30.幼年学校の卒業式
冬休みが終わってから三学期は駆け足で過ぎて行った。
冬から季節が初春に変わる頃、私とダンくんとフレヤちゃんは幼年学校を卒業する。卒業式の準備や式典の練習も日に日に忙しくなってきていた。
「ルンダール家の子どもは代々この幼年学校に通います。イデオンくんもファンヌちゃんも、オリヴェル様もこの幼年学校に通っていました」
麗らかな春の日、校長室で私は給食を食べていた。卒業生は毎日一人ずつ三学期になると校長室で校長先生と給食を食べて幼年学校の思い出を語り合うのがこの学校の風習なのだそうだ。
「お兄ちゃんもここで給食を食べたんですか?」
「オリヴェル様はあの頃はつらい時期で、私は何もしてあげられないのが悔しかったです」
暗い顔で薄汚れた格好で校長室に給食を食べに来たお兄ちゃんを校長先生は気にかけてくれていた。幼年学校でも魔術学校でもお兄ちゃんに友達がいたという話は聞いたことがないが、それでも気にかけてくれているひとは確かにいたのだと安心する。
「魔術学校に通っていた時期に、お兄ちゃんはマンドラゴラの種を先生から分けてもらっていました」
「オリヴェル様は優秀で教師に好かれる子でしたからね」
お兄ちゃんの話が聞けて私は上機嫌だったが、校長先生は少し言いにくそうに口ごもる。何の話かと思えば、卒業式の卒業生代表の挨拶だった。
「権力社会として考えればイデオンくんに任せるべきだという意見がありますが、私は六年間成績優秀で奨学金をもらって魔術学校に進むことが決まっているフレヤちゃんに頼みたいと思っています」
「私もそれが良いと思います。フレヤちゃんは本当に優秀で素晴らしい友達ですから」
「分かっていただいて嬉しいです。カミラ様も納得してくださるでしょうか」
「大丈夫です!」
そのことに関しては私は自信を持って返事ができた。カミラ先生は私可愛さに無理やり卒業生代表の挨拶を私にさせるようなことはしない。成績優秀者として選ばれたフレヤちゃんがすることを言っても、公平な判断をしてくれるだろう。
5歳のときからカミラ先生がどれだけ公正な人物か知っているだけに私は校長先生に「安心してください」と言うことができた。他の貴族ならば文句を言うのかもしれないが、カミラ先生に限ってそんなことは絶対ない。
「在校生挨拶はヨアキムくんがすることになりますよ」
「それはカミラ先生に伝えないと!」
嬉しい知らせを持って私はお屋敷に帰った。
先に知らされていたようで、ヨアキムくんからお兄ちゃんの領地に行く前にカミラ先生とビョルンさんに報告がある。
「僕が在校生の代表の挨拶に選ばれました」
「イデオンくんの卒業式でですか?」
「なんて素晴らしい」
手放しで喜ばれて抱き締められてヨアキムくんはほっぺたを真っ赤にして喜んでいた。
舌っ足らずな喋り方をしていたエディトちゃんも5歳の誕生日を前にかなり喋りがはっきりしてきた。
「イデオンにいさま、ごそつぎょうおめでとうございます」
「うん、ちょっと早いかな」
「ごあいさつのれんしゅうをしているの! きかないで!」
ヨアキムくんがお兄ちゃんの領地の家で在校生代表の挨拶の練習をしているのを真似して、エディトちゃんも私のためにお祝いの練習をしてくれていた。ぺこりと頭を下げると、コンラードくんも真似をして頭を下げる。
「おめとごじゃまつ」
「こーちゃん、とてもじょうず! すばらしいわ!」
「こーたん、じょーじゅ」
自分が褒めて育てられたせいだろう、エディトちゃんもコンラードくんをたくさん褒めていた。春のお茶の葉を摘むときもコンラードくんは農家の若夫婦に抱っこされて誇らしげにしていた。褒めて育てられると自信が付くのだろうことをエディトちゃんとコンラードくんで私はしっかりと感じ取っていた。
「イデオン兄様、僕頑張りますね」
「ヨアキムくんにお祝いしてもらえてとても嬉しいよ」
何度も何度もヨアキムくんは原稿を読んで練習していた。
ルンダール家の子どもが卒業するということで、仕立て職人さんが呼ばれて私は新しいスーツを仕立ててもらった。在校生の代表挨拶をするヨアキムくんも新しいスーツを誂えて、身体が大きくなってきたファンヌも新しいワンピースを誂えて、ついでにお兄ちゃんも新しいスーツを誂えてもらっていた。
「もう背は伸びていないはずなんだけど」
「胸回りが窮屈になってきたのではないですか。遠慮せずに作ってもらってください。あなたは次期当主なのだし、イデオンくんの晴れの舞台ですからね」
全員で卒業式をお祝いしてくれる体勢のカミラ先生に私は感謝しかなかった。
卒業式の日にはフレヤちゃんも派手ではないがすっきりとしたワンピースを着て来て、ダンくんもスーツを着ていた。二人と並ぶと背が低いことが分かってしまうが、幼年学校で並ぶのは最後なので私は二人の間に挟まれて立つことにした。
卒業式にはカミラ先生とビョルンさんとお兄ちゃんとファンヌとエディトちゃんとコンラードくんも来てくれた。フレヤちゃんの保護者席にはご両親とお姉ちゃんがいる。ダンくんの保護者席にはご両親とお祖父様とアイノちゃんとミカルくんが来ていた。
小さい頃はファンヌと同じことばかりしたがって、ファンヌにずっとくっ付いていたヨアキムくんが凛と一人で壇上まで歩いて挨拶をする。その様子に私は鼻の奥がつんと痛くなって目の奥が熱くなった。
「卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんがしてくれたこと、守って来た幼年学校の伝統、そして楽しい日々を受け継いで、私たちも素晴らしい幼年学校を守っていきたいと思います」
長く続く在校生代表の挨拶をヨアキムくんは手元の原稿を見ずに真っすぐに私たちの方を見て堂々と読み上げた。原稿を畳んで置いて、頭を下げて壇上から降りるヨアキムくんに私も惜しみのない拍手をした。
続いてフレヤちゃんが卒業生代表の挨拶をする。
「在校生の皆さん、そしてお集まりの保護者の皆さん、今日の日を共に祝ってくださってありがとうございます。私たちは今日、この幼年学校から卒業します」
フレヤちゃんの立派な姿に私は我慢が出来ずにハンカチで目を押さえた。
一年生で出会ってからダンくんと揉めたこともあった。それをフレヤちゃんに助けられたこともあった。誘拐されたことも、幼年学校にお祖父様が押しかけてきて不審者扱いしてしまったこともあった。
六年間ダンくんとフレヤちゃんの立場も変わったし、沢山のことを一緒にしてきた。実験畑の世話や収穫の手伝いに来てくれたダンくんとフレヤちゃん。
魔術学校にも一緒に進めるのが嬉しくて堪らない。
涙をハンカチで押さえていると、隣りのダンくんも涙ぐんでいた。
「たくさんの思い出と素晴らしい知識を持って、私たちはこの学び舎を去ります。これから先は、高等学校に進む友達、魔術学校に進む友達、働きに出る友達と道は分かれますが、ここで過ごした日々を大事にこれからも頑張っていきたいと思います」
フレヤちゃんの挨拶に保護者席からも卒業生の席からも大きな拍手が起きた。こうして私は幼年学校を卒業した。
ファンヌやヨアキムくんよりも早い春休みに入ってすぐ、リーサさんが男の子の赤ちゃんを産んだ。私とエディトちゃんと同じ月に産まれたその子はディックと名付けられた。
「あかたん、かーいーね」
「こーちゃんもおにいちゃんね」
コンラードくんが生まれて来た小さな赤ちゃんが眠るベビーベッドを覗いてうっとりと呟く。それをエディトちゃんが見守っている。
ファンヌの誕生日の日には私は魔術学校の下見が入っていた。
魔術学校に実際に行ってみて、制服の採寸をするのだ。
「お兄ちゃん、制服を着てたっけ?」
「僕は制服が買ってもらえなかったし、身体もすぐに大きくなっちゃったから」
制服があるのだがどうしても買えない家は免除されるのだと私は知った。それを利用するように貴族は自分の好きな格好で行くことが多いらしい。
「イデオンは制服はどうする?」
「せっかくだから、着たいかな」
初めての魔術学校の制服を私は注文した。
私が12歳になって、ファンヌが数日後の誕生日で10歳になる。
魔術学校での生活は全く予測がつかないが、ダンくんとフレヤちゃんが一緒ならば大丈夫な気がしていた。
これで八章は終わりです。
イデオンたちの成長ぶりはいかがでしたでしょうか。
九章は先の章の手直しをするために、平日朝6時、一日一回、土日は朝6時と夕方19時の一日二回の更新に戻させていただきます。
毎日更新は続けるので今後ともよろしくお願いいたします。
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