1.魔術学校の入学式
魔術学校に制服があるのは貧富の差を見せつけないようにという配慮だったという。格安で買える制服を着ていれば、魔術学校では貴族も平民も同じように見える。身分を気にせずに勉強できるようにという配慮で最初は作られた制服だが、その値段でも買えないひとは免除されるために、貴族たちも自分の好きな服を着てくるようになって最初の志が失われてしまった。
「カミラ先生、制服は無料にすべきだと思います」
制服を注文しに魔術学校に行った後で調べてそのことを知った私はカミラ先生に直談判しに行った。当初は目的があって制服を準備していたはずの魔術学校が今は貴族は好きな服を着て、制服を買えないひとたちは質素な服を着て、貧富の差が見えるのは良くない。
教師陣だって人間だ。自分より身分の高い貴族に対して強く出ることはできないし、それが目に見える形で押し出されていたら更にやりにくいだろう。
「魔術学校の制服にまで目が向いていませんでした。魔術学校に通うものには全員無料で制服を支給して、全員に着てもらうようにしましょう」
「急に制度を変えては不満が出ませんか? 特に貴族から」
「装飾品の類は魔術具もありますし禁止しないことにすれば文句はそれほどでないと思います。出ても握り潰します」
心配するビョルンさんに力強く宣言してくれたカミラ先生に私はほっとした。
紺のチェックのスラックスとジャケット、灰色のカーディガンに白い開襟シャツという派手ではない制服が私の元には届いた。望むものはスラックスとプリーツスカートを選べるらしいが、フレヤちゃんはどっちを選んだのだろう。日替わりで着られるようにどちらとも申し込む生徒もいるようだった。
男性がスカートを履いてはいけないという校則はないようだったが、私は特に必要性は感じていなかったのでスカートは申し込まなかった。
「着替えも必要だったんじゃない?」
「すぐに大きくなるから何着もはもったいないよ」
シャツは三枚買ったが、スラックスとジャケットとカーディガンはそれぞれ一枚ずつしか注文しなかった私にお兄ちゃんは心配してくれていた。
「実験や実技で汚れることもあるから」
「そのときは体操服を着て行くよ」
紺のジャージと白いシャツの体操服も実技科目や体育科目のために注文してあった。それが一番小さいサイズであることに私はちょっと落ち込んでしまう。
魔術学校に入学する時期になればもっと大きくなって大人っぽくなっている自分を想像していただけに、部屋の鏡を見て制服を合わせるとファンヌに似た頬の丸い甘やかな可愛らしい顔立ちの少年が映っていて、むっつりと不機嫌面になった私の頬をお兄ちゃんが両手で挟み込んで揉む。
「こんなに立派になったのに、なんで変な顔をしてるのかな?」
「私、小さいと思わない?」
「イデオンはとっても可愛いよ」
「可愛いじゃなくて、格好良くなりたいの! 男らしくなりたいの!」
どうしても天使のように可愛いファンヌに似ているのは血の繋がりがあるから仕方がないのだが、それでも私は男らしくなる夢を捨てていなかった。
「良いことを教えてあげる」
「なぁに?」
「魔術学校と研究課程の校舎は隣り合っているでしょう」
「うん、お隣りだね」
長い階段を通じて魔術学校と研究課程の校舎は繋がっている。それは魔術学校の上級生も教える教授が研究課程の教授も兼ねているからなのだ。
そのことは知っているから何が良いことなのかと不思議に思っているとお兄ちゃんは私の頬を揉む手を止めて薄茶色の目を覗き込んで来た。青い目が悪戯に微笑んでいる。
「階段の下には庭がある。そこで毎日待ち合わせをしたら、お弁当を一緒に食べることができるよ」
「えぇ!? お兄ちゃんとお昼を一緒に食べられるの?」
物凄く良いことだった。
単純な私は自分が小さいことに悩んでいた時間など放り投げて、お兄ちゃんと一緒にお弁当を食べられる事実に歓喜していた。お兄ちゃんと私は年齢が約十歳、学年が九年違うから、幼年学校でも魔術学校でも通学する期間が重なることはなくて、一度も一緒には過ごすことがないのだと考えていた。
しかし、お兄ちゃんは待ち合わせをすればお昼は一緒に食べられるかもしれないと教えてくれた。
「イデオン、これ、お誕生日お祝い」
「時計?」
精密な機械だから時計は高い。特に小さなものは値段が跳ね上がる。柱時計くらい大きければまだお屋敷にもいくつかはあるのだが、お兄ちゃんがくれたのは手の平に乗る懐中時計だった。
上のボタンを押すとぱかりと金色の蓋が開いて、星空のような文字盤に金色の針がかちこちと動いている。落とさないように懐中時計にはお揃いの金の鎖がついていた。
「魔術学校で待ち合わせをするには必須だからね。テストのときも時間配分に必要なんだ」
「お兄ちゃんも持ってるの?」
「僕は持ってなくて苦労したから、イデオンには上げたいと思ってたんだ」
ずっと時計を持っていなかったというお兄ちゃんは私に買うのを機に一緒に購入したようだった。お兄ちゃんもつるりとした滑らかな金色の蓋で、上のボタンを押すと蓋が開いて澄み渡った真昼の空のような文字盤に金色の針が動いていた。
「お兄ちゃんが昼、私が夜で、色違いのお揃いだね」
「お揃いにしちゃったけど良かったよね?」
「うん、すごく嬉しい。お兄ちゃん、ありがとう!」
こんな高いものを持つのは心配でもあったが大事に使えば時計は一生使えると言われている。一生ものだと思って私はそれをありがたく受け取った。
お兄ちゃんとお揃いの時計を持って、制服を着て私は魔術学校の入学式に臨んだ。入学式の日は幼年学校も研究課程も保育所もお休みで、カミラ先生とビョルンさんとお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんがお祝いに来てくれた。
誕生日順で呼ばれる名前の一番最初はダンくん、数人挟んでフレヤちゃん、最後が私だった。魔術学校でも私は生まれが学年で一番遅いようだ。
ルンダール領中から生徒が集まってきているので幼年学校よりも一学年の人数が多い。講堂も広くて校舎も迷子になりそうなくらい広かった。
お兄ちゃんに忘れ物を届けに行った小さな頃の私が迷子になって号泣してしまったのも仕方がない。
「これから六年間よろしくね」
「フレヤちゃん、スカートにしたの?」
「どっちとも注文したわ。無料になったから助かっちゃった」
「俺のことも忘れるなよ?」
「ダンくんもよろしくね」
入学式が終わると三人で少しだけ話して保護者の元へ行った。ヨアキムくんが薔薇の小さなブーケを持って待っていてくれる。
「イデオン兄様、入学おめでとうございます」
「庭師さんと作ってくれたんだね」
「はい、大好きなイデオン兄様のお祝いですから」
「ありがとう」
ピンクの薔薇のブーケを受け取った私はヨアキムくんにお礼を言った。
ポケットの中でかちこちと懐中時計が鳴っている。
「わたくし、まじゅつがっこうににゅうがくできるのは、いつ?」
「こー、いくぅ!」
気の早いことを言うエディトちゃんに、コンラードくんもやる気になっている。
「まず幼年学校に行って卒業してからですよ」
「ようねんがっこうはいつ?」
「来年からですね」
「こー、いちゅ?」
「コンラードはまだまだですよ」
私が幼年学校に入学したときにファンヌとヨアキムくんも行きたがったが、エディトちゃんとコンラードくんはそれを飛び越して魔術学校に行きたがっているようだった。
さすがに早すぎるが、幼年学校の一年生のときに窓からリンゴちゃんに乗ってファンヌとヨアキムくんが乱入して来た苦い思い出が頭を過る。まさかエディトちゃんとコンラードくんは大丈夫だろうと思いたいが、二人とも魔術学校の校舎を見てお目目をきらきらさせているから油断ならない。
エディトちゃんはヨアキムくんが転んで怪我をしたときに幼年学校にリンゴちゃんに乗ってやってくるという保育所脱走を一度やり遂げていた。
「カミラ先生、エディトちゃんとコンラードくんが来ないようによろしくお願いします」
「幼年学校と違って、保育所から遠いから大丈夫だとは思うのですが、重々気を付けますね」
走り出したら止まらない。そんなエディトちゃんとコンラードくんの頑固な性格を知っているだけにカミラ先生は私に協力的だった。
これから六年、私は魔術学校で勉強することになる。
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