31.ハッピーエンドのその後で
一度は死んだことになっていたお兄ちゃんである。ルンダール領に戻るにも本当のオリヴェル・ルンダールか確かめられて、お屋敷に完全に戻るまでには少しだけ時間が必要だった。セバスティアンさんもリーサさんもスヴェンさんも証言してくれて、お兄ちゃんがオリヴェル・ルンダールであるということを示すのだが、父親の悪行があったせいで、国は今まで以上に慎重になっていたようだ。それでも、お屋敷の倉庫から見つかったアンネリ様の遺品の中のお兄ちゃんの小さな頃の立体映像や、お兄ちゃんの痕跡の残ったもので、最終的にお兄ちゃんは間違いなくオリヴェル・ルンダールと認められて、お屋敷に戻った。
魔術学校も手続きが必要で、オースルンド領の魔術学校に一時的に通っていたのから、ルンダール領に戻れるようになるまで、手間はかかったが、お兄ちゃんは辛抱強く待っていた。
各領地は不干渉となっているが、私の父親のことがあったので、特例として、国はカミラ先生が後ろ盾になってお兄ちゃんの成人までルンダール領の仮の当主となることを認めてくれた。
暑い夏が来る前に、お兄ちゃんはルンダール領に戻ってきて、正式な後継者としてまた一緒に暮らせるようになった。
「次期当主のために、新しい部屋を準備させましょう」
「新しい部屋はいりません。あの部屋が気に入っているんです」
目くらましと魔力を抑える眼鏡はもういらないと外しているカミラ先生は、前から美しかったが、眩いほどの美女で、お兄ちゃんも私もファンヌも驚いてしまう。
カミラ先生はお兄ちゃんにもっといい部屋を準備してくれるつもりだったようだが、お兄ちゃんはそれを断って、以前通りに書庫だった部屋で暮らすことを決めた。
「あの部屋は、僕の大事な思い出の部屋だし、イデオンも歩いて訪ねて来られますからね」
お兄ちゃんの言葉に、カミラ先生は残念そうだが、納得したようだった。
両親の部屋は片付けられて、いらない宝飾品は全て売り払われて、貧困に喘ぐ農家への援助金へと変わった。
これから父親の重税で傾いたルンダール領は、再建をしなければいけない。
その道のりが長くても、私はずっとお兄ちゃんの傍にいるつもりだった。
とはいえ、私とファンヌは罪人の子。
いつ追い出されても仕方がない。
「警備兵から裁判所に話が行っているようですよ。どれだけ勇敢に、イデオンくんとファンヌちゃんが両親を断罪するために頑張ったのか」
「わたくしたちも証言させていただきました」
カミラ先生に、リーサさん、セバスティアンさんに、スヴェンさんは、私たちがここにいるのは当然だと思ってくれている。
仮の当主のカミラ先生が私たちがお屋敷にいることを許してくれるのだから、誰も文句は言えないはずだが、私たちにも覚悟があった。
「しようにんとして、なんでもします」
「おちごと、おちえて」
将来はお兄ちゃんの執事になれればいい。ファンヌはメイドさんになるつもりで、作業用の服に着替えようとすると、お兄ちゃんに止められる。
「叔母上、僕は、イデオンとファンヌを本当の弟と妹だと思っています。いいえ、それ以上に可愛い存在です。使用人になるなど冗談じゃない。それに、イデオンもファンヌもまだ小さすぎます」
お金で売られて来る子どもたちは、私の年齢でも働いていたりするのだが、お兄ちゃんは私が使用人になることは望んでいなかった。
「えぇ、イデオンくんとファンヌちゃんは、ルンダール家の大事な子どもですよ」
「わたしたちは、ルンダールのこどもではありません」
「それでも、ルンダール家のために頑張ってくれました」
なにより、とカミラ先生が言葉を続ける。
「イデオンくんもファンヌちゃんも、とても賢い。それはルンダール家の大事な財産です。幼年学校に通って、魔術学校に通って、将来オリヴェルの補佐官としてずっと傍にいてくれることこそが、オリヴェルのためにも、ルンダール領のためにもなります」
「わたくち、モップで、ごちごち、ちなくていい?」
「それより、大事なお勉強がありますよ」
メイドさんの仕事はモップで床を磨いたり、お洗濯をしたりするものだと考えているファンヌは、丸い目をくりくりさせながらカミラ先生に問いかけていた。
そう言われても、私にはいくつか懸念がある。
「がくひも、せいかつひも、わたしはだせません」
「イデオンくん、私は言いましたよね。ひとを育てることこそが、将来の領地を豊かにすることだと」
私やファンヌを育てて、優秀な補佐官にすること。
それがお兄ちゃんがこの地を統治するときに必要になることでもある。
カミラ先生の説得に、私はようやく納得した。
「叔母上、実は、僕は研究課程に行きたいのです」
「魔術学校だけでは満足できないと?」
「薬草学者として、研究課程で勉強して、この領地をマンドラゴラでまた潤したいと思っています」
お兄ちゃんが言うのに、カミラ先生は大らかに頷いた。
「私の両親は健在で、まだ何年も領主を譲られることはないでしょう。それを見越して、特例として、オリヴェルの叔母ということで、私が仮の当主になったのです。私がいる間は、伸び伸びと勉強して、たくさん遊びなさい」
「遊ぶ……?」
今までお兄ちゃんに自由はなかった。
私やファンヌの面倒を見るか、薬草畑を隠れて育てるか、勉強しているか、閉じ込められて本を読んでいるか、それくらいで、遊んだ経験がないのだろう。もちろん、アンネリ様が健在のときには遊んだのかもしれないが、それも遠い昔の話だ。
アンネリ様が亡くなったのはお兄ちゃんが5歳のときだから、9年前になる。まだ5年しか生きていない私には、9年は想像がつかない長さだった。
「遊ぶのです。子どもは遊ばねばなりません」
「僕はもう、幼年学校を卒業して、市井で言えば、働ける年ですよ?」
「幼年学校を卒業する12歳で働くこと自体、私は早いと思っています。これから、魔術の才能がない子も、魔術学校以外の学校を作って進学できるようにしていかなければいけません」
王都には、魔術学校以外で、幼年学校を卒業した子どもたちが学べる学校があるのだという。その学校では、色々な専門職の勉強をして、手に職を付けて18歳の成人で卒業できる。
個人的に師匠のいる工房で勉強する以外は、その年を待たずに働かされたり、結婚させられたりするのが、今のルンダール領の現状だ。それを変えたいとカミラ先生は言っている。
貴族ばかりの狭い社会で生きて来たので、私にはよく分からないが、それがすごく重要だということは、カミラ先生の真剣さを見れば分かった。
「魔術の才能が低いと、イデオンくんは自分の才能のなさを言っていましたが、魔術の才能のみが必要とされる世の中ではなくなってきているのかもしれませんよ」
魔術は確かに便利で、重宝するが、それ以外の技術も結局は必要なのだ。
魔術の才能の高くない私だからこそできること。
それがあると、カミラ先生は言ってくれていた。
「イデオンくん、ファンヌちゃん、オリヴェルと遊んでやってください」
「え? 僕が遊んであげるんじゃなくて?」
「あなたに子ども時代がなかったのは聞いています。イデオンくんとファンヌちゃんと、いっぱい遊んで、取り戻してください」
私にはお兄ちゃんの側にいる価値がある。
今は遊ぶことだけでも、そのうちに補佐として力になれるかもしれない。
そんな将来を見据えて、私はルンダール家に変わらぬ待遇で残ることになった。同じように残れることになったファンヌを、可愛がっていたリーサさんがしっかりと抱き締めて喜んでいる。
「おにいちゃん」
両腕を広げると、私もお兄ちゃんに抱き締められる。
ずっとずっと一緒にいたい。
そのためにも、私は役に立つようにならなければいけないと決意していた。
これで、「お兄ちゃんを取り戻せ!」の一章は終わりです。
二章はほのぼの中心で、プチざまぁがあるくらいの予定です。
引き続き二章をお楽しみください。
5歳児と3歳児のざまぁでしたが、いかがでしたでしょう?
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