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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
九章 魔術学校で勉強します! (一年生編)
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15.結婚の法案全体を見直して

 デニースさんが来ていると聞いて私とお兄ちゃんも応接室に呼ばれた。カミラ先生を通してデニースさんは国王陛下にお願いがあって来たというのだ。

 応接室で花茶を飲みながらデニースさんが話し出す。


「わたくし、ずっと器量が悪くて、結婚も全て兄の言うなりでした」

「デニースさん、容姿のことについて悩んでいたのですね」

「わたくしはこの通り太っておりますし、顔も美しくない。兄はわたくしを嫁に貰う男なんて金目当ての相手しかいないと、勝手に結婚を決めてしまったのです」


 デニースさんは恐らくまだ40代くらいだろう。

 十代の頃から器量のことを言われ続けて、勝手に結婚を決められて魔術学校を卒業したらすぐに結婚させられたと聞くと同情しかない。


「夫との間に愛はありません。子どももおりません。わたくし、夫と離婚したいのです」


 貴族同士の結婚は利害が絡み合っているので離婚は国の許可がないと難しい。それでも離婚したい理由がデニースさんにはあった。


「わたくし、この年でお恥ずかしいのですが、初めて恋をしました。相手の方は魔術学校の教授で、とても教養のある年上の方です。夫と別れてその方と結婚したいのです」

「デニースさんに良い方が現れたのですね。私もルンダール領の当主代理として、デニースさんの幸せを応援したいと思います」


 カミラ先生から言われて恥じらっていたデニースさんが凛と顔を上げる。


「イデオン様は、わたくしに『着たいドレスを着て』と言われました。わたくし、それまで自分でドレスを選んだことがなかったのです。着たいドレスを着て、好きなひとと生きたい。一度きりの人生ですもの、やり直しができるならしたいのです」


 恋をするデニースさんの表情は明るく、瞳は輝いていた。

 初めての恋。兄たちに抑圧されて自分の着たいドレスも着られなかったデニースさんが変わろうとしている。それを私は全力で応援するつもりだった。


「デニースさんの人生がいい方向に変わることを願っています」

「ありがとうございます。イデオン様に言われなければ、変わろうとも思えませんでした」


 ずっと与えられた道を歩いて行くだけの人生で、結婚相手も着る服も自分で選べなかったデニースさん。それが変わろうとしているのは大きな一歩なのだろう。


「同性同士の結婚の法案のために署名を集めていると聞いて、同性同士で結婚できる自由な世の中になるのならば、わたくしも自由に好きなひとと結婚したいと思ったのです」


 お兄ちゃんは言っていた。


――同性同士の結婚が誰かの幸せを奪う結果にはなりません。むしろ、誰もが幸せになれる可能性を生むのです


 同性同士の結婚の法案を聞いてデニースさんも決意を固めたという。確かに誰かの幸せを奪う結果ではなく、誰もが幸せになる可能性を法案が秘めていることを示していた。


「どうぞ、よろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げて出て行ったデニースさん。

 翌日にデニースさんの夫を呼び出して話を聞くことになった。

 カミラ先生が話をするのに私とお兄ちゃんも同席する。


「デニース・ニリアンから離婚の件は聞いていますか?」

「あの女の元で二十年以上も我慢したのに、今更離婚だなんて」

「我慢していたのはデニースさんの方でしょう。あなたが浮気を繰り返していたことは証拠もあります」


 浮気の言葉にデニースさんの夫はびくりと肩を震わせる。


「あの女が拒むから、跡継ぎを作らないといけないと思って……」

「デニースさんが了承してのことではありませんよね? それを不義というのですよ」

「で、ですが……」

「相応の慰謝料をデニースさんは支払うと言っています。それ以上を望むつもりならば、あなたを不倫で訴えて逆に慰謝料を請求するとも」

「わ、分かりました。離婚に応じます」


 デニースさんより年上に見えるデニースさんの夫は、こうして元夫になった。国王陛下からも互いの了解があれば離婚は認めるとの決定が出されたようだ。

 書面にサインをするデニースさんの夫は悔しそうに舌打ちをしていたがカミラ先生に歯向かって敵うわけがない。子どももいないのだから、離婚は問題なく成立した。


「子どもがいる場合にはどうなるの?」


 お兄ちゃんと二人きりになって私はお兄ちゃんの領地に向かう途中で疑問を口にした。手を繋いで移転の魔術の準備をしていたお兄ちゃんは少し考えていた。


「子どもの年齢と魔力にもよるんだけど、次の代のニリアン家を継ぐ子どもだったら離婚は難しかったかもしれないね」

「嫌々結婚させられて、産んだ子どもでも?」

「今の法律ではそうなってる」


 デニースさんは元夫を拒んでいたというが、拒み切れずに子どもを産んでいて、その子が跡継ぎになれる子だったとすれば、離婚は難しくなっていたという。


「そもそも、子どもがいる場合に貴族の離婚は推奨されてないから」


 どうしても問題がある場合や、不服な場合、不倫などが激しかった場合には子どもがいても離婚はできるけれど、そうでなければできないのだという。

 デニースさんは子どもがいなかったから良かったが、結婚相手が気に入らなくて離婚したいけれどそれを許されない立場のひとがいるというのは私にとっては大変な驚きだった。

 好きな相手としか結婚しないというカミラ先生の信念がなければ、お兄ちゃんも私もファンヌも結婚相手を自分で選ぶことができないかもしれない。カミラ先生は当主代理を辞めても一年は残ってくれるし、ビョルンさんも数年は通ってきてくれるが、カミラ先生の目がなくなれば、ここぞとばかりに政略結婚がお兄ちゃんにもファンヌにも持ち込まれるかもしれないのだ。

 私はセシーリア殿下と形だけの婚約をしているし、ファンヌはヨアキムくんがいる。そうなると一番怖いのはお兄ちゃんだ。


「離婚の件と、無理やりに結婚させないための法案も必要なんじゃないかな」

「そうだね。法律で認められていないから政略結婚で不幸になったり、離婚したくてもできないひともいるだろうから。それに、世の中には結婚をしたくないひともいるみたいだからね」

「結婚をしたくないひと?」

「そう。恋愛をしないタイプのひともいるみたい。そういうひとたちも尊重されないといけないよ」


 お兄ちゃんと話しているとたくさんの知識が私の中に沁み込んでいく。恋愛をしたくないひとにとっては無理やり結婚させられるのは苦痛で不幸以外の何物でもないだろう。

 そういうひとたちも守られなければいけない。


「結婚と離婚に関する法案を見直してくれるように、署名をやり直す?」

「僕もそれを考えていたんだ。親や親戚の決めた相手と家のために結婚するなんてもう古いからね」


 移転の魔術のために繋いだ手はそのままに、私たちはカミラ先生の執務室に戻って行った。廊下を歩いている間もお兄ちゃんは私の手を放さなかった。

 こういうときこそ支えにならなければと私もお兄ちゃんの手をぎゅっと握る。


「叔母上、デニースさんの件ですが、同性同士の結婚の法案に署名を募っていますが、それだけでなく離婚と結婚の件に関しても署名を募っても良いのではないかと思います」

「どういうことですか? 詳しく聞かせてください」


 話を聞く態勢に入ったカミラ先生にお兄ちゃんが説明する。


「跡を継ぐ子どもがいない場合にはデニースさんのように離婚が比較的簡単に認められますが、子どもがいる場合には貴族同士の離婚は推奨されていません。跡継ぎになれる子どもがいる場合には原則許されていません。そういう状況でも離婚したいひとはたくさんいると思うのです」

「家庭内暴力や不倫などの話もよく聞きますからね」

「それに恋愛をしないタイプのひとが無理やりに結婚させられたり、望まない相手と親や親戚から結婚を強いられたりするのももう古いと思います。叔母上はよくお判りでしょう?」

「えぇ、好きなひととしか結婚しない、させない、が私の信条ですからね」


 お兄ちゃんの説明にカミラ先生が一つ一つ聞いて頷いてくれる。

 私もお兄ちゃんの力になりたくて口を開いた。


「好きなひと同士が結婚できる社会を、貴族の中でも作れるように、結婚に関する法案を変えていきたいのです。そのための署名をもう一度募れませんか?」

「結婚は両者の合意の元でのみ行われる……それが理想ですよね。私もずっとそう思っていました。スヴァルド領のイーリスさん、オースルンド領の両親、ノルドヴァル領の領主夫婦にお会いしましょう」


 国が変わっていく。

 デニースさんの件を目の当たりにして、未来のこの国をもっと良くしようと私とお兄ちゃんから活動が始まる。

 それが私たちの未来にも関わるなどそのときの私には知る由もなかった。


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