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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
九章 魔術学校で勉強します! (一年生編)
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24.12歳に恋はまだ早い

 魔術学校でダンくんとフレヤちゃんと別行動しているときに、イェオリくんが私に話しかけてくるようになった。


「署名に参加してから、父上と母上の態度が少し変わった気がするんだ」

「優しくなった?」

「それは前と変わらないけど、結婚の話を無理にしなくなった。でも、イデオンくんのことは諦めろって言うんだよ」

「うん、それは諦めて」


 どう考えても私はイェオリくんの相手になることはできないので無駄に期待を持たせるよりもこういうことははっきり言った方が良いと心に決めると、イェオリくんは淡いピンク色の唇を尖らせる。


「セシーリア殿下と婚約してるから? 8歳のときのことでしょう。気持ちはなかったんじゃないの?」

「婚約とか関係なく、私はイェオリくんのことは好きにならない。期待させるようなことはしたくない」

「……僕が泣いてるときに優しくしてくれて、署名に誘ってくれて、すごく嬉しかったんだよ」


 感謝してくれるのは嫌な気分ではないが、恋愛的な意味で好かれても困ってしまう。


「僕が男だから無理なの?」

「そういうわけじゃないよ」

「だったら、なんで?」


 問い詰められても私は上手く返事が出来なかった。

 付き合ったり、恋人同士になるのは私の年ではまだ早すぎると思っているし、何より恋とか愛とか私にはよく分からない。大事なひとがいるとすればお兄ちゃんくらいだし、それもきっと兄弟として特殊な環境で育ったから結びつきが強いだけなのだ。


「恋愛は私にはまだ早いよ」

「お試しで付き合ってみない?」

「お試しとか、イェオリくんに失礼なことできない」


 はっきりと言えばイェオリくんは頬を染める。


「そういうところ、好き。僕のこと大切にしてくれてる」


 イェオリくんも人格のある一人の人間なのだから尊重されて当然なのだが、私がお兄ちゃんやカミラ先生からされてきたことをイェオリくんにすると「大切にされている」と思うようだった。

 セシーリア殿下のことは全く愛していないし、結婚なんて予測も付かないけれど、セシーリア殿下の力を借りた方が良いのかもしれないなんて思いながら、昼休みに研究課程と繋がる階段のある中庭に行くと、イェオリくんもついてきてしまった。


「お昼、オリヴェル様と食べてるんでしょ? 僕も仲間に入れてよ」

「え……」


 友達や取り巻きのいないイェオリくんが一人で毎日お弁当を食べているのを私は見るともなく視界に入れていた。お兄ちゃんも魔術学校時代はあんな風に孤独だったのかと考えながら見ていたせいか、即答で断ることができない。

 けれど私とお兄ちゃんのお弁当の時間は二人きりの大事なものだった。

 階段を下りてお兄ちゃんが中庭にやって来る。


「オリヴェル様、僕もイデオンくんと一緒にお弁当を食べたいです」


 真っすぐな目でお兄ちゃんを見上げてイェオリくんがお願いする。

 あぁ、どうか良いと言わないで欲しい。

 自分でも性格が悪いと思いながらも心の中で祈っていると、お兄ちゃんは苦笑していた。


「ごめんね、お弁当を食べるのは二人きりでって決めてるから」

「僕がいたらいけませんか?」

「イデオンも僕も、お互いが特別なんだよ。ごめんね」


 はっきりと断ってくれたお兄ちゃんに私は内心ガッツポーズをしていた。

 しょんぼりとしたイェオリくんはお兄ちゃんを上目遣いに見る。


「イデオンくんが好きなんですか?」

「大好きだよ」


 大好き。

 私もお兄ちゃんが大好きだ。

 兄弟なのだから当然大好きに決まっている。

 堂々と言い切ったお兄ちゃんにイェオリくんはとぼとぼと食堂の方へ去って行った。


「傷付けちゃったかな?」

「中途半端に期待させちゃう方が申し訳ないからね」


 私の言葉にお兄ちゃんが頷いて、それから目を丸くする。


「イデオン、僕が言った台詞、聞いてた?」

「うん、私もお兄ちゃんが大好き! 一番仲良しの兄弟だもんね」


 ミカルくんやアイノちゃんが結婚してしまったらダンくんは寂しいと言っていたように、兄弟の絆が強ければ一緒にいる時間を邪魔されて嫌な気分になったりするのではないだろうか。

 大好きと言われたことで私は浮かれていた。


「イデオンに恋愛は早いか……」

「ん? なぁに、お兄ちゃん?」

「なんでもないよ。お弁当を食べよう」


 涼しくなってきていたので空いているベンチに二人で並んで座ってお弁当を食べた。周囲の視線が気になるのはなぜだろう。

 みんな私たちを見ている気がする。

 昼休みが終わってお兄ちゃんを見送って、講義のために教室に行くとダンくんとフレヤちゃんに物凄い勢いで問い詰められた。


「イデオンくんって、お兄ちゃんと付き合ってるの?」

「へ?」

「中庭でイェオリを振って、オリヴェル様と二人で告白し合ってたって噂になってるぞ」


 何がどう間違ってそんな噂になってしまったのだろう。

 驚いて私は慌てて説明する。


「お兄ちゃんを兄として尊敬してて大好きだって言っただけだよ。お兄ちゃんも私を弟として大好きって言ってくれたの」

「本当に?」

「本当だよ、フレヤちゃん、ダンくん」


 そんなに疑われるようなことがあるのだろうか。

 余程腑に落ちない顔をしていたのだろう、ダンくんが私に説明してくれた。


「イデオンが結婚の法案に一生懸命なのは、オリヴェル様が同性の相手と結婚したいからだって噂になってるよ」

「そのお相手が誰か分からないけど、イデオンくんじゃないかって説が有力なのよ!」


 フレヤちゃんまで加わって何を言っているのだろう。


「全然違うよ。お兄ちゃんは私のことが弟として好きなだけだし、私は……」


 私は、どうなのだろう。

 お兄ちゃんがずっと特別だった。

 お兄ちゃんが結婚してしまうかもしれないと未来の可能性を考えるだけで胸が潰れるほど悲しい。

 お兄ちゃんとずっと一緒にいたいと思っている。

 ルンダール家を離れず、このままずっとお兄ちゃんと同じ場所で同じように暮らしたい。

 これは恋なのだろうか。


「私は、ただ、弟としてお兄ちゃんを……」


 好きなだけ。

 それだけのはずなのに、なんで頭がぐるぐると混乱してくるのだろう。

 お兄ちゃんには可愛い黒髪の女の子を産んでくれる相手ができるかもしれない。そのときには私はお兄ちゃんの隣りをそのひとに譲らなければいけない。

 考えていると涙が出てきそうになる。


「イデオンくんは頭が良すぎるから、考え過ぎちゃうんだわ。感じるままにすればいいのよ」

「フレヤちゃんも感じるままに恋してる相手がいるのか?」

「私にはまだ運命は現れていないだけ」


 フレヤちゃんとダンくんの声が遠くに聞こえる。

 考えすぎてしまった私は頭が痛くて、視界が回転しているような気がする。

 そういえばダンくんはフレヤちゃんのことが好きだったんだっけ。

 そんなことを考えながら私は机に突っ伏してしまった。


「イデオンくん? どうしたの?」

「分かんない……目が回る」

「熱? 熱出てない?」


 真っ赤になった私の額に手を当ててフレヤちゃんが叫んだ。急遽五年生の教室からクリスティーネさんが呼ばれて、私はお屋敷に送り返された。


「イデオンくん、熱を出したのですか? ずっと行事が詰まってましたからね」


 診察してくれたビョルンさんは私を部屋に寝かせて枕元に水差しを置いてくれた。診断は過労だった。

 署名集めもしながら、週末にはデシレア叔母上やデニースさんの結婚式が入って、ここ数週間しっかりと休めていなかったことで身体が疲れ切っていたようだった。


「イデオンくんはまだ12歳なのだから、無理をさせてはいけませんでしたね」

「魔術学校の授業も忙しくて、オリヴェル様の領地での仕事も、朝の茶畑の世話も一日も休んでませんでしたからね」


 そんなに無理をした覚えはないのだけれど、カミラ先生とビョルンさんはものすごく私のことを心配してくれた。幼年学校と保育所から帰って来たファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんが代わる代わるお見舞いに来てくれる。


「イデオン兄様、早く良くなってくださいね」

「そんなに大げさなものじゃないよ」

「兄様、無理をしちゃだめよ?」

「ファンヌたちも同じことしてるはずなんだけどなぁ」


 私一人だけが倒れてしまったことがちょっと情けなかったが、幼い頃から私はファンヌのように肉体強化の魔術も使えず、ヨアキムくんのように呪いの魔術も使えない、平凡な人間だったのだと今更ながらに思い出す。


「イデオン、欲しいものはない?」

「平気。お兄ちゃんはお兄ちゃんの領地に行って」


 仕事があるお兄ちゃんを引き留めることはできない。

 熱を測るように額を撫でたお兄ちゃんの手の感触に、私は目を閉じた。

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