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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
九章 魔術学校で勉強します! (一年生編)
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13.デシレア叔母上襲撃事件

 ノルドヴァル領から帰るときにもお兄ちゃんと手を繋いだ。大きく肉厚で暖かい手。縋るように私の手を握っていた手と同じものとは思えない。

 お兄ちゃんは自分で自分のことを臆病だと言っていた。ノルドヴァル領の領主夫婦の前に出て話をするのが心細かったのかもしれない。力になれたと思うと私は誇らしい気持ちになる。


「お兄ちゃん、ブレンダさんのために頑張ったんだね。本当に叔母様想いのお兄ちゃん、素敵」

「ブレンダ叔母上のためでもあったけど、自分のためでもあるというか……」

「そうなの?」


 同性同士の結婚の法案がどうしてお兄ちゃんのためになってくるのか。理由が分からずに目を丸くする私にお兄ちゃんは苦笑していた。

 署名の方はどうにかなりそうだったので、カミラ先生とはルンダールのお屋敷で別れて私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんはお兄ちゃんの領地のお屋敷の方に向かった。署名の件で忙しかったので、お兄ちゃんの領地のお屋敷では溜まっている仕事がある。

 馬車を走らせていると馬車道の前の馬車が数人の男性たちに取り囲まれていた。

 止めるより早くエディトちゃんとコンラードくんが足止めを食らった馬車から降りてしまった。


「エディト様、コンラード様、逃げてください」

「でちれあおばーえ!」

「デシレアおばうえになにをしているの!?」


 馬車を止められていたのはデシレア叔母上のようだった。馬車から飛び降りたファンヌが菜切り包丁を構えて走って行こうとするのを私は止めるのが精いっぱいで、エディトちゃんとコンラードくんにまで手が回らなかった。


「ファンヌ、ダメー! それは刃物だからひとに向けちゃいけないよ!」

「デシレア叔母上が襲われているのよ! 悪辣な輩はこの菜切り包丁が黙ってませんわ!」

「黙らせててー!?」


 力は肉体強化の魔術が使えるのでファンヌの方が強いが、止めようという気持ちは私の方が強い。刃物でひとを切ってしまってファンヌの手が血で汚れるなんて絶対に嫌だった。私の可愛い妹にそんな残酷なことをさせたくなかった。

 揉めている私とファンヌの横を通り過ぎてエディトちゃんがポーチから小さな玩具のフライパンを取り出した。確かあれも伝説の武器だったはずだ。


「フライッ!」

「エディト!?」

「パーーーーーンッ!」


 振りかぶった瞬間フライパンが巨大化してデシレア叔母上を馬車から引きずり降ろそうとしていた男性を吹っ飛ばす。


「なんだ、この子ども!」

「びゃーーーーーーー! まっまーーーー!」


 エディトちゃんに付いて行ったコンラードくんの襟首を掴もうとした男性にコンラードくんが噛み付きながら叫ぶ。

 空間が歪んでカミラ先生が現れたのが分かった。


「エディト、コンラード、無事ですか!? 私の可愛い娘と息子に何をしているのですか!?」


 正確にはエディトちゃんとコンラードくんがデシレア叔母上に無体を働こうとする男性たちを撃退していたのだが、逃げる間もなく男性たちはカミラ先生の魔術で拘束されてしまった。


「わたくし、つよい! デシレアおばうえ、おけがはありませんか?」

「大丈夫でしたわ。エディト様、コンラード様ありがとうございます」

「どいたまちて」


 お礼を言うデシレア叔母上の表情は優れない。

 話を聞けばお兄ちゃんの領地に行く途中だったらしい。


「結婚式の衣装の相談にイデオン様とファンヌ様とお話ししようと来たのですが、途中で姉を恨むひとたちに囲まれてしまって……」

「ドロテーアを!?」


 じろりと私がミノムシのように拘束されて地面でうごうご動いている男性たちを睨み付けると口々に言う。


「ドロテーア・ボールクがアンネリ様を殺したんだ」

「そのせいでルンダール領は荒れてしまった」

「うちの祖母ちゃんは病気でも医者に行けずに死んだ」


 ドロテーアに恨みを持つものならば、私もそれを引き受けなければいけない。


「私はイデオン・ルンダール。ドロテーアとケントの息子です。償いになるか分かりませんが、ルンダール家でルンダール領がよりよいものになるように努力しています」

「イデオン様!?」

「イデオン様はドロテーアとケントを退けてくださった英雄ではないですか」

「イデオン様が謝ることはないのです」


 男性たちの物言いに私はむっと口をへの字にした。眉も精一杯吊り上げておく。


「それが分かっているなら、何故デシレア叔母上を襲ったのですか! デシレア叔母上の代になってからボールク領も立ち直っています! それがあなたたちには見えていないのですか!」

「姉を止められなかった妹が……」

「私だって母を止められるまでに何年かかったか! デシレア叔母上には罪がないと分からないのですか!」


 心底怒っている私にカミラ先生がデシレア叔母上を見る。


「このひとたちをどうしますか」

「私が決めてよろしいのですか?」

「ええ、あなたを襲った罰を与えるのならばご自由に」


 カミラ先生に言われてデシレア叔母上は自分を襲った男性たちの拘束を解いて行った。自由の身にされて立ち上がって男性たちは驚いている。


「私の領地を訪ねてください。私は姉の借金を返しながら領地を治めています。私の領地を見てもまだ不満があるのならば、その旨を訴えてください」

「俺は字が書けない……。勉強する時期に重税でそれどころじゃなかった」

「図書館で勉強ができます。それに字で書かなくても直接訴えに来てください。私は必ず聞きます」


 男性たちを逃がしてしまったデシレア叔母上は心配だったが、それ以上にこれまでにもこんなことがあったのかと頭を過る。


「何度もあったのですか?」

「今までに数度……私も肉体強化の魔術は使えますので、怪我はなかったのですが馬車は壊されたことがあります」

「どうして話してくれなかったのですか!」


 デシレア叔母上に詰め寄ると、デシレア叔母上は悲し気に微笑む。


「これも私が背負わなければいけない罪だと思っております」


 あぁ、私と同じなんだ。

 デシレア叔母上はドロテーアを止められなかったことを悔いて、自分に降りかかる非難を受け止めようとしている。

 気持ちは分かるのだが、デシレア叔母上は結婚を控えた若い女性だった。男性たちに取り囲まれて馬車を壊されるようなことがあって、恐ろしくなかったわけではないだろう。


「私も誰かが両親のことで私を責めれば受け止めるつもりでした。ですが、デシレア叔母上は危険すぎます」

「そうかもしれません……」


 それでもデシレア叔母上は実の姉がしたことを自分の責任と考えているのだろう。決意した瞳は揺らがなかった。

 クラース先生に気を付けてくれるように言わなければいけない。

 カミラ先生は全てを聞いていたが、デシレア叔母上に判断を任せたのだから口は挟まなかった。


「エディト、フライパンを使ったのですか?」

「はい! わたくし、かちました!」

「エディト……できれば私はあなたにそういうことはして欲しくないのですが」

「デシレアおばうえがおそわれていたのです!」

「……まぁ、仕方ないですね」


 この辺りはカミラ先生も武闘派だから仕方がない。ファンヌを止められて本当に良かった。


「デシレア叔母上、わたくしも一緒に馬車に乗りますわ」

「僕もご一緒します」


 ファンヌとヨアキムくんがデシレア叔母上の馬車に移って、カミラ先生はお屋敷に帰って、私たちはお兄ちゃんの領地のお屋敷に行った。お兄ちゃんが溜まった仕事をしている間、執務室の中でデシレア叔母上が何枚ものデザイン画をファンヌと私に見せてくれた。


「オースルンドの布を注文したのです。ドレスの形はどれが良いと思いますか?」


 両親は隠居してしまって他の親戚とはドロテーアのことがあって距離を置いている。デシレア叔母上には私たちしか相談できる相手がいないのだと気付く。ドレスのことはよく分からないが、デザイン画を私も真剣に見た。


「デシレア叔母上は背が高くないから、スカートがふんわりしたのが良いと思うわ」

「後ろに長いトレーンがあるのが素敵ですね」


 ファンヌとヨアキムくんが目を輝かせて話しているのをデシレア叔母上は頷きながら聞いていた。


「こえ、かーいー!」

「わたくしは、こっちのほうが」


 コンラードくんもエディトちゃんも話に加わっている。


「お昼ご飯は食べて行くでしょう? ここの料理人もお料理上手なのよ」


 ファンヌがデシレア叔母上の手を取ってお誘いするのに私たちはまだ交渉のときの服のままだったことに気付いた。これでは汚してしまうのでデシレア叔母上には一度失礼して、別室で着替えることにした。


「イデオン、ドロテーア・ボールクとケント・ベルマンの罪は、イデオンが背負うこともないんだよ」

「分かってる。けど、私は両親が荒廃させた分もこの領地を豊かにしたい」


 それが償いになると思っているから。

 私の答えにお兄ちゃんは私の髪を撫でて抱き寄せた。

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