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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
九章 魔術学校で勉強します! (一年生編)
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11.ノルドヴァル領の特産品

 ルンダール領とオースルンド領とスヴァルド領の貴族の署名が集まっている。情報は常にカミラ先生から知らされていた。カミラ先生のご両親も喜んで同性の結婚の法案の署名に協力してくれているという。

 その中で全く関わっていないのがノルドヴァル領だった。

 ノルドヴァル領とルンダール領の間には溝がある。

 ノルドヴァル領の現領主の娘夫婦がルンダール領の私がセシーリア殿下と婚約したのを妬んで毒殺しようとしたり、洞窟で落盤を起こして殺そうとしたりしたからだ。娘夫婦は今は投獄されていて息子のランナルくんはセシーリア殿下の元で従者として働いている。迷惑をかけた慰謝料として払われたお金はノルドヴァル領の鉱山採掘の安全のために使ってもらっているのだが、それでノルドヴァル領との関係が良くなったわけではなかった。

 事件の後に私の歌でマンドラゴラが大暴走してドラゴンさんまで巻き込んでノルドヴァル領に飛んでいき、領主の館の離れの娘夫婦が暮らしていた場所を瓦礫に変えてしまったのだ。

 恐らくはノルドヴァル領の領主はそれで恐れをなしてルンダール領に手を出してこない。手を出してこないのは良いのだが、こういうときに協力ができないのは困る。

 お兄ちゃんの領地の新しくできたお屋敷の執務室で花茶を飲みながらお兄ちゃんの隣りに座っていると、書類仕事をひと段落させたお兄ちゃんが私の顔を覗き込んで来た。


「悩みがあるんじゃない」

「私、そんなに顔に出てる」

「うん、可愛いよ」


 可愛いじゃなくて! 私は! 格好良くなりたい!

 そんな願望は良いとしてお兄ちゃんに相談するなら今かもしれないと私は花茶のカップを置いた。


「ノルドヴァル領って鉱山の他になにが有名だっけ?」

「これ、ノルドヴァル領で作られたものだよ」


 お兄ちゃんが指をさしたのは私が机の上に置いたカップだった。花茶用のカップは取っ手が付いていなくて薄い陶器の湯呑のようになっている。美しく繊細な作りのそれはノルドヴァル領で作られたもののようだった。


「ノルドヴァル領には陶磁器に最良な粘土や土もよく採れるんだ」

「鉱山資源って粘土や土もそうなの?」

「うん、それで焼き物を作っているよ」


 技術者が集まる王都では精密機械が作られているので私とお兄ちゃんのお揃いの懐中時計は王都から持って来られたものだったが、私が何気なく使っているカップはノルドヴァル領で作られたものだった。

 青白い花の描かれたカップは薄い陶器で作られていてとても美しい。


「花茶はこういう茶器で淹れるのがお洒落だよね」

「紅茶のカップやポットでも良いけど、こういう茶器の方が雰囲気が出るのは確かだね」

「これは商売にならないかな?」


 花茶にはこういう茶器が合うということを宣伝すればノルドヴァル領の儲けになる。それだけ花茶は去年から貴族を中心に国内で流行していた。


「悪くないと思うよ。ただ、イデオンが交渉に臨んで、素直に話をしてくれるだろうか」

「ううん、私が交渉した方が相手に圧をかけられると思うんだ!」


 ノルドヴァル領の領主は私に負い目があるはずだ。娘夫婦が私を殺そうとした事実は明らかになっているし、それで払われた慰謝料を私はノルドヴァル領の鉱山の安全のために使うように指示をした。

 負い目の上に恩義まで感じていてもおかしくはない。


「危険はないとは思うけど……叔母上に相談してみよう」

「カミラ先生がいてくれたら心強いもんね」


 カミラ先生も今年までしか当主代理の仕事はできない。分かっているからこそ、今年のうちにできることは片付けておきたかった。


「ヨアキムくん、ファンヌ、エディトちゃん、コンラードくん、お屋敷に一度帰るよ」


 子ども部屋を覗くとファンヌとヨアキムくんはヨアキムくんのお祖父様とお祖母様と勉強をしていて、エディトちゃんとコンラードくんはヨアキムくんのお祖父様とお祖母様のお膝に乗ってお絵描きをしていた。

 切りの良いところまで終わるのを待ってクリスティーネさんにもお願いして私たちは移転の魔術でお屋敷に戻る準備をする。


「お祖父様、お祖母様、お屋敷の片付け、ご無理なさらないでくださいね」

「ありがとうございます、ヨアキム様」

「もう、ヨアキムで良いです。僕は孫なんですから」

「では、ヨアキムくん。また待ってますよ」


 お祖父様とお祖母様にご挨拶をしてヨアキムくんがファンヌと手を繋ぐ。ファンヌはお兄ちゃんと手を繋いでいた。お兄ちゃんはもう片方の手を私と繋いで、クリスティーネさんがコンラードくんとエディトちゃんと手を繋ぐ。

 移転の魔術で飛んだルンダール家のお屋敷の門から入ると、強い日差しの下で木々や薔薇園の花が元気がない気がした。朝に水を上げても強い日差しでカラカラに乾いてしまうのだ。

 ヨアキムくんが金魚を飼っている池の傍を通るときだけすぅっと水面を渡った涼しい風が吹いた。

 お屋敷の中に入るとヨアキムくんとファンヌもついてきてカミラ先生の執務室に向かう。この執務室も来年の今頃にはお兄ちゃんの執務室になっている。


「今日は早い帰りだったのですね。おやつはこっちで食べますか?」

「そうします。叔母上、イデオンと話し合ったのですが、聞いて欲しい話があります」


 お兄ちゃんに背中を押されて私は一歩前に出た。執務室で仕事をしているカミラ先生、ビョルンさん、ブレンダさんの視線が集まった。カスパルさんは育児休暇を取っていてリーサさんとディックくんのお世話をしているはずだ。


「やはりこれだけ大規模な署名運動になると、ノルドヴァル領だけ外すわけにはいかないと思うのです」


 ルンダール領、スヴァルド領、オースルンド領と四つの領地のうち三つが協力して動いているのに、ノルドヴァル領だけが外されるのは不自然である。


「ノルドヴァル領にだけ声をかけないのは、ルンダール領とノルドヴァル領の溝の深さを見せつけるようで良くないのではと思うのです」

「私もそのことは気になっていました」

「ノルドヴァル領にも協力をお願いしてみるのはどうでしょう」


 提案する私にカミラ先生の表情は苦い。


「ノルドヴァル領は跡継ぎの補佐となる娘夫婦が投獄されてルンダール領をよく思っていないのは確かですよ」

「貴族には本音と建前があります。本音でよく思ってなくても、建前上ルンダール領とことを構えるのは良策ではないと分かっているのではないでしょうか」

「それでも利益がなければ理由を付けて協力しようとしないのが貴族というものですよ」


 貴族社会のどろどろとしたところは私も今までにたくさん見せつけられて来た。分かっている上で発言しているつもりだった。


「国内では去年から花茶や緑茶が流行しています。その宣伝にノルドヴァル領の茶器を使えばノルドヴァル領領主にも利益が出ます」

「紅茶のポットやカップでも良いですが、特別な茶器があれば貴族はそれを欲しがるでしょうね」

「多分、お茶の産地だからあったのだと思いますが、お兄ちゃんの領地には取っ手のない花茶や緑茶専用の湯呑があります」


 白くきれいなそれは花茶や緑茶の色を美しく見せる。茶器も紅茶のポットとは違う急須というものを私たちは農家の若夫婦に教えてもらっていた。ノルドヴァル領に受注して作ったものだろうが、ルンダール領の他の地域では使われていないし、オースルンド領でもスヴァルド領でも見たことがなかったので、かなり珍しいものだろう。


「花茶や緑茶に合わせた茶器の受注生産が盛んになれば、ノルドヴァル領に利益がありますね」

「それを交渉のネタにしましょう!」


 私の提案にカミラ先生の表情が明るくなった。


「わたくしも行きますわ。イデオン兄様を守ります」

「僕も行きます」


 気合を入れてファンヌとヨアキムくんが同行してくれる申し入れをしたまでは良かった。


「こー、いっくぅ!」

「わたくしも……」

「コンラード、エディト、いつの間に!?」


 いつの間にかお兄ちゃんのスラックスの裾を掴んでいたコンラードくんとエディトちゃん。政治的な大事な交渉だからと言っても二人に分かるはずがない。

 ノルドヴァル領行きは大人数になりそうだった。


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