなくなったと思いましたが、今はヨアキムくんが育っていくのを見るのが人生の幸せです」
目を細めてヨアキムくんを見つめるヨアキムくんのお祖父様とお祖母様の表情は優しい。最初に会ったときの暗く沈んだ表情は消えていた。
「長生きしていただかないと」
カミラ先生も話を聞いて微笑んでいる。エディトちゃんとコンラードくんはヨアキムくんのお祖父様とお祖母様に問いかけていた。
「わたくしもおじいさま、おばあさまってよんでいい? ヨアキムにいさまのおじいさまとおばあさまだから」
「こーも!」
「カミラ様、よろしいのでしょうか?」
「お祖父様とお祖母様がよろしければ、呼ばせてやってください」
エディトちゃんとコンラードくんもヨアキムくんのお祖父様とお祖母様を「おじいさま」「おばあさま」と呼べるようになったようだった。
「明日は休んで、来週に父上と母上のお墓参りに行きましょう」
「そうですね。最近は予定を詰め過ぎたかもしれません」
「イデオンくん、大丈夫ですか?」
お兄ちゃんもカミラ先生もビョルンさんも私のことを心配してくれるが、同じ日程で動いているファンヌやヨアキムくんやエディトちゃんやコンラードくんが体調を崩していないのに、一人だけ熱を出してしまったことが私はちょっと恥ずかしかった。
「もう平気です」
「でも、大事を取って明日は休んでくださいね」
医者のビョルンさんに言われてしまっては仕方がない。
私は翌日は久しぶりにお屋敷で一人でゆっくり過ごすことになった。
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